第百四十六話 名前を呼ばれたんだけど
ミグノニア群島連合国の付近の海上で、俺は定期船の進路を塞ぐ海賊の集団を船の一番前に来て見ていた。
「ホントに海賊だ」
それというのも、帆船なのだが船の一番高い柱の頂点に竜のような生き物に剣が刺さっている旗がくくりつけられ風ではためいていたからだ。
なんというか海の荒くれ者って印象が最初にやってきた。
あっちの船に乗っている船員も定期船の船員のような服装をしているが、着崩して着ていたりしたから余計に。
しばらく眺めていると船の集団の中で一際大きい旗艦と思われる船の舳先に、背中に羽の生えた姿で黒い髪をした女性が腕組みして立つ。
周りの船がキャラックみたいな中型船なら旗艦はガレオンみたいな大型船とかそんな感じの大きさだ。
あんな場所に立つとか大丈夫なのか?
下手したら海に真っ逆さまに落ちるよね。
そう思っていたのだが旗艦からこの船は相当離れているはずなのにハッキリ聞こえる大声でこの船に呼び掛けてきた。
「そこの定期船!アトス・ライトニングを乗せているはずだね!
あたいに渡しな!さもないと船ごと沈めるよ!」
え?俺?!
名前を呼ばれた俺はビクッとする。
どういうことだ。
なんで俺がこの船に乗っていることを知っているんだ?
いや、俺の動きなんて調べようと思えば誰にでも分かることだろうけど。
「ア、アトス殿?ここにおったのか!あやつと面識があるのか?」
アオイが俺を探していたようだ。
後ろから話しかけられる。
「ないんだけど。どうすればいいんだこれ?」
「沈めると言っていたのじゃが?
定期船を相手に取られるということはこの船に乗っている乗客やら乗組員が全員人質と同じなのじゃ。
……どうするのじゃ?」
「そうだよな……仕方ない。
俺が単独であっちにいくよ」
「しかし良いのか?何が目的かわからんのじゃぞ?」
それはそうなんだけど、俺と無関係の人を巻き込むわけにはいかない。
この場所に先に来ていた船長が俺を見ながら話しかけてくる。
「兄ちゃん、あんた何をしたんだい?マリンホエール海賊王国が動くなんてただ事じゃないぜ?」
「俺は何もしてないし心当たりすらないんだけど、呼ばれた上に人質まで取られるとなるとこうしているわけにはいかない」
「この船を預かる者としては非常に心苦しいのだが、危機的状況なのもまた事実。
しかし兄ちゃん、大丈夫かい?」
「俺は多分何が起きてもどうにでもできるから、大丈夫だよ。
船長さん、2日間世話になった。
エスペラード島まで他の乗客の安全を優先してくれ」
バイゼルハーツ公国の港で定期船に乗る前にゴールドを払う決まりになっているので、ここで降りても大丈夫だろう。
かなり予定が狂ったのは想定外だったけどね。
「アオイ達はクロノって人がソウゴ達と居るはずだからそこで合流してくれ」
「それは構わぬが……であれば、妾はお主の無事を祈るのじゃ」
「うん、ありがとう。じゃあ行ってくるよ」
俺は風魔法を使って定期船の上空に出る。
それからマリンホエール海賊王国の旗艦らしき船に向かって行き、俺の名前を呼んだ女性の背後の甲板に着地して、振り返って彼女に話しかける。
「何の用だ?」
「こいつは驚いたね。最近の噂は本当らしい。
野郎共、引き上げるよ!
あの船の道を開けな!」
「了解っす!姐さん!」
大して驚いていない彼女は、振り返るなりさっきの大声で全体に発令すると船団が一切無駄な動きをしないで速やかに定期船の道を開けた。
これは練度がおかしい奴だ。
ここまで統率のとれた動きができる軍はそういないだろう。
「さて、手荒な真似をして済まないね。あんたアトスで合っているのかい?」
動く船上で彼女が俺に話しかけてくる。
光を反射して輝く漆黒のロングヘアーの頭に海賊帽。
明らかに着る用の服には見えない、袖の長い肩掛け服を背につけ豪華な装飾を施した提督服。
何よりも背中の肩掛け服の切れ目から生えているらしいドラゴンのような翼が一番目立つ。
茶色の瞳で片目に眼帯。
イメージはザ・海賊の頭領に固定されてしまったが、背中の翼もあってイメージが固まらない。
でもこれってもしかして連れ去られる系なのか?
「あ、ああそうだけど。何が目的なんだ」
いろいろ聞きたいことがあるけど、まずは目的を聞こう。
「それはまだ秘密だよ。ここで話しちゃつまらないじゃないか
あんたがなにもしなければあたい達も危害を加えたりはしない」
彼女が何を考えているか分からないが、楽しそうに目を瞑りながらクスクス笑っていたのであんまり悪い人には見えなかった。
しかしこちらの質問に答えるつもりはないらしく不思議そうな顔をしている俺を見てさらに笑う。
人の顔見て笑うのは失礼なんだぞ。
「そうか……あ、じゃあ名前は?名前くらいは教えくれるのか?」
「それくらいは教えてやるさね。あたいはマリン。
マリン・マリンホエールっていうただの海賊さ」
操舵をしていた船員が俺の背後にある操舵輪がある場所からからかうように口を開いた。
「マリンマリンって呼ばれてるっすよ!」
「あ、あんた!後であたいの酒盛りに付き合いな!拒否は許さないよ!」
マリンマリンと言われると彼女は頬を少し赤くして腕を振り上げる。
それを聞いた船員は明らかに動揺する。
「あっやべ、しまった!許してくれ姐さん!」
「拒否は許さないって言ったじゃないか、覚悟しておきな!」
なんであの船員はあんなに動揺しているんだろう。
あの様子を見る限り酒を一緒に飲みたくはないってことなんだろうけど。
すると俺の袖を引っ張って頭にハチマキを巻いた船員が小声で話す。
「姐さんの酒盛りに付き合ったら有り金巻き上げられて、さらにしつこく絡んでくる姐さんの相手を次の日の朝までやらないといけないんだよ」
なんだそれ、いやだな。
有り金巻き上げられるってどういうことだよ。
カツアゲなのか?
「あんた、アトスとなーに話しているんだい?ん?」
圧がすごい顔でその船員をニヤニヤして見ている。
「い、いえなにも!今日も異常はないなっと確認していただけですよ、ハハハ……。
じゃああっしは他の見回りがあるんでこれで失礼しやす!」
高速で一礼するとものすごい速度でどこかに行ってしまった。
余程酒盛りに付き合いたくないんだな、あれ。
「チッ、逃げやがったか。おや?なに呆けた顔しているんだい?
あたいの船ではこんなこと日常なのさ」
「いや、退屈してなさそうだなって」
「ハッハッハ。なんだい?あんたは退屈でもしているってのかい?」
「退屈はしてないな、生憎。
むしろ休みが欲しいくらいだ」
「そいつは結構。まあ適当に船の中でも探検しておいておくれ、これでもあたいはそれなりに忙しいんでね」
いきなり拉致ってなに言ってんだろう、あの人。
この状況って普通は縄で縛られて船倉行きじゃないかな?
そんなことを考えているうちにマリンは歩いて言っていってしまった。
さっき残念なことになった操舵の船員が操舵輪を握っていない片手で俺を手招きする。
なんだろう?
ともかく、俺は軟禁というか拉致というか、どっちも違うけど、マリンホエール海賊王国に無理矢理連れて行かれることになるらしい。
人の命がかかっていたから仕方ないけどね。