第百四十話 船に乗って群島連合国に
エルフィリン樹神国を後にする前、俺はシャーリーに感謝を伝えると共にマジェス魔道国に自由行動をするように言った。
シャーリーは不服そうな顔をして、
「別にミグノニア群島連合国に行くなら送って行っても良かったのよ?」
と言っていたが、俺の独断でこれ以上魔道国を好き勝手に動かすのは申し訳ない。
とはいえ魔道国はそんなこと微塵も考えてなさそうだけど。
研究さえできればなんでも良いって人達だしね。
同時にサグナをフォクトライト自由連合国に送り届けるようにお願いした。
それからサグナにアーティファクトを一つ渡した。
「私も、ですか?」
サグナはそう言ってアーティファクトを受け取るなり、少し寂しそうな顔をして俺を見ていたが、群島連合国ではなにが起こるか分からないので用心のためだ。
理由を説明すると仕方なさそうな顔をして頷いてシャーリーやミュリンと共に樹神国を離れた。
そして、樹神国を離れた俺は今、群島連合国関係の出来事には参戦しないといけない人達とバイゼルハーツ公国の港から群島連合国行きの定期船に乗っていた。
「いやー、自分の像が建っているとか、恥ずかしすぎる」
俺は船の端の柵に手を乗せて独り言を言っていた。
道中、バイゼルハーツ公国の首都ライデンリッヒに立ち寄ったが、魔道国の酒場でアングリフに聞いた通り広場のど真ん中、一番目立つ場所に大きな銅像が建っていたのだ。
過去の世界のライデンリッヒしか知らなかった俺は見違えるくらいに発展した首都を見て、革命の手伝いをして良かったと心の底から思うことができた。
ボロボロになっていた首都の光景は見る影もなくしっかりした建物に、そして住んでいる国民はみんな笑顔で生活していた。
一人でそんなことをしみじみ思っていると後ろから声をかけられた。
「あら?あなたこんなところで何しているのよ?」
「え?ああヤマトさんか。いや公国って発展しているんだなーって思っていたところ」
声をかけてきたのは群島連合国の隠密機動部隊最強といわれていたヤマトだった。
「あなた、バイゼルハーツ公国には初めて来たの?」
「……そうだね、初めてだ」
200年前の公国には来たことあるんだけどね!
この世界の公国は初めて訪れたのは間違いない。
「アトス君って冒険者じゃないのね」
「ヤマトさんは知らないっけ?俺は冒険者じゃないよ」
「ふぅん。そうなの。てっきり冒険者かと思っていたわ」
「違う違う。国を作ろうとしている変な人間だ」
自分で変なとか言うもんじゃないけどね。
それに俺はあの大陸からまだ一度も離れたことがない。
魔道国に滞在したのは大陸から離れたってところなんだけど。
「それ、さっきアオイに聞いたけどフォクトライト自由連合国よね?
魔物や様々な種族と暮らせる国って話だけど、本当に実現しようとしているのね」
ヤマトは船の柵に両腕の肘を乗せ背中を預けながら明るめの色をした茶色のポニーテールを風に遊ばせている。
「聞いたんだ?そうだよ。自由連合国のカイって人に行き場のない可哀想な魔物達の話を聞いてね、なんとかしてみたいって思ったんだ。
結果的にアルデイト王国を助けることになって、その後自力じゃないなんちゃって建国みたいになっているけど」
最初はそう思っていただけで、死王国の戦いがなければ俺はカイやリコリス、ノルンといまだに冒険していただろう。
こうして国を作れることになったのは言ってしまえば事件が起きたからだ。
魔神が絡んでいる事件はほとんど起こるべくして起きたって感じはあるけど。
「死王国動乱って呼ばれているらしいわね、その戦い。
偵察できなかったのが悔やまれるわ」
「あの戦い、世界中の国とか勢力が見ていたらしいけど、そこまで注目が集まるなんて思ってなかったよ」
「注目もするわよ、あれで王国が滅亡でもしていたら世界が終わっていたかもしれないって話だし、アトス君が偶然にも王国にいたから世界を揺るがす事件に発展しなかったのよ?」
「まあ、それはそうなんだけど」
偶然かどうかは少し議論の余地があるけどね。
あれって絶対天使のサフィーネの策略だ。
転生する前にリヒテリンス共和国のネクロマンサーの話は始まっていたらしいし。
「浮かない顔をするのね。どうしてなのかしら?」
「いや、別に」
ヤマトが柵から背中を海の方に乗り出し顔を横にして俺を見ながら言う。
「変な人ね」
「突然すぎるのにツッコミしたいんだけど!」
「フフフ、面白いわ。あなた何か秘密がありそうね!」
「……なんでそう思うんだよ?」
方向音痴のくせに勘が鋭いぞ、あの忍者。
「なんとなくね。私の話に何か言いたそうな顔をしながら堪えているところとか、怪しいわ」
どうやら俺の顔は隠し事が苦手なようだ。
仮面でも欲しいもんだ。
