第二話 湖を荒野にしてしまった
ここまでの道中カイと特別会話もなく、フォクトリア湖にはすぐに到着した。
「そういえば聞かなかったが、ここで何をするんだ?」
カイが不思議そうな顔で聞いてくる。
もうここは異世界なんだとこれ以上ないくらいわかったわけなのだが、俺はと言うと、自分の転生した姿をまだ目でみていないので、疑ったままだった。
「いや、自分の姿を確認しておこうと思って。正直、まだ夢なんじゃないかと思ってる」
「絶対夢じゃないけどな、さっき魔法とか見せた訳だし」
「でもな、俺はまだハッキリと確証がもてないんでな」
自分でも疑心暗鬼が過ぎるんじゃないかと思ってはいたが、ここまで現実世界と違うとそうも思いたくなるというものだ。
「疑り深いのだな、それで気が晴れるのならぜひ、俺の雄姿を確認したまえ!」
明らかに芝居がかった口調で、右腕を顔の高さまであげ手のひらを顔の前につき出し、高らかにその言葉を口にする。
「はいはい、じゃあ見てみるよ」
「もうちょと反応くれよ、カイさんはさみしいぞ!」
とりあえずカイには塩対応をして、湖を覗き込んでみる。
黒い髪、黒い瞳、黒い服装、そして少年のような形をした童顔。
今さらになって気がついたが、剣の鞘を腰に装着していた。
そうか、筋力が思いの外あるから重さを感じなかったのか。
この童顔にはちゃんとした理由がある。
カイという人物はそれはもうとにかく規格外で、ドラゴンを16歳という若さで倒してドラゴンスレイヤーとなり、竜の知識、圧倒的な力、討伐時点で身体の老衰停止、超回復などを獲得。
そのくせ、自分自身は吸血鬼と人間のハーフというとにかく要素を盛りまくった、普通の小説ではまず論外となるであろう、最強主人公として創造した人物だった。
ハーフなのだが、カイ自身は赤子の時に孤児院に拾われたという過去があるはずだが、これは暗い話なので割愛することにする。
さて、その話は置いておき、湖に映る自分の姿を確認して俺はこう言った。
「本当にカイ・ライトニングだ」
「失礼な!どう見てもカイさんだろう?いや、この場合はもうアトス自身がカイか」
「いや、なんかすまん」
「まあ、良いってことよ。気にするな、ハッハッハ」
湖の前に立っている俺の姿を見ながらカイは茶化しにくる。
それをあしらいながらもう一度湖をみて自分の姿を確認したのち、カイの方へ向き直る。
「うん、まだ確信が持てないが、本当に転生したみたいだな」
「あんまり疑うと損するぜ?何を損するのかは知らないが」
「全く、カイって本当、ノリだけで生きてるよな」
「だって、暗く生きるより楽しく人生を送りたいだろう?」
「……うん、確かにそうだな」
現実世界での昔の頃の俺に言われるような気がした。
こうなったら、何を楽しむかまだ分からないが、この異世界を全力で楽しもう!
そう密かに決意する。
「んで?確認したのはいいが、これからどうするつもりなんだ?」
「とりあえず、近くの村にでも行ってみようかな?」
「この湖の近くの村か、まあ好きなようにするといい」
いきなり転生して目的もないままだが、村に行って、もう少しこの世界についての情報を手に入れたい。
「ところで何個か気になったんだが」
「なんだ?何個でも答えるぜ!天使にアドバイザー頼まれたしな!」
目をキラキラさせながら近づいてくるんじゃない、怖いだろ!
「あ、ああ、じゃあ一つ目なんだが、ってカイがアドバイザーなのか?」
「そう頼まれたしな」
あの夢の中で天使が言っていたような気がしたアドバイザーとはカイのことを言っていたらしい。
俺が知りうる限りではこの上なく最適な人選だと思う。
あらゆる世界を冒険し、さまざまな知識を吸収していったカイに知らないことなどほぼないはずだ。
「じゃあ、改めて聞くが、カイはその姿で戦闘できるのか?」
そう聞くと、カイは大きく息を吸って仁王立ちになり自信たっぷりの大声で、
「全くできないな!」
と清々しいほどの開き直りでそう言ったのだった。
「いやいや、もう少し焦ろうよ!」
あまりの出来事に全力でツッコミを入れる俺だった。
なんか転生する世界を間違えたような気がした。
「できないものはできないのだから、ハッキリ言っておくに越したことはないだろう?」
「それにしたってその自信はどこから湧いてくるんだよ!」
「根拠はない!」
「わかったよ、だからそんなに大声で叫ぶな!」
とりあえず落ち着いて話を整理する。
あの銀髪の姿は戦闘能力は全くないらしい。
つまりは戦闘になった場合、戦闘経験豊富なカイが戦闘できず、未経験の俺が戦闘することになるようだ。
え?どうすんのこれ?
