第百四十三話 翌日、海賊に遭遇する
次の日。
昨日の酔っぱらいアオイとヤマトの行動は船内全体で噂になっていて、うっかりそれに割り込んでしまった俺には女性の乗客から痛い視線が向けられていた。
「俺の知らないところで俺絡みのトラブル起こされた身にもなってくれ……」
俺は船内の居心地の悪さに困ってまた甲板に出ていた。
それも船の最後尾の人目のつかない場所に。
昨日のは完全に俺の想像の範囲外だったので未然に防ぐなんてことはできないよね。
ヤマトは今日の朝、船内で会うなり、
「昨日、私なにかしたのかしら?アトス君、なにか知らない?」
と、アオイが言った通り微塵も覚えてなかった。
幸せな奴め。
それに対して俺は知らない方がいいとはぐらかした。
あれを知られたらヤマトがどうなるのか少し興味はあったけど。
アオイは普通に覚えているらしくて、会うなり俺をからかって遊んできた。
「昨日、妾の部屋に来なかったじゃろ?結構寂しかったのじゃ!」
とか、そんなことを言っていた。
待ってたんかい!ってツッコミたくなった。
「絶対嘘だよね?昨日自分の部屋に戻るなり爆睡していたってさっきハクリュウに聞いたぞ?」
「フフフ、さすがにもう引っ掛からぬか、つまらぬのう。
それにしてもハクリュウの奴め、契約者の爆睡する姿を目撃するとは許せぬ、あとで仕返ししてやるのじゃ」
そんな会話をしてアオイは去っていった。
起こってしまったことは今更どうしようもない。
後の祭りである。
さて、甲板に一人でいるわけだが今日は天気がいいみたいだ。
昨日の嵐が嘘だったかのように潮風が爽やかだった。
「昨日の嵐すごかったな」
キラキラ光る海を眺めながら独り言を呟く。
人目につかない場所なのだが、乗組員は歩き回っているわけで、一人で佇む俺を不思議そうに見ながら自分の持ち場へと何人も俺を通りすぎて歩いていった。
「おっ、昨日の兄ちゃんじゃないか!いやー昨日は大変だったな!」
見回りでもしていたのか、昨日のスキンヘッドの海の男がこちらに話しかけてきた。
「昨日はどうも」
「船内での噂に疲れてここに来たんだろう?なにかあったら他のお客さんもよくここに来るからな」
どうやら他にもこんなことをする乗客がいるらしい。
だってここあんまり人来ないんだもん。
あのスキンヘッドの人はよくこうして乗客に話しかける人なんだろうか?
「そうなんだ。ところでこんなところで乗客に話しかけても大丈夫なのか?」
「全然大丈夫だぜ。俺は報告を聞くのが仕事みたいなものだし、結構暇なんだ」
「ふーん。乗組員の中でそんな立場の人とかいるんだ」
国境警備隊のセブルスとかもそんな立場だったと思うけど。
船の上でもそんなことあるんだ。
航海が順調なら暇なんだろうな、多分。
「おうよ。今日はミグノニア群島連合国の玄関口、エスペラート島に着く日だし、兄ちゃんともそれでお別れだけどな!
また帰りにでも乗ってくれや!」
「エスペラート島?群島連合国ってやっぱりいろんな島国が連合を作っているみたいな国なんだな」
するとその船員は驚いた顔をしていた。
「それを聞くってことは兄ちゃん、あの大陸から離れるのは初めてなのかい?」
「まあ、そうだね。初めてだよ」
「そうかいそうかい。今は群島連合国は不穏な噂が多いと聞くが、兄ちゃんも気を付けな。
群島連合国では伝説みたいなものがあって、なんでも群島連合国全体を常時監視する魔法結界が張り巡らされているって話だぜ」
マジか。
ともすればディストピアみたいな国なのかもしれない。
しかし、だとするとこのまま入国するのはマズイのでは?
「そんな話があるんだ」
「まあ噂なんだけどな。だが、もし本当にそんな大魔法が実在するなら大変かもしれないな、群島連合国に住んでいる人達は」
「悪いことできないな」
「そりゃあそうだな!そう言っても兄ちゃんは別にそんなことするような人間じゃないんだろう?」
戦争を止めるって別に悪いことじゃないよね?
なんか急に不安になってきたんだけど。
でも噂が真実だとするなら俺の存在はもう既に知れ渡っているから動きづらかったりするのかな。
「そんなつもりはないよ。群島連合国には観光で行くような感じだし」
「客の噂で聞いたが、兄ちゃん最近有名なアトス・ライトニングなんだろ?
