第百五十二話 女王の新たな一歩
マリンの妹のティータがいるという部屋は城の上層にあって途中にはマリンしか開けることのできない扉などもあり、かなり妹に対して厳重な管理をしているなと思った。
城の廊下を歩きながらマリンはあのコートの男が置いていった最後の薬が置いてある場所に寄って薬を手に取る。
本当は止めた方がいいんだけど、俺は止めなかった。
マリンの最後の希望に近い物だし、使わないにしても手に取るくらいはいいと思う。
それで少しでも気が軽くなるなら。
妹の姿は船員達もあまり見たことないと言っていたので、マリンくらいしかマトモに妹と会話していなんだろう。
階段を昇っている途中、先頭を歩くマリンは絶対に俺の方を見なかった。
「ティータは病弱だからね、なるべく人と関わらないようにしているのさ」
「そういえば、なんの病気なんだ?」
ここまで肝心の妹の病気のことを聞いていない。
どんな病気なんだろう?
「……そういえば話してなかったね。ティータは小さい頃にとある事故に巻き込まれてね。
その時に人が信じられなくなる病気というか呪いにかかって、それ以来部屋からあまり出なくなった。
そのせいで元々強くない体がさらに病弱になっちまってね。
さらに悪いことにあたいのことは姉として認識しているが他人が信じられない分、あたいに依存するようになっちまった」
呪いっていうことはもしかして魔法の関係もあるのかな。
でも小さい頃から異常状態が現在まで続くような魔法なんてあるのだろうか。
しかも物理的じゃなくて精神的な異常状態が。
「事故?」
「……そう、事故さ」
マリンがあまり話したくないような声で話していたのでこれ以上話を広げたくなくなってしまった。
話題変えるか。
その事故のことは気になるけど。
「でもマリンにしか開けられない扉とか厳しすぎないか?」
半ば監禁に近い状態だと思うんだけど。
少しやり過ぎじゃないかな?
「あたいだってあんなこと、本当はしなくないのさ。
でもティータは例の薬が切れるとまるで何か悪魔にでも取り憑かれているかのように暴れだしてこの城を徘徊して、限界がくると地面にそのまま倒れてしまってね。
ある時、顔面血だらけでぶっ倒れちまった姿を見つけたときはさすがにあたいも焦ったよ。
あたいが見つけられなかったらあのまま血を流しすぎて死んでいたかもしれない」
「でも城の中には他の船員とかもいるはずし、なんとかならないのか?」
「あいつらも気にしてくれているみたいだけど、必要以上に干渉してこないのさ。
今話したティータのことも自分達が手伝ってもいいのかって思うみたいでね」
「庭でも言ったけど、もう少し他の船員の奴らを信用してやろうよ」
あの船員達も頼ってやれば真面目に手伝ってくれるはずなんだけどね。
そうしないのはマリンが自分で解決しようとしていることに原因があると思うけど。
「一度だけティータのことを任せたら、ティータが意識の無いまま連れ戻そうとした船員を襲撃して、そいつが重傷を負ってしまってね。
それ以来余計に頼りづらくなっちまったのさ」
「随分狂暴な妹だな」
「薬が切れるとおかしくなっちまうのさ、ティータは。
そんな姿に変えてしまったあたいには重い罪がある。
あいつらにもこれ以上迷惑かけたくないし、困ったあたいは自分にしか開けられない扉を作ったのさ」
重傷を負わせる程の狂暴さ。
ただ事じゃないな。
どうやったらそんな状態になるんだよ?
――そうだ。
とある考えが浮かんだ俺はマリンに聞いてみる。
「マリン、妹に飲ませていた薬は手に持っているので最後らしいけど在庫はまだあるか?」
「え?あるにはあるけど、どうかしたのかい?
さっきの男が置いていったこの薬で最後なのは間違いないし、なんならこれが本当に最後の薬だけど」
薬の入ったビンを軽く振りながらマリンはこちらを向かないままでそう言う。
相変わらずこちらを見てくれない。
少し寂しいが、今は別のことが重要だ。
「ティータのことは俺がなんとかするからそれちょっと渡してくれないか?」
「そんなに簡単になんとかするとか、本当にできるのかい?
あんた、何を考えているんだい?」
「んー、その薬がどういうものか調べて貰おうかなと」
「誰にさ?」
「俺の国の天使様に」
するとマリンはいきなり笑いだしてしまった。
普通に言えば良かったかな?
凄く笑われてるんだけど。
「フフフ、ハハハハ!あんたの国天使がいるのかい?