「実はな、この身体は魔力の塊みたいなもので、アトスの身体のように激しく動くことはできないんだ」
「魔法とか使えないのか?」
魔力の塊と言うことは魔法が使い放題の印象があるがどうなのだろうか?
「初級魔法くらいなら使えると思うが、なんせ維持しているだけでどんどん魔力が世界に流れ出て行くから魔法使ったらこの姿は維持できないと思う」
「魔力が世界に流れる?」
「まあ、あれだ生身の肉体じゃないからな、肉体を外装とするなら、その外装がないから魔力を留めておけない。
肉体ってのは魔力を留めておける器の役割も果たすからな」
「精神力持つのか、それ?」
俺の書いていた小説では、魔力は空気中に含まれるマナと呼ばれる魔力の原材料を自身の精神力で形を与え、それを操ることによって魔法という概念になる。
上記の設定がそのまま世界の形になっているとすると仮定するなら、カイの今の状態は精神力を尋常じゃないほど消費するはずだ。
「まあ、そこはそれ、俺って最強だし?余裕余裕」
「なんかムカつく言い方だな!」
「真面目に話すなら、俺の精神力は天地が引っくり返っても尽きることはない」
「そうなの?」
「物心ついた頃から、精神力が常人の1000倍あったそうだし、気にしなくて大丈夫だろう」
「本当かなぁ」
小説のカイは確かにそう形作った存在だ。
そのカイがそう言うのだから、そういうことにしておくことにした。
「戦闘できないってことは俺が戦うしかないのか」
「そういうことになる。大丈夫だって、俺の身体はそう簡単には死なないようにできてるから!」
「すっごく物騒だな、その言い方。そうだ、記憶共有できるならその記憶を共有すれば」
「できるけど、多分身体が動かないと思うぜ?実体験に勝るものはないからな」
「ないよりは良いから、頼む」
カイの言うことはもっともなのだが、戦闘の勝手が分からないよりはやりやすいと思う。
「わかった」
そう言うとカイは俺の方に手をかざし、記憶の共有を始める。
スライム、ゴブリン、オーク、ドラゴン、その他様々なモンスターと戦った記憶が流れてくる。
まるでファンタジー映画を観ているようだった。
「これで全部だ。参考にしてくれ」
「頭が痛い」
いきなり大量の記憶が頭に入ってきて、その情報量に脳が過負荷を起こしているらしい。
「あれだけの情報量だ、そうもなるかもな」
ひとまず、右手を自分に向けて魔法を使ってみる。
「ヒール」
俺がそう言うと、空気中のマナが魔力に変換されていく感覚があったあと、自分の右手から白い光が溢れてくる。
その光は一瞬で収まり、俺の頭痛はキレイさっぱりなくなっていた。
「いきなり魔法名を言っただけで魔法使いやがった、こいつ」
カイは目を丸くしてなぜか俺をみていた。
その表情はなぜか驚きの顔だった。
「?俺なんか変なことしたか?」
「普通詠唱破棄なんてできないはずだが、まあ、俺は別として。
アトス、お前魔法の才能あるよ!」
次の瞬間、驚きの表情から喜びの表情へと変わったカイは俺の肩を叩く。
「え?そうなのか?カイからもらった記憶の魔法の使い方をマネしただけだぞ?」
いきなり誉められたので、何事かと思ってしまう。
「詠唱破棄っていうのは、本来やろうとするとうまくマナを操作できなくて失敗するもんなんだ」
「そういうものなのか?」
カイからその話を聞いたあと、俺の頭には疑問符が浮かんでいた。
あの小説の設定では詠唱破棄は練習すれば、誰でもできる簡単なことのはずだが、この世界において詠唱破棄というのはかなり難易度が高いらしい。
……まただ、また設定と違う現象がおきている。
もちろん、ここが現実ならば小説と違う箇所もあるのだろうがここであえて言葉にするとすれば、
まさに事実は小説よりも奇なりだろう。
「詠唱破棄は本当に才能のあるやつしかできないことなんだ。俺は普通にできたけど、周りはそうもいかなかった」
「へえ、そういうものなのか」
「しかも俺が使っていたヒールより純度の高い回復力だな。正直悔しい」
カイにしては珍しく少し落ち込んでいた。
「純度の高い回復力?」
俺がそう聞くと、ついさっきの落ち込みはどこ吹く風で、目を輝かせながら話し始める。
「ああ、アトスのヒールは初級でありながら上級のヒール並みの回復力みたいだ。
どうしたらそんなことができるのか見当も付かないが、王宮の専属聖魔道士になれるレベルだ」
「それってどれくらい凄いの?」
「そうだな、1000人試験を受けて1人通るかどうかの世界だ」
「なにそれ、化け物かよ」
聞いておいてなんだが、俺のヒールは相当凄いってことだけは理解した。
「こうなったら他の魔法も見てみたいぜ!」
腕まくりをしてカイは俺にそう言う。
「他って?」
「そうだな。じゃあこの湖を干上がらせて、そのあとに元に戻してみてくれ」
「いきなりむちゃくちゃだな!できるかそんなもん!」
この湖を干上がらせる?なにをバカなことを言っているのだ、この銀髪少年は。
しかも元に戻せ?冗談か?
