第百五十七話 俺の目指すエンディング
「戦争を止めにってそんな大きな目的があったのかい?」
もう少しで夜の時間帯。
スノーパレット城のティータの部屋で俺の話をティータのベッドに腰掛けながら聞いていたマリンが俺に聞いてくる。
「そうだよ。マリンに脅されなければ仲間と合流する予定だったんだ」
ティータが少し鋭い眼光でマリンを睨む。
「お姉ちゃん、脅迫は良くないと思うよ?」
その鋭い眼光を受けたマリンは慌ててティータから目を逸らす。
「でも脅迫されなければティータも助けられなかったし。
俺は別に気にしてないからいいよ」
結果的に姉妹のバッドエンドを回避させることができたのだから。
もしここに俺が来なかったらマリンはどこまで絶望に沈むことになっただろうか?
俺はこの手で救えるものは助けておきたい。
知らないふりをするには力がありすぎる。
事情を知らなければ別にそんなことは思わないが、助ける力がある以上は見過ごすことはできない。
「それはそうだけど。アトスさんいつか手に負えないことに巻き込まれそうで少し心配」
それはもう巻き込まれてるんだけどね、俺。
世界を救うとかどう考えても俺の手には大きすぎる案件だし。
「俺は自分の手の届く範囲でしか動くつもりないよ。
俺一人が頑張っても世界中で苦しむ人達全てを救うことはできないしね」
「あんた、意外と冷静なんだね。
あんたなら世界中の全ての人達を助けるとか本気で言っても違和感ないからさ」
時空神を復活させるってのは世界中の人を助けることとは違うと俺は思っている。
なぜなら、俺は人を助ける前の土台を作っているに過ぎないからだ。
世界が滅ぶというのにどうして何の根拠もなく、世界中の人を助けることができるんだ。
根拠もなく人を助けることができるのはルシェルのような聖人だけだろう。
でなければ、他人を助けるなんて普通の人間にはできないと思う。
ただ、それでも、絶望に沈んだ人の心に、わずかな、消えそうなくらいわずかな希望の光でもいいから、“まだ自分は生きていてもいいんだ”という光を灯したいというだけだ。
俺が目指すハッピーエンドとは、いくら絶望に沈んだとしても、最後はハッピーエンドになる。
――そういうエンディングだ。
「それは過大評価し過ぎだよ。
人一人ができることなんて限りがあるからね。
できないことはやらないよ。
俺は普通の人よりできることが多いだけに過ぎないから」
例えばこの力で何万もの軍団を相手にすることなら簡単にできるが、各地でそれぞれの軍団が方々を攻めていたら全てに対応することは不可能に近い。
できることには限りがある。
これは、俺自身が無茶すれば、無理矢理にでもなんとかできるだろうが。
だが、軍団の方針を立てることはできても俺は指揮ができない。
そりゃあ、俺は元一般人な訳だしね。
それは百戦錬磨であるカイとかの方が向いている。
「アトスさん、ホントに謙虚だね」
「ホント、ティータの言う通りだね」
「みんなからそう言われるけど、謙虚とは違うかもね」
もちろん俺も謙虚でいられるように頑張っているけど。
今の話は謙虚とは違うと思う。
どちらかと言えば道理。
道理というのは正しいものの見方であり、正しい筋道や常識のことを言うと生前聞いたことがある。
人一人ができることに限りがあるのは間違いなく正しい見方だと思う。
その点で言えば世界全ての苦しむ人を助けるというのは道理に合わない。
どうしたって助けられない人もいるはずだ。
可能ならば、救ってあげたいけど。
「そうかな?」
「そうだと思うけど」
「それで?あんたは他に何を聞きたいんだい?ミグノニア群島連合国の上層部のことは話したと思うんだけどね」
確かに群島連合国の上層部はこの上なく闇が深いことはよくわかったが、上層部といっても少数の人間は犯罪組織と関わっていない人もいると思う。
あくまで俺の個人的な願いだが、全体が犯罪組織と関係を持っているとなったら話は想像以上に複雑になる。
「群島連合の上層部のことについては聞いたけど、犯罪組織と関係を持つことに反対する人間とかはいないのか?」
「んー。あたいが聞いている話の中にそんな人間はいないよ。
もっともあたいも全体像を把握しているわけじゃないんだけどね」
「私はこれまでのこともあってあんまりそんな話は詳しくないけど、私が寝たきりになる前までは結構平和だったよ」
ティータは自分だけこの話についていけてないことに残念そうな顔をしながら言う。
その顔を見て俺は話題が逸れることを承知の上で別の話を切り出すことにした。
「そういえば聞きたいんだけど、マリンが女王になった経緯とか聞いてもいいか?
いろんな国があるけど、マリンみたいな若い年で同じ座に就いているのはメクリエンス帝国のドライハイゼルだけだし。
話しづらいことなら話さなくてもいいけど」
群島連合の話とはズレるが、あの若さで王の座に就くということはあまりないはずだ。
もっと言うと親はどうしたんだってことだ。
恐らく親はこの世には既にいない存在の可能性が高い。
じゃなければマリンが王の座に就くなんてことはまだ先の話になるはずだし。
話を聞いたティータは少し不安げにマリンを見る。
……やっぱり話しづらいのかもしれない。
それを軽々しく聞く俺も非常識ではあるけど。
「お姉ちゃん、どうするの?話す?」
「アトスには散々助けられちまったからね。話しても良いのかもしれない」
その二人の姿を見て俺はいてもたってもいられずに謝る。
「悪い。そんな深く考えて言ってなかった。
無理に話さなくてもいい」
マリンは特に気にしている訳ではないようで片手をヒラヒラさせる。
「いいさ。気にするんじゃないよ。あんたの気になることはもっともさ」
「アトスさん、気にしないで。
この話はこの国でお姉ちゃんに近い人達ならみんな知っている話だから。
むしろアトスさんに話さないとこっちが失礼だから」
「マリンに近い人達ってことは海賊団というか船団の人達も知っているのか?」
「まあ、そういうことさね」
マリンは海賊帽を頭から取って太ももの上に置いて、その海賊帽を懐かしむように優しく撫でる。
今まで真面目に見ていなかったが、あの海賊帽、結構古い物だ。
五年や十年なんて物じゃない。
もっと古い。
帽子は所々手直しをしたような後があって、注意してみなければ分からないように綺麗に直されている。
「さてどこから話したものかね……あんた、あたいとティータの姿の違いは分かるかい?」
それは一目瞭然だ。
明確に違う所は一つしかない。
「……背中の羽、か?」
マリンとティータの違い。
それは背中の羽だろう。
マリンの羽はドラゴンの羽ような形をしている。
一方でティータはごく普通の人間に間違いない。
「そう。あたいとティータは実の姉妹じゃない」
「うん、そうだよ」
二人は俺を同時に見つめながらそう話す。
こうして、二人のこれまでの人生と先代の王だった親の話が始まった。
一体どんな話なんだろうか?