第百四十二話 なぜ、ハプニングが起きた?
レイやハクリュウとの朝食を終えて俺は食堂を出て今日はまだ見かけていないアオイやヤマトを探すことにした。
さしあたっては甲板に上がり、まず船上をくまなく歩き回る。
相変わらず船を覆っている膜の外はものすごい嵐だった。
歩き回ったのだが結局見つからず、俺はまた船の柵に腕を乗っけて嵐が起きている景色を眺める。
「この魔法なんなんだろう」
カイの記憶を参考に探してみようとしたが、探すまでもなくこの魔法が何なのかはわかってしまった。
これはあれだな。
俺も常時発動させているマジックウォールだ。
間違いない。
自分がよく使う魔法なのでカイの記憶を見るなんてことをしなくても分かる。
「マジックウォールならこんな無茶できるよな、確かに」
荒れている海なので当然空もどんよりしていて今の正確な時間はわからない。
人が居なかったら幽霊船に見えないこともない。
幽霊船の場合はもう少し船がボロボロだろうから違うかもしれないけど。
「兄ちゃん、そんなにマジックウォールの外を見てどうしたんだ?」
脇から話しかけられたので横を向くと、海の男っていう感じの服装の髭の濃い男性が俺に話しかけているようだ。
「ああ、やっぱりあれマジックウォールなんだ。
別に何ってことはないよ、人を探していただけだしね」
「人を探す?誰か探しているのかな?」
「そう、青い髪を頭の両脇でまとめている剣士と茶色の髪をしたポニーテールの怪しい人」
そう話すとツルツルのスキンヘッドをしたその男性はなにか思い当たることがあるらしく、思い出したように話し始めた。
「あの二人かい?その二人なら船内の修練場で見かけたぜ?
兄ちゃんの恋人か?二人同時とは恐れ入るぜ!」
ニヤニヤするんじゃない。
この手のからかい方はこの世界の挨拶みたいなものなんだろうか?
よくこんな冷やかしを受けている気がする。
「違う違う。ただの仲間だよ」
「おっと、そうなのかい?!こいつは驚いた!あの二人、誰かのことで少し喧嘩していたみたいだし、もしかしてと思ったんだが」
「喧嘩?少し詳しく聞いてもいいか?」
「俺は通りかかっただけだからな。
よく分からないが、アトスという人間についての話らしいぜ」
なんだその突然のハプニング。
俺のことでなんで喧嘩しているんだよ。
全く身に覚えないんだけどな!
「えぇ……マジかよ……
ともかくありがとう」
「そうかい?ならこれで失礼するけど兄ちゃん、勘違いなら聞き流していいが、女性は大事にするんだぜ!
じゃあな!」
そう言って乗組員と思われるその男性は去っていった。
余計なお世話だよ!
あの二人とか、なにも思い当たることないんだってば!
しかし、なにか起きているのは事実だろうし、船内にあるらしい修練場にでも行ってみるか。
☆
船内の修練場はロビーに併設している食堂とは反対側にあった。
この定期船、かなり大型なので結構な部屋数がある。
それにともない、冒険者や外交で国を離れている騎士団の騎士とかもそれなりの数の人間が乗っているので体を動かせるようにと修練場が作られているそうだ。
で、来たわけなんだけど、来るなり頭の痛い光景が目に飛び込んできた。
「アトス殿は妾が落として見せるのじゃ!方向音痴の忍者は引っ込んでおれ!」
右、“大陸の緋王”アオイ・ナミカゼ。
「方向音痴ならアオイもでしょ!私だって普通の恋愛してみたいのよ!隠密機動部隊のポンコツ男達なんか比じゃないのよ、アトス君は!」
左、“黒い旋風”ヤマト・リュウホウイン。
この二人が修練場のど真ん中で恥ずかしすぎる口論と私闘を繰り広げている。
冒険者や騎士と思われるその人達が混沌とする修練場で両名の私闘を生暖かい目で見守っている。
公開処刑なのかな、これ!
この状況で出ていく勇気なんて俺にはないので、他の乗客の中に混ざる。
衆人環視の中でなんてことをしているんだ、あの人達。
「それに、あの顔良いじゃない!少年最高よ!」
ああ、これ残念系忍者だわ、間違いなく。
「この変態少年好き忍者が!前々から思っておったが、やはりお主少年好きなのじゃ!?」
「良いじゃない、少年!あの純粋な瞳、見るだけでゾクゾクしちゃうわ!」
ダメだこれ、もう手遅れだ。
当の変態忍者ことヤマトは上気した顔でうっとりしている。
……もっとお姉さん系なのかなって思ってたけど、全然違うじゃん。
引くよ、かなり。
ウキウキで弁当箱開けたら、中身はグロテスクな弁当だったレベルで引くよ。
「ええい、正気に戻らんか!そんな表情をするでないわ!妾まで恥ずかしくなるのじゃ!」
「そんな少年君との恋路を邪魔するアオイはここで手を引いてもらわないといけないわ!」
ごめんない、無理です。
変態忍者と付き合う趣味はないんです、私。
というか、ヤマトってひょっとしてエルフィリン樹神国で俺と初めて会ったときからこんなこと考えていたのか?
「フッフッフ、遅い、遅いのじゃ!妾なぞもうキスまでしたのじゃ!」
話を捏造すんな、そんなことしてねーぞ!
あっちも残念すぎるだろ。
最初の印象カッコよかったのに、プラスから一気にマイナス1000くらいのイメージチェンジだ。
「なっ!バカな!そんなことあるはずないわ!」
見るからに動揺するヤマト。
足がプルプル震えている。
……何を見せられているんだ俺は。
「あと少ししたら妾の魅力にメロメロになるのじゃ!今夜あたり夜這いでも仕掛けようかのう!」
だから、それは無理だって言ってんだろ!
