第百三十九話 暗躍する者達
「くっ、メクリエンス帝国が動くなんて予想外だったわ!
折角あそこまであの虫を高速で育てられたのに台無しじゃない」
ダークディメンションの拠点でテーブルをダンダン叩く堕天使シルヴィアは悔しそうだった。
「うるせぇぞシルヴィア。てめーそれくれぇは予想しとけよ。
参謀の名が泣くぜ?」
テーブルに足を組んで乗せながら葉巻を吸っていたイスターリンが堪らず抗議の声を上げる。
私こと、ブラボー・ナイトはそれを見て笑う。
「フフフ、まあ良いではないですか。
そうでなくては面白くないでしょう」
私とイスターリンの両名になだめられたシルヴィアは私とイスターリンを睨む。
おおー、怖いですね!
蛇のような瞳です。
あれが元天使だなど誰が信じるのでしょうか!
しかし、背中から生えている黒い羽が何よりの証拠。
「私の合成魔物も殲滅されちゃった。あれは製造にコストがかかるからこの先はもうしない。
それよりもアトス、やっぱり面白い研究対象」
テーブルを挟んで私の正面にいる黒髪の少女ユーノス・マキュリンが、アトスを思い浮かべているのかうっとりしたような表情をしている。
彼女はいろいろ研究するのが好きで圧倒的な強さを持つアトスに興味があるようです。
「ユーノス殿は楽しそうですね!大いに結構!」
「うるさい、エセ怪盗。ユーの妄想の邪魔しないで」
「おやおや、エセ怪盗とはひどい!私、悲しくて泣きそうです。ヨヨヨ」
わざと片手を自分の顔の前に持っていき泣くフリをする。
その行動を横目で見ていたイスターリンにツッコミをされる。
「ブラボーよぉ、それ全然泣いているって感じしねぇぞ」
「おや?私の嘘泣きを見破るとはやはりイスターリン殿はただ者ではないですね!」
おどけて見せるとイスターリンは構うなと言いたげに片手を私に向けてヒラヒラしている。
そんな会話をしているとシルヴィアがプルプル震えて怒鳴り始める。
「あんた達!なにのんきに遊んでいるのよ!少しは魔神様の配下らしくしなさいよ!」
「キーッシャシャシャ、全くどいつもこいつもバカばかりだネ。
一つの失敗がなんだというんだネ?
成功するためには一度や二度の失敗など気にしない方がいいネ」
シルヴィアの言葉に答えたのは元メクリエンス帝国の科学者ダグルド・バラドーナだ。
白髪の髪をトゲトゲに加工した髪型をしている。
あれに刺さったら痛いでしょう、間違いなく。
「ダグルド殿は何か妙案でもあるのですかな?是非お聞かせ願いたい!」
「ワタシかネ?ワタシはただの科学者だネ。そんなこと思い浮かぶ訳はないネ」
ダークディメンションとはバカの集まりなのでしょうか?
私、非常に不安になって参りました!
「ハァ、頭痛い。ダグルド、いつもの胃薬と頭痛薬お願いね」
「それくらいはお安いご用だネ!任せたまえ!」
「ねえ、ユーノス?妄想の邪魔して悪いんだけど、ミストのバリエーションどれくらいできたの?」
するとユーノスは妄想の世界から戻って来たかと思うと、ワクワクした顔でシルヴィアの方に身を乗り出しながら楽しそうに話し始める。
「ユーのミスト、バリエーション10個くらいできたよ」
「あら?もうそんなに?さすがね。ダグルドと共同研究していた合成魔物は確かにコストが大きいわよね………
そうだ、ユーノスのミスト、後で少し分けてくれる?
アルデイト王国で実地試験も兼ねてちょっと試したいことがあるのよ」
なにを試すというのでしょうか?
もっとも、大事件を起こすようなことはしないでしょうが。
シルヴィアは裏から操るのが好きなだけで自分自身が表に出ることは追い詰められるという状況でもない限りまずあり得ない。
「うん、わかった。合成魔物、出来は悪くないんだけど、この世界で最強と言われる種類の人には全く効果ないみたいだし、それならそれに使うゴールドを傭兵団を雇うのに使った方がいいと思う」
「あれは面白い試みだったのだがネ。効果がないとなれば他に使った方が良いと思うネ」
どうやらエルフィリン樹神国に派遣した合成魔物は対費用効果がないようで、生産差し止めにするらしい。
「まあいいわ、既にミグノニア群島連合国やゼオルネ竜王国にも火種は作ったし、さすがのアトスといえど両面作戦はできないでしょう」
「それはどうでしょう?あの方はそんなことお構い無しに解決しそうなものですが」
「あの野郎、フットワーク軽ぃからな。三面くらい起こさねぇとすぐ解決されるぞ」
「なによなによ!二人してアトスの肩を持つなんて信じられないわ!
それにイスターリン。
グリーンノアの暴走を止めようとしたあいつのこと止めないで楽しく話していたでしょ!」
「ハッハッハ。なんだ、聞いていたのか。
面白ぇ奴だぜ、あいつ」
「ふん、それは良かったわね!なんで止めないのよ!」
あの二人、いつも顔を合わせるとこんな喧嘩をしていますが、もしや仲が良いのでは?
