第五十六話 進む軌跡
シルキーと話した次の日。
警備隊の中から実家が農家だった人物を選出する。
そして、フォクトリア湖の水を水田に引くために今は水路を作っていた。
「アトスさーん、こっち、終わりましたよー!」
警備隊のたびたび見かけていた少年の兵士が俺にそう言う。
彼らは水田の周りの水路を作っていた。
持ってきた水を水田に入れないようにする場合、周りにその水を流す水路が必要だからだ。
「おう、ありがとうな!」
俺は他の人よりいろいろできるので、まずは土地を湖より高くするために土魔法で盛り土をする。
その次に周りの地形より高くなった盛り土の中央部の土を作られていく水路で縁取りし、アーススピアで削り、水が流入する場所と流出する場所を作っていた。
多分上から見下ろしたら中央部が削られた四角の形になっているはずだ。
水の出入口には木材で水止めや水流しができるように加工した板を上下に動く引き戸みたいにして、出入口に設置する。
昔の日本では稲を育てる時、水の量の調整をしなくてはならなかったらしい。
その知識は生前のものだ。
俺は米農家ではないので現代の稲がどう育っているのかは知らない。
生前の現代世界では不可能だが、魔法の刻印を使えば、物理法則を完全に無視した構造にできる。
何かと言えば、湖から来る水が上へと上がるように入り口の水路には重力魔法の刻印をして、上に上がった水は坂道状にした水路を通り下に流れていく形だ。
現代世界の感覚のままだと間違いなく理解したくない光景になるだろう。
なんせ水が上に流れる訳がないのだから。
「っと、こんなもんかな?ちょっと重力魔法の刻印を使ってみてくれ!」
ある程度形になったので俺は入り口の方にいたあの少年の兵士に声をかける。
少年が入り口の刻印に魔力を通すと、想定通りに動いてくれた。
うわー、水が坂道登ってるよ……
「ありがとう!問題なく動くみたいだ」
非常に奇妙な光景だったが、これで水田ができた。
次に俺はやっと森の稲を持ってくることができたのだった。
ちなみに、稲と周辺の土を掘って、時を止めながら水田に移設し、水を流した。
時魔法を終わらせると、稲は元気に風で揺れていた。
稲の数は全然少ないので、量を増やすにはしばらく年数が必要だろう。
「みんな、ありがとう!あとは稲が無事に育つかだけだからこれで作業は終わりだ」
そう言って協力してくれた兵士達に礼を言う。
正直に言えば、俺一人でもできることだったけど、みんなと一緒になにかしたいと思ったからこうして協力してもらった。
水田の方はこれから見ていくとしよう。
☆
作業を終えて中心地に向かう途中、昨日の今日で温泉のある場所に銭湯のような建物が出来上がっていた。
あの警備隊の人、ホントにすごいな。
大工の仕事速度ってレベルじゃないぞ!
「あの、アトスさん!一緒に温泉入りません?僕も温泉って初めて見るのでちょっと興味があるんです!」
一緒に帰ってきていた少年が俺にそう声をかけてくる。
「いいな、それ!……そういえば、君の名前はまだ聞いてなかったね。俺の名前は嫌でも分かるだろうけど、名前教えてくれるか?」
「あっ、そういえば、そうですね!すっかり忘れていました。というか話す機会なんてないと思ってましたよ。僕はベルネット。ベルネット・ラクリエス。きっとアトスさんはいろんな人と交流しているので忘れるかもしれないですけど」
「人がいっぱいいると誰だっけって思うよね。ベルネットか、覚えておくよ」
「とんでもないです!僕は話せるだけで嬉しいですから」
それなりの回数見ていた少年は明るい少年の印象を受けた。
何て言うのかな、母性本能が刺激されるっていうの?
俺にはあんまり関係ないんだけど、お姉さん系の人とかに人気がありそう。
そこにゴブレが歩いてきて俺に気づくと近寄ってきた。
「お疲れ様ッス!アトスさん!これから温泉ッスか?」
「おお、お疲れ。そういうゴブレもこれから温泉か?」
「そうッスよ!オイラも家の建築が一段落したからセブルスさんに温泉でも入ってこいって言われたッス!オイラも初めてだからワクワクしているッス」
「あ、あの、ゴブレさんも僕達と一緒に行きますか?」
ベルネットは恐る恐るという感じでゴブレに話しかける。
これは俺が初めて見る普通の人間とゴブリンの会話だった。
「いいんスか?オイラ、一応魔物のゴブリンッスよ?」
ゴブレも恐る恐るという感じて話す。
さて、どうなる?
