第六話 崩れた山を元に戻すよ!
森林から、ヴァレッタ村まではさほどの距離はなかった。
ゼーダ連山が徐々に近づいてくる。
訪れる人の話をカイに聞くと、アルデイト王国はこのゼーダ連山を越えてからやっと王国に入ったと感じるらしい。
フォクトリア大平原はアルデイト王国の国土と正式に認められているが、あまりの広さに砦を建設するわけにもいかず、ここだけに人を使うわけにもいかなく管理しきれないため、定期的にアルデイト王国の国境警備隊がパトロールをしているだけの状況だという。
「こんだけ平原が広いと村を経由しなくても王国に密入国とか絶えなそうだけど、大丈夫なのかな?」
すっごく密入国しやすそうだけど。
特にゼーダ連山がどれくらいの横の長さがあるか俺は知らないし。
カイの記憶のゼーダ連山は西側からみた景色しかないので、広さがわからない。
もし所々山が切れているのだとしたら、それこそどこか目の届かない抜け道があるかもしれない。
「王国はこのゼーダ連山に全方位囲まれていてさながら自然の要塞みたいなもので、そのゼーダ連山を越えないと入国できないんです。
今私達がいる場所は王国の西側なんですが、王都がちょうど中央にあって王都を中心に、東西南北に関所兼町とか、要塞機能を散らしているんです。
それで、密入国なのですが、ゼーダ連山って関所とか通過しないと普通は越えられないんです。
なぜかというとゼーダ連山は魔物が多く生息している上にどこも標高が高く、越えようとすると極寒の万年雪のある場合を必ず通らないといけないので、まず普通の人間には無理です」
リコリスの説明を聞いて納得した。
それなら密入国の心配もないだろうな。
そう言えば、トレント戦の最中に剣閃でゼーダ連山の一角を削ってしまったわけなのだが、そのせいで密入国しやすくなったりしたら嫌だな。
明らかに標高下がってたもんな。
それは遠目でみてもわかるほどで、今も目に入っている。
子供のいたずらってレベルじゃないんだよな、アレ。
他のゼーダ連山の標高よりも1000mほど下がっていて、その部分だけすごくデコボコになっている。
多分これだけ下がったのは確実に土砂崩れが原因だろう。
その土砂崩れは人の居ない平原側に崩れ落ちていたわけなのだか、これが人のいる町などに向いていたらとすこしゾッとする。
「そう言えば、あの土砂崩れ、もし反対側だったらどうなっていたのかな?」
「反対側に崩れていても問題ないですよ、ゼーダ連山はよく山頂の雪が雪崩を起こすので、なるべくゼーダ連山の麓には何も作らないようにしていますから!」
リコリスの言葉を聞いて安心した。
それなら問題ないだろう。
いや地形を変えたのはやり過ぎだと俺も思ったが。
「しっかしまあ、見事にデコボコだな!」
「本当だよね……」
しかし今さら後の祭りで、どうしようもないので眺めるだけにする。
「でも、もしかしたらアトスなら戻せるんじゃないか?」
またまた、とんちんかんなことを言い始めるカイだった。
「いやいや、さすがに全部直すなんてできるわけないだろ」
と言って否定しながらも、これまでの経緯を見るにできるような気もしていた。
「アトスさん、そんなこともできるんですか?」
こっちはこっちでまた頬を染めて期待の眼差しを向ける。
「やらないよ、俺はやらないからな!」
「見てみたいです!」
「そんなこと言って、実はやる気満々なんだろ?」
カイはリコリスに悪ノリしてくる。
あー、もうわかったよ!
やればいいんだろ、やれば!
なかなか投げやりになっているような気もしたが、内心はというとワクワクしていた。
山を元に戻す?いいじゃん、楽しそう!