どんな天使なのさ?」
「えっとな、薬の調合が得意な天使かな?」
ここまで隠すのもなんか変だけど、薬の調合が得意な天使というのはリコリスのことだ。
リコリスは薬師だし、薬の成分にも詳しいと思う。
「そんな奴がいるかい?あっ、もしかしてハーレムの一人かい?」
「鋭いな!隠すのも変だし素直に言うけど、その通りだよ。
リコリスってやつで、俺が最初に助けた女の子だ」
「へぇ、あんたに最初に助けられた女の子ねぇ。……可愛いのかい、その子は?」
なんかものすごくさらっと聞いてきたけど、庭での反応を考えるに、マリンは自分より可愛いのかと聞いているのかもしれない。
どう答えたらいいのかな?
でも隠したところで意味はないし、素直な気持ちを話そうじゃないか。
「それ、今聞くのか?……うん、可愛いと思う」
「なんだそうなのかい?他の女の子もアトスが選んだなら相当可愛いんだろうね。
そりゃあゼオルネの王に狙われるはずだよ」
そう話すマリンは少々残念そうな声色で言う。
「俺が選んだかどうかは議論の余地があるけど、ゼオルネ竜王国の王に狙われるっていうのは間違ってないな。
前に俺の国の手伝いをしてくれる人にもそれと似たことを言われたよ」
俺は可愛さで選んでハーレム作ってる訳ではないからね。
みんなを幸せにしたいと思うからハーレム作っているだけだし。
「みんなあんたに落とされたのかい?罪作りな男だね、あんた」
「なんだよそれ。俺は別に落とそうと思って行動しているわけじゃないんだぞ?」
「どうだか。……あたいもあんたに落とされたってのにねぇ、参った参った」
最後の方までバッチリ聞こえる聴力を呪いたい。
恥ずかしさで悶え死ぬ。
爆発してくれ!
というか最後の小声の部分を聞くに、やっぱりそんな感じになっちゃったのか、マリン。
いやうん、なんかごめん。
「それで、薬渡してくれるか?」
「あんたの国の天使とやらを信じてやろうじゃないか。受け取りな」
そう言うとマリンは体の半分をこちらに向けて絶対にこっちを見ないように顔を真横に向けて、薬を持っている腕を俺の方に伸ばしてきた。
「成分がわかれば仮に俺がティータを完全に回復できなかったとしても、処方薬出すくらいはしてくれると思うから。
まあ、俺の国の仲間達に任せくれ」
俺は差し出された薬を受け取る。
でも一つだけ気になることがあった。
「でもそんなに簡単に渡していいのか?これはマリンにとって大事なものなんだろう?」
「大事な物だからこそ信頼できる人間に渡すっていうのは変かい?
あんたはこの短時間であたいの信頼を勝ち取ったんだよ、少しは嬉しいと思いな!
……それに、それはあたいを優しく包んでくれたあんただから渡すんだよ。
これであたいも少しは人に頼ろうと思えるようになった、これはそのための大事な一歩なのさ」
「……そこまで言うなら、分かった。大事に扱わせてもらうよ、マリンの大事な一歩だからな、受け取らない訳にはいかない」
マリンは流石に恥ずかしいことを言った自覚があるようで、真横に背けたままの顔だったけど耳が真っ赤になっていた。
そのままマリンは即座に体を元に戻す。
――ちゃんと預かったからな、マリンの大事な一歩。
俺はその薬を空間袋に入れる。
あとは魔法通信で連絡して頼もう。
でもまずは妹のティータを救うために全力を注がなければ。
そうしてしばらく階段を昇り続けると明らかに苦しんでいるような声を発している部屋がある場所に着いた。
明らかに自分を見失っているような狂気の声が部屋から響いてくる。
「アアアアアア、薬ぃ、薬はどこぉ!苦しいの!誰か、誰でもいいから私を楽にして!
エヘ、エヘヘェ。お姉ちゃん、どこなのぉ。
ティータ、良い子にしていたのよ。
……あれ?いいこ?いいこってなんだったかなぁ?フフフ、アハハ」
これは思っていた以上にヤバい状態だ。
笑い方がもうおかしいもんな、これ。
彼女以外居ないはずの部屋で一人で叫んだり笑ったり、存在がもう恐怖だよね?
もはや部屋の扉を開けることすら躊躇う程の壊れようだ。
「……ここさ」
「マリンが抱えている闇。物凄く納得した」
さて、姿をまだ見ていないが、俺はティータを救うことができるだろうか?