「ここに来てから、一緒に生活していたら人語を話せる魔物も僕達と何ら変わらないんだなって思いました!」
「それは嬉しいッス!人間にそう言ってもらえる日が来るなんて、感動ッスよ」
意外にも二人はそれぞれの意見を言うと同時に笑い出す。
それは俺の建国目的が順調なことを表す光景だった。
「感慨深いな」
俺は思わず目の前の光景をみてそう呟く。
それを聞いた二人は俺の方を向き、それぞれ言葉をかけてくる。
「何を言っているスか?」
「アトスさんの夢、順調みたいですね!」
「そういえば、アトスさんの夢って人語を話せる魔物と人間、それとその他の種族が平和に暮らせる国を作ることだって聞いたッス!なら、叶い始めてるッスよ」
口々にそう言ってくるので俺は少し泣きそうになった。
夢を叶えるというのは難しいことで、努力しても届かないことも多い。
だが、俺の語った夢は現実になり始めている。
まだまだ警備隊の中には魔物を受け入れられない人達もいるし、ゴブリン側も人間はどれ程信頼できるものだろうと品定めしている状態だが、一歩ずつ確実に進んでいると実感できた。
「なに泣きそうになってるんですか!まだこれからですよ」
「ホントッスね。じゃあ風呂にでも入ってスッキリするッスよ!」
「そうだな。そうしよう」
俺とベルネットとゴブレは並んで温泉のある建物に入っていく。
「いらっしゃいませー、あっダーリンじゃん!どうしたのさ、そんな感極まったような顔をして」
中に入るとなぜかセレスティが店番をしていた。
「いや、なんでだよ。なんでセレスティがいるんだよ」
「んー。気分?」
「気分で店番してんのかよ!」
先程の空気はどこかへと吹き飛んでいった。
「わーい、ダーリンの愛のツッコミだー、セレスティ嬉しい!」
カウンターでわざとらしく小躍りをしてみせるセレスティ。
「お前な、自分のことセレスティなんて呼んだことないだろ!違和感ありすぎるぞ!」
「えー、そんなにー?」
「うん、そんなに」
「ガーン、セレスティショック」
今度は顔を両腕で隠し嘘泣きを始める。
「擬音語を口に出して言うやつ初めてみたぞ!」
「むー、ダーリンの好みを調べているんだよ」
「調べられてんの俺!?」
「だってだってシャーリーとキスしたんでしょ?!リコリスから聞いたよ!」
話されてる?!
全く秘密にしてってあれほど言ったのに。
「というのは嘘でー、私には分かるよ!リコリスの隠し事とかシャーリーがぼけっとしている理由とか。死神の目にかかればそんなことわかっちゃう」
「いや、嘘なのかよ。ていうか死神の目を乱用してないか?!」
死神の目がどんなものなのか全く知らないけどね!
「さっすが、私のダーリン。よくわかったね!賞品はなにがいい?やっぱり私?それとも私?」
「選択肢がない!?」
ベルネットとゴブレはあまりの軽口の応酬に呆然と俺とセレスティの光景をみていた。
「というか、浮気はダメなんだぞ、ダーリン?」
「いや、あれは医療行為のはずだし」
「そっちじゃないよ!草原でキスしたんだろ」
「いや、なんで知ってるんだよ!死神の目か、怖っ!あれはシャーリーからしてきたことだから」
俺からしたわけではないので故意でもない。
「僕、死神なんだよ?!もう少し大事にしてもバチは当たらないと思うなー」
「だから俺からじゃないんだって!というか店番している理由聞いてないぞ!」
強引に話を引き戻す。
シャーリーとの話は俺が恥ずかしさに耐えられないので言いたくない。
「いつ僕が店番をしているなんて言ったのさ。気分とは言ったけどダーリンの行動の先回りしていただけだよ?」
「怖い、怖いよ、この死神。ストーカーかよ!」
「それはもう一生離れないよ。まあ、僕はそもそも寿命なんてないからあんまり関係ないけど」
「全く。それで本当の理由は?」
「ないよ。僕はダーリンをおもちゃにしに来ただけだから、ここの店番はそもそもまだいないしね。というわけでさらばだー」
セレスティはカウンターをピョンと飛び越えるとスタタと風のように外に出ていってしまった。
セレスティって気分屋なんだな。
「おい、こら!待てよ!」
声をかけるが、セレスティの姿はもうない。
逃げ足の速いことだ。
「な、なんかすごいッスね」
「何も声出せなかったですね」
「それはいいとして二人とも風呂入ろうぜ!」
なんかもう疲れた。
風呂に入って癒されるとするか!