「わかったから、じゃあちょっと行ってくる」
「やっぱりやるんだな!」
カイも目を輝かせ始めた。
男にキラキラした目を向けられてもあんまり嬉しくない。
そんな二人の視線を受けながら、俺は土砂崩れの現場へと走る。
現場はまだ崩れてから間もないので手付かずとなっていた。
そりゃあ、山が崩れたのはついさっきの出来事だもんな。
きっとこの光景を目にした人は何が起こったんだと思っているだろうし、国境警備隊は今頃右往左往しているかもしれない。
いや、正直すまん。
それ俺のせいなんだ。
今から直せるかもしれないから勘弁してくれ。
さて、地形を元に戻すということは時間を戻すことと同意だ。
もちろん完全に元に戻さなくていいなら、土と岩を重ねればいい話だ。
だけど、それではあんまり面白くないので、別の魔法を試験してみようと思う。
具体的には時魔法だ。
問題は俺に時を操る魔法などを使えるだけの精神力があるのかどうか。
カイの記憶によれば、一応カイも時を操る魔法を使えるが局所的で、腕の速さ、足の速さ、敵の足を遅くする、攻撃速度を遅くするというのが限界だったらしい。
しかも莫大な精神力を使うことになったらしく、危うく気絶するところだったみたいだ。
そして、俺が今からやろうとしていることはカイでさえもやれなかった地形を戻すという、恐らくランク的には神話、あるいは神級に該当するだろう魔法だ。
今までは神話級以上の魔法など使ったことがなく、せいぜい良いとこで超級だ。
あのフォクトリア湖を荒野にして、元に戻したのは超級だろう。
いや、カイ的に言えば初級でありながら神話級とか言うのだが、俺の認識はその程度だった。
山を直すなんてのは湖の件とは別次元のレベルだ。
なんせ量が違う。
あの湖はまだ小さい湖で、荒野にするのと元に戻すのはさほど苦労はなかった。
だが、土砂崩れや、地形を完璧に戻すというのは単純に考えられる現象じゃない。
カイの記憶が正しいのであれば、時魔法というのは相当難しい魔法だと言うことだ。
「まあ、考えていてもしょうがないか」
言葉にするとこれ以上考えるのは蛇足だろうと思った。
では実践だ。
イメージする。
時が逆行する世界を。
あらゆる物はすべて逆の方向へと戻り始め、あるべき場所へと帰っていく。
かつての記憶を呼び起こし、集合していく。
そして魔法名を口にする。
「クロノスリターンズ!」
空気中のこれまで感じたことのない膨大な量のマナが魔力へと変換されていく。
そして同時に俺の体からハッキリと自覚できるくらいの精神力が消費されていく。
だが、なぜか全く底が尽きる気がしなかった。
あれだけの精神力を放出しているにも関わらず、さほど消費している感覚もなく、俺は魔力を魔法へと変換できていた。
大量の土が、岩が、鉱石が、雪がどんどん標高が下がった場所に重なっていく。
そして、徐々に高さを取り戻していく。
まるで逆再生をみている気分で、変な感覚がしたが、過去を復元するというのはこういうことなのだろうか?
大量の魔力が形になっていき、みるみるうちに変換した魔力が無くなっていく。
変換した魔力が尽きる頃には山は元の高さになっており、前にみたきれいな並びの地形がもどっていた。
「ハァァ……つっかれたぁ」
俺は行動を終えると、タメ息を吐きその場に座り込んだ。
さすがに時魔法は精神力の消費が半端なかった。
とはいっても俺自身は別に気絶しそうになるくらいの精神力を使ってないので、まだまだ大丈夫だ。
なんならまた湖を荒野にしたり、元に戻したりを何回もできる。
それより魔力の操作に集中しないと魔力が暴発しそうだったのでそっちの方が大変だった。
もし制御に失敗したら今よりもっと残念な地形になっていたかもしれない。
「でも、今までで一番やり応えあったな」
一人で呟く俺の近くに知らない人物が走ってくる。
そして、俺が座り込んでいるのを不思議に思ったのか、声をかけてきた。
「きみ、大丈夫かね?」
その方向を見てみると、明らかにどこかの騎士団所属の鎧を身につけていて、まだ年若い男性だった。
格好を見るにたぶん国境警備隊の人だろう。
「ええ?ああ、はい。全然大丈夫です」
「おかしいな、先程までここ一帯は土砂崩れの現場だったはずなのだが」
「え?そうなんですか?」
まだどんな地位でどんな人物かわかったものではないので、とりあえず何が起こっているのかわからない、という顔をしておく。
もしここで土砂崩れの原因を調べに来た人ならば、俺がやりましたなんて間違っても言えないしな。
「ああ、先程大きな音と共に大規模な土砂崩れが起きたと、共和国からきたばかりの旅人から報告をうけてこうしてやって来たというわけだ」
「隊長ー、おいていかないでくださいよ!現場を調べるなんて僕達でもできますから!」
あとからやって来たと思われるさらに年若い男性、いや見た目からしてまだ少年っぽいが。
その少年は俺の目の前にいた隊長と呼ばれた人物に遠くから声をかけながら走ってくる。
「お前か、なに、調べるくらい私にもできることだ」
「報告を聞くなりいきなり詰め所から出ていって、僕達焦ったんですからね!」
どうやら俺に声をかけてきた年若いと思われた人物はある程度地位があり、隊長という役職をしているらしい。
「お前達はほかの仕事があったはずだろう。
であれば私が動かずにどうするのだ、報告を聞くだけが隊長ではないぞ!」
「建前は結構ですから。本当はずっと報告を聞くのがいやになって旅人の報告を盾に、詰め所から出てきただけでしょう!」
「むう、そ、そんなことはないぞ」
明らかに隊長は焦っていた。
その二人のやり取りをみて、俺は心のなかで笑うのだった。
しかし、いつまでもここにいるのはいろいろまずそうなので、
「あの、別に俺は大丈夫ですし、もう行ってもいいですか?」
と、隊長と呼ばれた人物に聞く。
「ああ、構わんが。だがきみは一体ここで何をしていたのだ?」
「それは秘密っす。別に悪いことじゃないので忘れてください」
「まあ、いいだろう。国境警備隊としては事情を聞いた方がよいのだが、きみは悪い人間ではなさそうだ、行っていいぞ」
その言葉を聞いて俺は歩き始めた。
ここであんな走り方したらいろいろ不審に思われるだろうし。普通に歩く。
そしてリコリスとカイが待つ場所へと向かうのだった。
☆
「あの少年見た目は完全に少年だが、なにか底の知れないものがある気がする」
アトスの背中をみながら、隊長は呟く。
それは歴戦の勇士である隊長だからこそ感じる直感だった。
脇にいた少年はそんな隊長を不思議そうにみていたのだった。
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