第百四十七話 気の良い下っ端
「アトスさんで合ってるっすよね?間違いないっすか?」
操舵を担当しているらしい船員の元へ着くとまずそう言われた。
その口調、っすの部分を片言に変えたらゴブレにそっくりだよ、兄弟か?
見た目は普通の人間なので冗談だけどさ。
「それは間違いないんだけど、なんでこんなことになっているのか困惑している」
この海賊団を率いているあのマリンとか言う女性は何がしたいのだろう。
定期船を襲うでもなく、俺だけ呼び出すとか。
「マリンマリンちゃんの考えていることは僕にもわからないっす」
「なあ、その呼び方ホントにみんな言っているのか?」
マリンマリンちゃんってなんか可愛いけど、呼ばれた本人は面白くなさそうな顔していたので不本意なんだろう。
「みんな言っているっすよ!ただ、目の前で言うとさっきみたいになるから、みんなマリンマリンちゃんの前では船長とか、姐さんとかって呼んでいるっすけど。
実はマリンマリンファンクラブなんてものが密かにあって結構人気なんすよ!」
「ホントかよ……」
自分の知らないところでファンクラブできているとか知ったらどうなんのかな?
俺だったら恥ずかしくなるだろうけど。
「嘘じゃないっすよ!姐さんは実は可愛いものが好きなんすけど、みんなにバレないように変装してぬいぐるみ屋とかアクセサリーショップに出入りしているっす。
船長やってるときはあんなに粗雑な人っすけど、そこがまたいいんすよ」
マリン、ぬいぐるみとかアクセサリー好きなのか。
普通の女の子とあんまり変わらないみたいだ。
あれか、ギャップ萌えとかいうやつなのかな?
「そうなんだ。ところで俺を呼んだ理由は?」
突然呼ばれたのでなんとなく来たけど、用があるんだろうか。
「噂の人と話してみたいって変っすかね?」
「そんな理由なんだ。別に変じゃないけど」
俺は元々そんなことに興味を持つような性格ではないが噂好きの人とかは、話のタネになりそうだから話してみたいって呼んだりはしそうだ。
これは俺の勝手な推測だけどね。
噂になっている人は話しかけようと思わなくても注目は集まるし、そこまで変ではないと思う。
「そうっすよ。
アトスさんは自分の知名度とか武勇伝とか知らないんすか?」
「それは知らない。俺は自分の噂に興味ないし」
あんまりに大袈裟な噂とかならさすがに少し気になるけどね。
基本的に俺は自分のやりたいようにやっているだけだし。
「少しは自分の噂気にならないんすか?」
「そう言われると気になるけどさ、ちなみにどんな武勇伝あるんだ?」
「ええっと、50万の軍勢を一人で全滅させたとか、実はアトスは神の分身であるとか、なんかそんな噂とかあるっすけど」
ないない。
神の分身ではない、転生させられただけだし。
それは俺が自分自身で願ったことだけど。
50万の軍勢の話とかどっからきたんだよ。
死王国動乱の話でも混ざっているのか?
「あとはマジェス魔道国のシャーリーはアトスに弱みを握られていて、シャーリーは不本意ながらアトスの手助けをしているとかっすかね」
弱みを握られているのは俺の方だよ!
誰だ不本意ながら手助けをしているとか言い出した奴。
さすが噂、いろいろあるな。
「いろいろあるんだな、驚いた」
「今話した内容って本当なんすか?」
「ほとんど嘘だよ。あんまり噂信じない方がいいよ、真実は本人に聞かないと分からないわけだし」
「そりゃあそうっすけど。今まで僕はアトスさんと会うような立場じゃなかったっすからね。
噂の真偽も確かめようがないんすよ」
「それは確かにそうだね。俺もお前と話すような立場じゃなかったし、確かめようがないな」
そもそもマリンが船団を動かさなかったら永久にこんな機会は訪れない訳だもんね。
マリンの用ってなんなんだろう。
「でも本人がこうして目の前にいるわけだから聞かない手はないっすよ!」
その船員は操舵輪を回しながら流暢に話続ける。
結構手慣れている操舵のような気がする。
操舵の腕がいいとかまるで分からないけど。
「マリンの目的ってなんなんだろう?」
「さっきも同じこと言っていたっすけど、マリンマリンちゃんが突然定期船に乗っているはずのアトス・ライトニングを探しに行くぞって急に言い出したもんだから、僕達も慌てて準備したんっすよ!」
海賊団も大変だな、悪い人ではないんだろうけどついていく船員も大したものだ。
さっきの船団の動きもあることだし結束力はすごく高いんだろう。
なんで拉致されたのかは分からないが。
「そんなに突然だったのかよ」
「そうっすね。でもマリンマリンちゃんが突然言い出すってことは何かあるはずっすよ。
余程のことがない限りは突然動き出すなんてしないっすから」
俺は彼女のことをまだ知らない。
いきなり連れ去られることになったから当然なんだけど。
だが、船員の行動とかを見るとそんなに悪の海賊って感じはしないし、俺も別に拘束されているわけでもないから本当に分からない。
黙ってそんなことを考えていると、その船員は思い当たることでもあるのか、操舵輪の目の前に広がる海に目を向けながら話し出した。
「もしかしたら妹が関係しているかもしれないっすね」
「妹?それは初耳だけど」
あの人、妹居るのか。
でもそれが今回の件とどう関係しているんだろうか?
「これは内緒っすよ?……実はマリンマリンちゃんには二個下の妹が居るっすよ。
その妹はティータって名前なんすけど、なんでも重い病気であんまり外に出ない人らしいっす。
僕達はそんな理由もあって妹さんとはあまり会ったことがないっす。
もしかしたら姐さんは妹の病気を治せる人物を探していたのではないかと僕は思うっす」
そんな理由があるなら話してくれればいいのに。
でもそれはあくまであの船員の推測なので参考程度に聞いておくとしよう。
「そこは姐さんって言うんだ」
「姐さんもマリンマリンちゃんも僕達にとっては大切な呼び方っすからね。
姐さんは厄介事は一人で片付けようとする悪い癖があるんすよ。
言ってくれれば僕達だって喜んで協力するのに……」
まあ、あの感じだとついていきたくなる気持ちも少しわかる。
「そうなのか。いい仲間に囲まれているんだな、マリンは」
「姐さんはどう思っているか知らないっすけどね。
でも僕達マリンホエール海賊団は姐さんに命を捧げる覚悟をしているっすからね」
「そこまで決めているんだ。すごいんだなマリンホエール海賊王国ってのは」
「マリンマリンちゃんは海賊王国のみんなの憧れの女王っすからね!」
待て、なんかとんでもないことを聞いたぞ。
女王って女に王様の王って書くあれか?
かなり危ない奴に連れ去られているらしい。
ともかく、行き先は海賊王国だろうし、マリンの目的は明確にならないがミグノニア群島連合国であることは確かだろうし、このまま入国してしまおう。
アオイ達と無事に合流できればいいんだけど。