「いや、お前なら難なくできると思うぜ?」
「そんなわけないだろう」
「いいからやってみろって。見ててやるから」
非常に嬉しくない。
どうせならヒロインみたいな存在にやってほしかった、そういうのは。
「わかったよ。やってみるけど、絶対できないぞ?」
一応、念押しをしておくことにした。
さて、湖を干上がらせるというのはどうすればいいのだろうか?
湖が干上がる現象っていうと、強烈な炎で焼き尽くしたら蒸発するだろうか?
とりあえず、考えていても仕方ない気もしたので、ものは試しにと炎の魔法を使って見ることにした。
イメージする。
強大な炎を。太陽のような高熱の温度を。
俺は両手を天に掲げ、目をつむりカイからもらった記憶の炎魔法をイメージしてみる。
次の瞬間、現実の空に太陽のような大きさの炎の玉が出来上がる。
そしてその魔法名を唱える――
「ファイアーボール!」
両手を湖に向け、その炎の玉を放つ。
ジュォォォォォォ。
離れていても分かるほどの水の蒸発する音が聞こえる。
その音が終わると、一面に張っていた湖の水が消失しているのをみてしまった。
これはもう荒れ果てた荒野だ。
「これ、ヤバくない?」
自分でやっておきながらその光景を呆然と眺める。
そしてカイはまたしても驚きの表情になっていた。
「おおう、これは想像以上だった。なに、これ」
一面荒野となった光景を見ながらカイもキャラを忘れて呆然としていた。
「と、とりあえず元に戻すね!」
焦った俺は片手を荒野となった湖に向けて、またイメージする。
川の流れ。源泉より涌き出る大量の水。
イメージして、また魔法名を唱える。
「ウォーターポンプ!」
すると湖に向けた片手から大量の、それはもう洪水のような大量の水が吐き出されていく。
少ししたのち、湖は完全に元通りになったのだった。
「本当かよ……」
俺は夢でも見ているのか?
先ほどまでの荒野が嘘のように完全に元の湖へと姿を戻していた。
カイは先ほどの光景が見間違いだったのかと目を擦っている。
「お前、本当に才能ありすぎるだろ!」
そういってカイは慌てて、湖の水を飲むのだった。
しかし、カイはさらにまた驚きの表情を浮かべている。なにかあったのだろうか?
「どうしたんだ?」
「……この湖、魔力が含まれる高純度の水だ」
「え?説明求む」
「ここに来た時の湖の水とはまるで別物だ。この水を口にしたらほとんどの病気がたちどころに完治するだろう」
「なにを、言っているの」
俺は真顔でそう聞いたのだった。
「まじかー、アトス化け物だわー、完全に俺の勝てる要素ないじゃん!」
カイは湖の近くに仰向けに倒れ込んで、頭の後ろで腕組む。
「自分でやらせておきながらだが、ここまでとは思わなかった」
「いや、カイの記憶があったからだろう」
「それにしたって想像の斜め上行ってたぜ」
そういってカイは仰向けの体勢から、うつ伏せになりジタバタする。まるで子供だった。
その姿を見ながら俺も座り込み、現実を受け入れるまで呆然とするのだった。
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