第百四十四話 一方その頃、自由連合国 その一
アトスがミグノニア群島連合国行きの定期船において海賊との遭遇に巻き込まれているその頃。
国主アトスがいないフォクトライト自由連合国では事件が起こっていた。
空を覆い尽くす数のドラゴンライダーの軍団がこの国へとやってきたのだ。
「あれはゼオルネ竜王国か?」
その空の光景を見ながら俺、カイ・ライトニングは驚いていた。
数十年前に訪れて以来一度もあの国には行ってなかったが、ドラゴン騎士団は健在のようだ。
あれって必然的に対空戦になるから、アトスのいないこの国じゃ対抗するのは難しいんだよな。
しかし、アトスが不在の今、俺達がどうにかしないといけないのは確かだ。
空の光景を見た警備隊の隊長セブルスが慌ててここに来ていた。
「カイ殿!あれはもしかしてゼオルネ竜王国のドラゴン騎士団ではないですかな?」
「間違いないぜ。ドラゴンが身に付けている鎧にゼオルネ竜王国の紋章があるしな」
空で旋回を繰り返すドラゴンライダーの軍団を視力のいい俺は観察している。
そこにリコリスもちょっと恐怖の顔を浮かべながらここに来た。
「カ、カイさん!なんで竜王国がここにやって来ているんですか?!」
「まあ、理由はいろいろあるぜ。主にアトスのせいだが」
アトスは竜王国へ嫁に行くことになっていたアルシェを救うために竜王国と対立する姿勢を取ることになったから、そのせいだろう。
しかし、間の悪い時にやってきたもんだ。
それとも裏でダークディメンションが絡んでいるのか。
アトスは優しすぎるからな。
あのアーティファクトの力を使えばあのときにあいつらを殺すこともできたがそうはしなかった。
だが、それがアトスの長所でもある。
どこでそんな感覚を身に付けたかと言えば間違いなく転生前の世界の影響だろうが、この世界で生きていたらあんな優しさはかえって邪魔になってしまうはずだ。
でも、あの優しさがなければ魔物達や様々な種族と仲良く暮らす国を作りたいなんて思い浮かぶはずがない。
「アトスさんのですか?もしかしてアルシェさんと関係があったりするのでしょうか」
「まあ、そんなところだろうな」
「ダーリン今どこにいるんだろうね」
「突然現れるな、カイさんビックリただろ!」
背後から死神セレスティに声をかけられて軽くビビったぞ。
あの死神もアトスのどこが気に入ったんだか。
それもこれも恐らくあの人柄の影響なんだろうが。
「アトスさん、確かエルフィリン樹神国の救援に向かって今度はミグノニア群島連合国に向かっているってレスリさんが言っていませんでしたっけ?」
「なのだ!さっきレスリがそう言っていたのを聞いたのだ!」
「シルキーか」
シルキーがこっちに向かって走ってきながらリコリスの言葉に返答する。
竜王国、一体何しに来たんだ?
見ているとなんの前触れもなく旋回していたドラゴンライダーの軍団が攻撃魔法を使う前にする詠唱を始めた。
「マズイ!セブルス、警備隊の奴らを緊急招集しろ!あいつらこの国に攻撃を仕掛けようとしているみたいだ」
「な、なんですと!?わかりました!」
セブルスはそう言うなり警備隊を集めに走っていった。
詠唱を終えるとドラゴンライダーからファイアーボールが無数に飛んできて家に着弾する。
ファイアーボールが着弾して燃える家。
その光景を見ながらリコリスとシルキーが恐怖で震え始める。
戦争を知らないリコリスやシルキーがあの表情になるのも仕方ない。
シルキーが怖がっているのは意外だったが、よく考えればあいつはまだ子供だし、当然か?
「いきなり攻撃すんのかよ!リコリス、シルキー、他の女の子と共にここから離れろ!
セレスティはリコリス達を守ってやってくれないか?」
「わかった、僕ができる限りのことはするね。君はどうするんだ?」
「この国で対空戦ができるのは俺と魔法を使える人間だけだ。
俺は戦う、アトスの国だからな、ここは。
留守を任されているし、なによりあいつが帰ってくるまでは負けられない」
あいつがエルフィリン樹神国に行く前、かなりの急ぎだったようで世界樹の異変が起きたことを俺と他の人に話したあと俺だけに、
「国を頼んでもいいか?できる限り早く帰ってくるつもりだけど、何が起こるか分からないし、カイだったらなんとかしてくれると思ってる。
だから頼む」
と大真面目に言ってきた。
俺はそれを聞いたあとに、
「そんな顔をするな、任せとけ!」
と言ってアトスを送り出した。
あいつ働きすぎだよな?