確かにいろいろ言いたいことがあったから変な顔をしているのは自覚していたけど。
ヤマトはそれを不審に思ったんだろう。
「別になにもないよ」
「あらそう。余計に詮索したくなっちゃうわね。まあいいわ、人には隠しておきたいことの一つや二つあるもだしね」
「そうだよ。というかヤマトさんは別に隠し事なさそうだよね?」
「ウフフ。それはどうかしらね?女には秘密にしたいことの一つくらいあるわよ?」
「なにもなさそうなんだけど」
見た感じ全然そんなこと思ってなさそう。
するとヤマトは俺を覗き込んでいた顔を正面に戻して視線を船の帆に向ける。
「私は隠し事が上手いのよ、忍者だけにね!」
「まあ、忍者ならそんなこともあるか?」
「私上手いこと言ったと思ったんだけど?」
「あえてツッコミしない方向で」
俺は船の柵に乗せた両腕のさらに上に顔を乗せてジト目で海を眺める。
どうしろってんだ。
「あーあ酷いわ、お姉さん傷ついちゃう」
「微塵もそんなこと思ってないだろ」
「あら、バレた?フフフ、面白いわ、アトス君」
「俺は別に面白くないんだけど」
「私が楽しいから良いのよ!」
楽しそうだ、ヤマト。
あれが最強の忍者なんて本当かよ。
「あっそう。勝手に楽しんでくれ」
「随分面倒くさい人間に構うような話し方するのね?迷惑だったかしら?」
「別にそういうつもりじゃないんだけど、ここのところ国に帰れてないから少し心配なんだ。
あの国にはいろいろおかしい強さの人達が集まっているから何か起きることなんてなさそうなんだけど」
カイとかゼブルス、セレスティや魔物達の軍団。
余程のことが起きない限りは何もないと思う。
「そうなの?私達はあなたの国を知らないからどれくらいの戦力があるか分からないけど。
しばらく帰れないと心配よね、私も分かるわ。
群島連合国に帰れないうちに戦争の話が進むなんて」
ヤマトは少し次元の違う心配のしかたをしているような気もするが、国を離れている間にそんなことになったら俺だって一刻も早く帰りたくなる。
「ヤマトさんは反対勢力の筆頭だって、レイを暗殺しに来た隠密機動部隊の隊長のソウゴが言っていたけど、隠密機動部隊所属のヤマトさんが反対勢力ってどういうことなんだ?」
隠密機動部隊所属ってことはヤマトは元々群島連合国の上層部の配下だったってことになるけど、彼女が反対勢力の筆頭になった経緯とかあるんだろうか?
「それは簡単よ。私、隠密機動部隊から単身で抜けたから。
もっとも直前にフォクトリア大平原の偵察依頼があったからそれで公国からアオイと入国したけど、今は恐らく暗殺対象になっているはずだわ」
「やっぱり最強の忍者なんだな」
「当然よ!それくらいできるわ。
アオイとかハクリュウは知らないと思うけど、抜けた後は追っ手とかいっぱい来たわ。
返り討ちにしてやったけど。
それ以降追っ手は来なくなったわね」
それくらいとか言っちゃう辺り最強なんだろうな。
ヤマトはいわゆる抜け忍という種類の人のようだ。
しかも追っ手が来なくなったとか諦めたのかな?
それにアオイ達が知らないってことは秘密裏に死闘でも繰り広げていたんだろうか。
だがそれよりもあの精鋭が集まっているはずの隠密機動部隊を返り討ちにするスペックの高さよ。
「忍者やべぇ……」
ヤマトには聞こえないように小声で言う。
そりゃ化け物とか呼ばれる訳だよ。
抜け忍って相当の実力がないと成立しない裏切り者の忍者ということなのでヤマトが強いのは本当なんだと思う。
「そんなわけで抜けたのよ。偵察依頼と私の暗殺依頼は同時期に隠密機動部隊に来たみたいだけど、私もようやく群島連合国の呪縛から逃れられてせいせいしているわ」
楽しそうに言うので、あまり現実感はなかったが、抜けたことは全く後悔してないみたいだ。
「ヤマトさんはいろいろ大変な世界で生きてきたんだな」
「まぁね。でも抜けたおかげでこうして可愛い少年君と話せるような状況になったんだから後悔なんてしないわよ」
「可愛い少年言うな、これでも気にしているんだ」
童顔なのはもはや仕方ないので言うほど気にしているわけではないが、年を間違われるのはあんまり面白くない。
「そうなの?全然気にしているような感じじゃなかったと思うわよ?」
「そうかもね。ところでこの定期船って何日したら群島連合国の島に到着するのかな?」
「聞いてなかったの?これからあと3日よ」
「そういえば乗る前に説明されたっけ」
乗船する前にそんな案内をされたような気がする。
公国最大の港町ナフスブルクから出港した訳ではなかったので、そこの港町の光景に気を取られて真面目に聞いてなかったせいだ。
ともかくあと3日程は船の上になるらしい。
早く着くといいな。
ここから六章開始です!
明日は投稿できないかもしれません。