「無理矢理操るなんてーのは三流のすることだ。
本来の強さを発揮できなければ意味はねぇ。
もっと説き伏せるかねじ伏せて支配するとか考えねぇのか?」
「私が三流だって言いたいの?!単細胞とは違うのよ、私は!」
「あぁん?単細胞?誰のことだ」
白熱してきた議論を聞き流しながら私はそこに飛び込む。
「まあまあ、そこまでに。二人の仲が良いのは大変よくわかりましたから」
「誰がこいつと仲がいいのよ!ふざけるのも大概にしなさい!」
シルヴィアがイスから立ち上がりイスターリンを指差して激しく怒る。
ふむ、見当外れでしたか。
「フフフ、怖いですね!さて、竜王国が行動を起こすのであれば私はどう行動すればよろしいのですか、シルヴィア殿?」
「あんた、珍しく命令に従うのね。
明日雨でも降るんじゃない?
……そうね、ミグノニア群島連合国の抵抗勢力を全滅されるくらいしてもらえると嬉しいわね」
イスに座り腕と足を組んで、私にそう言ってくる。
確かに、イスターリンと私は基本的に自由行動をしているので命令無視は日常茶飯事だ。
これで組織とは笑ってしまいますね!
「おやおや、今日は随分過激なのですね!樹神国の件が解決されて焦っているのでしょうか?よろしいでしょう、最善は尽くします」
「うるさいわね!
ホントに雨でも降るのかしら……ブラボーは何を考えているのか分からないわ」
そうそう簡単に分かられても困るのですが。
私はとある目的があるため、バレるのはいただけないものです。
「そこまで信用が落ちているとは!驚きです!」
「自分の振る舞いをよく考えなさいよ」
「これは一本取られました、いやはやシルヴィア殿、策士ですね!
おっとすでに参謀なのでしたね、これは失敗失敗」
「殴るわよ?」
ものすごく怖い眼光で私を見ていますね!
恐ろしいものです。
そこに妄想の世界から帰ってきたのかユーノスが割り込んでくる。
「ブラボー、シルヴィア相手によくそんな話し方できるよね、ユーには無理」
「む?もう妄想は良いのですか?」
「いい、十分堪能したから。あの人、どうやったら倒せるのかな?直接倒してあげたい。
そしてその首を永遠に保存するの。
絶対私が死ぬまで離さない」
こちらも怖いですね!
殺した後も愛でたいとか、怖すぎますね!
私も震えそうです。
アトス、合掌。
狂った人物にも目をつけられるとはあの方は面白い人間ですね。
「いいねぇ、ユーノス。その愛憎、しっかり育てるといい。
あいつも大変な野郎に目をつけられたもんだ」
イスターリンが少し楽しそうにユーノスに言う。
「ユーノスの狂気は私ですら怖いわ。間違っても好意を持たれたくはないわね!
……どういう人生送ったらああなるのよ」
周りから変な視線を向けられているユーノスは小首をかしげる。
「そんなに変?」
「変と言えば変だネ。だが、だからこそこの組織にいるのだろうけどネ」
「でもなぁ、アトスを倒すのは俺の夢の一つだしなぁ」
「そんなこと、知らない。私は私のやり方で彼を倒して見せる」
ユーノスは胸の前で両手を握りしめてそんな決意を話す。
それを見たイスターリンが少しニヤつきながらユーノスをからかう言葉を送る。
「そいつは結構だが、直接あいつと話してユーノスがその考えを持っていられるのか、少し興味ある」
「どういうこと?ユーがアトスと直接話して?………うぅー、そんな恥ずかしいことできない」
その光景を妄想したのかユーノスは両手で顔を隠して耳まで真っ赤にして下を向く。
純粋培養でしょうか?
純粋と言っても狂った方向でしょうが、この場合。
お分かりだとは思いますが、彼女は人見知りなのです!
そんな彼女が直接倒すと言い出したのは私も驚きました。
「それでどーやって直接倒すんだよ、面白すぎるだろ」
珍しく楽しそうにユーノスを眺めて笑うイスターリン。
彼が楽しそうな顔をしているところはあまり見たことないですが。
「はいはい、そこまでにしなさい。世界樹を崩壊させるのは失敗したけど、もうすぐ“あの世界樹”は開花するわ。
楽しみね」
ここで言う“あの世界樹”とは樹神国の世界樹のことではない。
シルヴィアはこの世界に堕天してからこの世界の構造をほとんど把握している。
故に、どこを弄れば世界が傾くのかよくわかっている。
「あー、もう近いのかその時期が。世界の構造を弄るってーのはあんまり気乗りしねぇんだが、シルヴィアのやり方には突っ込まねぇよ。
好きなようにやりやがれ、興味はねぇしな」
「誰にも、いや、世界に知られていない世界樹、ですか。
さすがにアトスといえどそれを探すことは至難の業でしょうね」
「できれば研究してみたいものだネ」
「ユーのミストの副産物も使っているんだったよね」
「フフフ、あれは魔神様との繋がりを一番感じられるものよ。
開花さえすればこの世界はさらに混沌とするわ!」
果たしてアトスにこれを伝えるべきなのか。
私はダークディメンションの人間でもありますが、完全にこちら側という訳ではないのです。
ただ目的を達成するには都合の良い組織なだけです。
ともかく、まだまだ目的は果たせそうもないというのが頭の痛いところですが。
これで第五章完結です!
次から六章になります!