俺には他に大切な女性がいるって言ったよね?!
アオイは得意気に胸を張ってそう言う。
この場に他の女の子達が居なくて良かった、本当に。
もし居たらこの喧嘩に割り込んでいるだろうし、そうなったらもっとカオスになるぞ。
「クッ、もうそこまで進んでいたなんて、予想外だわ……
私の純粋少年があんな剣士に盗られるとか不覚よ」
「そう気にするでない、お主にもいい相手がきっと見つかるじゃろう」
「何を勝ち誇った顔をしているのよ、諦めないからね、私!」
もうやめてもらっていいでしょうか。
死にたくなりますので、本当に勘弁して下さい。
耐えきれなくなった俺はついに人の波を掻き分けて二人の前へ。
「もう、もうやめてくれーーーーーー!」
俺の大声が修練場全体に響き渡る。
一瞬シーンと沈黙が修練場を支配する。
「あっ、やってしまった……」
我に返った俺はその場に立ち尽くしたまま、二人を見る。
「えっ?アトス君?!……も、ももも、もしかして今の全部聞いて?」
ヤマトも我に返ったのか、いきなり顔を真っ赤にして俺を見ている。
「えっと、うん。少年好きだったんだね、ヤマトさん……」
俺が憐れなものを見る目でヤマトを見ると彼女は両手で顔を隠してしまった。
「み、見ないで、見ないでぇ……こんな汚れた変態忍者のことをそんな目で見ないでえええええ!」
恥ずかしさに耐えられなくなったのか、そのままヤマトは凄まじい速度で修練場から去ってしまった。
その光景を少し笑いながら見送るアオイ。
「あやつもさすがにこれで懲りたじゃろ」
「そう言うけど、アオイさんもいつの間に俺狙いになったんだよ!」
「それは後で話すとして、お主、よくこの状況で冷静でいられるのう。
場所を変えぬか?」
アオイが周りを見渡しながらそう言う。
いやそうなんだけど、それよりもこの話は重要すぎる話題だしいちいち気にしてられない。
だが、確かにこんな話を他の多数の人間が見ている中でしたくはないな。
そんなわけで、俺とアオイは逃げるように修練場を後にする。
甲板まで戻ってきた。
アオイと逃げる中で、気づいたことがあった。
「……ねえアオイさん、もしかして酔ってる?」
「なんじゃ、バレてしまったか。そうじゃよ。
船に乗っておるとな、暇ですることもないからつい素振りを終えた後に酒を飲んでしまうのじゃ。
余計かもしれぬが、ヤマトも今かなりの酔っぱらいなのじゃ。
一緒に飲んでおったのじゃが、理想の恋人というテーマで話していたらあんなことになってしまったのじゃ」
全く、朝から酒飲むとか休日かよ。
それともアルコール中毒なのか?
俺はそんなことしたことないんだけど、朝から酒って体に悪くないのかな?
「アオイさんとかヤマトさんって朝から酒飲むんだ」
「今日はたまたまなのじゃ、船の上は大してなにが起こるわけでもないからのう、飲んでも支障はないのじゃ。
それに普通は夜に飲むものじゃよ」
「そこは普通なんだな」
「当たり前なのじゃ」
なんか少し安心した。
でもヤマトがショタコンっぽいのはかなりビビったけどね。
「それで?俺狙いになったのかどうか、聞かせてもらおうじゃないか」
「いやん、アトス殿エッチなのじゃー」
アオイはわざとらしく赤みがかかった頬に片手を添えてそう言う。
酔っぱらいめ、成敗してくれる。
「めんどくせぇな!ていっ!」
アオイの頭に軽くチョップする。
すると彼女は叩かれた頭を両手で抑える。
そんなに強く叩いたつもりないんだけど。
「あいたっ!痛いのじゃ、もっとおなごは大切に扱うべきなのじゃー!
本題じゃが、狙っても良いなら狙うのじゃ。しかしアトス殿は樹神国で話した通り、大切なおなごが何人もいるという話なのじゃ。
そのような人間を狙うなぞ、妾はせんのじゃ」
「そうなんだ。アオイさんは誰にでもそんなこと言いそうだよね?狙うとか」
行動を見ているとそんな気がしてくるんだけど、どうなんだろう。
「妾の周りには男性なぞ、それこそハクリュウくらいしかおらぬのでな。
珍しいといえばそうかもしれぬ、男性という存在は。
じゃが、お主が善い人間なのは振る舞いを見ておればわかるのじゃ。
そのような男性を周りは放ってはおかぬじゃろう、こうして妾も気になる存在になっておることじゃし」
そんな見て分かるような行動しているつもりないんだけど、それはそれとしてだ。
「さらっとそんなこと言うのやめない?」
「酒を飲んで口が軽くなってしまったようなのじゃ、妾も一旦船室で休むとする。
ヤマトのことは気にせんで良いのじゃ、酒が抜けたらほとんど記憶を忘れる幸せな奴じゃからな」
「そうか、まあゆっくり休んでくれ」
「お主が夜這いしても良いのじゃよー、今の妾ならお主に体を預けても後悔はしないのじゃ」
そう言ってアオイは楽しげに鼻歌を歌いながら歩いて行ってしまった。
「……今、夜じゃないんだけど」
酔っぱらいの相手をするのも大変だ。
島に着くまで退屈だとか少し思っていたけど、トラブルは起こるらしい。
船を降りるまで修練場の件もあったからしばらく肩身の狭い感じになりそうだけどね。