これまでを軽く振り返るとそう思った。
無論それは言ったが、アトスは笑うだけだった。
「無理はしないでよ?君に何かあったらダーリンに何て言えばいいんだ」
「余程のことがない限りは大丈夫だぜ!」
セレスティは俺の言葉に頷くとリコリスやシルキーを守るようにこの場から去っていく。
それを見届けた後、俺はアーティファクトを取り出して使う。
「魔力固定、完了。魔力流出、停止。精神力、魔法ランク、神級、限定解放」
いつもの澄んだ声、もといアトロパテネスの声が響く。
俺はアトスやイスターリンのように神の加護なんてないが、戦えないよりはマシだ。
なにより、俺はこんな緊急事態は数えきれないほど経験しているからな。
さて、やるとするか。
腰の鞘からアトスが買ったロングソードを抜く。
「ウィンドームーブ!」
俺は詠唱をしなくても魔法は使えるのでお馴染みの詠唱破棄だ。
風魔法を補助に使う。
風の軌跡が頭の中を駆け巡る。
俺は光速で空を走り出す。
何しに来たのかは知らないが、いきなり攻撃するならこっちだって反撃するぜ、覚悟しとけよ!
空に上がって剣でドラゴンを切っていく。
一部のドラゴンライダーは俺の空の動きを捉えきれていないのか残像をキョロキョロ見ている。
「バ、バカな!対空戦のできる人間がいるだと!話が違うではないか!」
リーダーと思われる装飾を施した鎧を着たドラゴンライダーがかなりオドオドしているのを見た。
近くで飛行していた別のドラゴンライダーが顔を青くしながらドラゴンをリーダーの横に近づけて話す。
「た、隊長!あいつ捉えられません!」
「我々の目的はあいつと戦うことではない!別動隊の報告を待て!
我々とて世界で名が知られているドラゴン騎士団なのだ!あいつには数をぶつけろ!」
そう指示すると多数のドラゴンライダーが空を覆いながら俺を囲み始める。
別の目的とはなんだろうな?
ちょっと聞いてみるか。
「別の目的だと?お前ら何が目的なんだ!」
「ふん、知れたこと!あのバ……ゴホン!ナグレム王の命令だ!」
なんとなくリーダーが苦虫を噛み潰したような顔をしていたのでいろいろ察した。
うっかりバカとか言いそうだったもんな、今。
あの竜王国の王ナグレム・レンドラー・ゼオルネの命令ということは大方女目的なんだろう。
ハーレム王として有名な奴だからな、それくらいは誰でも分かる。
となると、こうして囲まれているのは結構マズイかもな。
別動隊は恐らくリコリス達を捜索しているんだろう。
「手間取るのはマズイか。なら」
片手を空に掲げる。
ドラゴンライダー達は動くのを辞めて空中で静止している俺を格好の標的と思ったのか一直線に突撃してきている。
警戒くらいしろよな。
「サークルファイアー!」
俺の体の左右を回る横に円を描くような軌道の炎が現れる。
「サ、サークルファイアーだと!あいつ何者だ!
あんな魔法誰にでも使えるもんじゃない!みんな避けろ!」
ご名答。
褒美にカイさんの倍返しを与えよう。
サークルファイアーは構造こそ簡単だが、魔法ランクは神話級だ。
いわば人間を辞めるか否かのランクだ。
わかるぜ、怖いよな?
こんな魔法を使うような人間を相手にしているなんて信じたくないだろうな。
もっとも、俺は完全に人間というわけじゃないがな!
片方吸血鬼だしな。
回避行動を取り始めたので、ついでに条件追加でもしておくか。
「プラス、ホーミング」
「な、なんなのだ貴様は!」
「ただの人間だぜ!」
言うと同時に射出する。
俺の体の円を描いていた炎は無数の弾丸となって次々とドラゴンライダーのドラゴンにヒットしていく。
回避行動を取っているドラゴンライダーは追いかけてくる炎に恐怖の表情を浮かべ、半泣きになっていたが避けられるはずもなくヒット。
「弾幕ってやつ?丸焦げドラゴン一丁上がりって感じかな!」
なお、聞いている人間はもう周辺にはいなかった。
しかもかなりの数が居たはずなのにサークルファイアーのせいでほとんど全てのドラゴン騎士団が敗走を始めていた。
自由連合国に住むことになったペガサス達と国境警備隊の魔法使い達が追撃をしているようなので、このままなんとかなるだろう。
彼らも引き際くらいは分かっているはずなので俺は別の方面に向かうことにした。
さて、別動隊はどこにいるのかな。
ドラゴン騎士団は数があんまりいなかったので殲滅くらいは簡単にできたが、あいつのことが好きな女の子達を守れなかったら本末転倒だ。
そんなわけで俺は流星のように空中から索敵する。
大丈夫だといいが。