そのアトスがこうして動くとは只事ではないみたいな話があったぜ?」
予想していたよりも名が有名になっているらしい。
そんな話があるのか。
確かに商人とか旅人らしき人も何人もいたわけだし、情報は早そうだ。
過去の世界のバイゼルハーツ公国で作られたアヴァリム商会の会長だったデオグレスも情報は商人の命とか言っていたはずだし、俺の動きは結構知られているのかもしれない。
これは結構危ない橋を渡っているような気がしないでもない。
「なんだ、普通にバレているんだな」
「それに“大陸の緋王”と呼ばれるアオイ・ナミカゼや“黒い旋風”と呼ばれるヤマト・リュウホウインがその噂のアトスといるんだぜ?
何が起こるんだって、知っている奴なら誰でも思うと思わないか?」
「それは……確かにそうだね」
言われてみて気づいたが、確かにその通りだった。
知名度がありすぎるのも考えものだな、ホントに。
どこ行ってもバレる奴じゃんこれ。
これを群島連合国の上層部が知ったらやはりマズイのでは?
アオイもヤマトもそれなりに名が売れているわけだし、俺も世界最強の一人と噂されているらしいし、その三人が一堂に会するなんて注目されまくるよね。
忍者なのに知名度あるとかどうなのって気が凄くするけど。
当事者の俺はそんなこと考えてなかったから盲点だった。
「なんだ、気づいてなかったって顔だな!兄ちゃんもかなり知名度あるって自覚した方がいいぜ?
噂じゃ、マジェス魔道国の国主シャーリー・マジェスタにも惚れられているらしいじゃねぇか。
これで知名度がないなんて誰が思うんだ」
その話ももう噂になっているのかよ、参ったな。
ここまで来ると知らない方がおかしいって感覚なんだろうか。
そのスキンヘッドの船員と話していると、別の船員が焦ってここに向かってきているのが見える。
「せ、船長!こんなところで何しているんですか!緊急事態です!」
せ、船長?!
このスキンヘッドのおっさん、船長だったんかい!
「なに?緊急事態?何が起きた!」
さっきまでののんきな空気は吹き飛んで、緊迫した空気になった。
走ってきた船員は深呼吸をしてから話し出す。
「ハァハァ……海賊です!海賊が現れました!」
「海賊ぅ?!そいつはどんな船だ?」
「青い船体に海竜に剣が刺さった旗を掲げた大型船です!
しかも小さい船も含めて何十隻もいます!」
そのスキンヘッドの船長は少し考え込む。
海賊ってこの世界にいるんだ。
当の俺は現実感のない話だったのでどこかのんきにその光景を見ていた。
「……そいつはやべぇ船団だ。青い船体に海竜に剣が刺さった旗、マリンホエールの奴らだ」
「マ、マリンホエール?!群島連合国で唯一連合に加盟してない海賊の国、マリンホエール海賊王国の奴らですか!?」
海賊の国とか存在するのか。
群島連合国って思った通りいろんな形態の国がありそうだ。
そもそも海賊が国を持てるなんてそんなことあるんだ。
現代世界じゃ絶対不可能なことが起きている。
あの船長があんなに真剣な顔をしているということは大きい組織だったり危険な奴だったりするのかな。
国ということはそうなんだと思うけど。
「そうだ。だがあいつらは基本的に悪徳商人やら良くない噂が多い貴族やらを相手にしている海賊のはずなんだが」
「せ、船長!どうされるのですか?」
「抵抗はするな、マリンホエールは善良な人間には手を出さないはずだ」
「了解しました!」
船員は船長に向けて敬礼をすると走っていった。
「すまないな、どうやらトラブルが起きたらしい。
兄ちゃんは客だから静観していてくれ」
「それは分かってるけど、様子を見るくらいはいいだろ?」
「そいつは構わないが、俺もここにいるわけにはいかない。
兄ちゃんもできれば安全な場所にいるんだぜ?」
そう言ってスキンヘッドの船長も行ってしまった。
事件が起きない限り俺は動くつもりはないが、せっかく海賊が存在しているのだから見てみたいというのも隠せない。
変なことにならなければいいんだけど。
この時、フォクトライト自由連合国ではゼオルネ竜王国が襲撃してきた事件と新たな存在が現れていたなど知る由もなかった。
明日は休載になります。
次話から二話ほど主人公視点ではなくなります。
よろしければお付き合いください!