第百三十四話 帝国皇帝ドライハイゼル
怪獣は幾度にも渡る攻撃で致命傷を受けて文字通り虫の息となり始めていた。
あれはもう俺が手を加えなくても倒せるな。
それとは別の気配の方が気になっていた。
「なんじゃろうか」
その異様な気配はエルフィリン樹神国全土へと広がっているような気がした。
恐らくメクリエンス帝国の軍もこれには気づいているはず。
怪獣の攻撃をほとんど終えると、飛行艇が警戒飛行をしているような動きをしていたのでそう思った。
「分からない。でもまだ本格的に動くような感じの気配じゃないな」
怒りの空気が広がっているがそれだけだ。
空気に振動が加わったあの怪獣のような感じじゃない。
ひとまず俺とアオイはイースティアに向かうことにした。
帝国も戦闘自体は終わったので空中を旋回する動作へ変わっていた。
どうでもいいけどあれって燃料なんなんだろう?
帝国は確か遥か北西にある大陸のはずなので樹神国まではかなり距離があるはず。
補給の観点から考えるとここに来るまでにかなりの燃料を使って、さらに戦闘まで行っている。
そんなことを考えながら地上に降りると、光線を撃っていた大きな黒い飛行艇と大きな赤い飛行艇が、木々が溶かされて開けた空き地に垂直着陸しようとしていた。
溶けないのかな?
地面にはまだ紫の液体が残っていて地面を少しずつ煙を上げて溶かしていた。
不思議に思ってその飛行艇を見ていると船底から回復魔法で作られたと思われる水が流れる。
地面に落ちていた紫の液体は浄化されて消えた。
「なにあれ、万能過ぎる」
あの水は異常状態を回復するときなどによく使われる魔法から作られているようだ。
最初から何もなかったかのように着陸してしまった。
飛行艇の側面が開くと片方の黒い飛行艇からはアルシェのように色の濃い鮮烈な赤色をした眼光の鋭い青年と、もう片方の赤い飛行艇からはこれまた赤い髪の人懐っこそうな青年が降りてきた。
俺とアオイの姿を視界に収めるなり二人してこっちに来る。
「あれはもしや有名な帝国の皇帝ドライハイゼル殿ではないかのう?もう片方は分からぬが」
「え?皇帝?!本当に?」
「妾も直接見たことはないのじゃが、あやつ相当腕が立つぞい?」
アオイ程の剣士がそう言うなら違うってことはないかな?
それにしてもなんで着陸してこっちに来ているんだろう?
誰かに用事なのかな。
「……ふむ、お前がアトスか?」
近くまで来たマントを羽織っている眼光の鋭い人物に言われる。
すごく偉い人みたいだ。
アオイの話が本当ならばこの人物が何回も話題に出ていた皇帝なんだと思うけど。
名前は確かドライハイゼルだったかな?
アングリフがそう言っていたと思う。
「えっと、そうだけど。あなたは?」
俺が存在感に圧倒されて思わず普通に話しかけると人懐っこそうな青年に睨まれた。
「おい、兄貴になんて口聞いてやがるんだ?」
「……いい。構わん、引けロイ」
俺に向かって来そうだったその青年を制してそう言う。
止められた青年は不満そうな顔をして後ろに下がる。
「……乱暴な挨拶を詫びる。我はメクリエンス帝国皇帝ドライハイゼル・ウルルディア・バルトロス・メクリエンス。
……お前に会いに来た」
「え?俺なんかに何の用なんだ?」
「これっ、アトス殿。相手は帝国の皇帝じゃ。話し方を考えんか」
アオイに脇腹を肘でつつかれる。
するとドライハイゼルは俺達の話を聞いて少し口角を引き上げる。
「……フッ、構わん、そのまま話せ。……アトスには聞きたいことが山程ある」
「こいつに聞きたいこと?何かあんのか兄貴?」
ロイと呼ばれた青年は不審者を見る目で俺を見ながらドライハイゼルに聞く。
主人を守ろうとする番犬みたいだ。
「……できれば二人で話したいのだが」
「二人で?」
「聞いてないぜ兄貴!俺にもなんかさせてくれよ!」
「……では飛行艇で警戒をして何か異変が起こったら連絡を頼む。
……まだ何か起こる、必ず」
「それくらい任せてくれ!」
ロイはドライハイゼルにそう言われるとキラキラとエフェクトでも付きそうな感じで何の疑いもなく自分の飛行艇に引き返して上空へと戻って行ってしまった。
「なあ、もしかしてなんだが遠回しにロイって奴のこと追い返したか?」
「……気づいたか。……ロイは悪い人間ではないのだが、こと家族が関わるとどこまでも引っ付いて来るのでな」
「あれは普通気づくじゃろ」
「……そういうものか。……ロイはどんな無茶な難題を与えても喜んで引き受けてしまうのでな、そう思ったことはなかった」
兄バカなのか、それとも家族バカなのか。
そういう人間は悪い奴ではない上に悪意がないから扱いに困るものだよね。
「妾も先にイースティアに向かうとしようかのう。貴殿はなにやらアトス殿と話したいようじゃし、邪魔者であろう?」
さっき俺に話し方を説いた人だとは思えないね!
アオイこそ話し方をどうかしようよ。
「……お前は“大陸の緋王”のアオイか。……その姿を目にすることができようとは光栄だ」
思っていた以上にアオイは有名人のようだ。
きっと桜花流の話と共に世界中に名が知られているのだろう。
「何を言うのじゃ。妾こそメクリエンス帝国をまとめる皇帝の姿を見られたのは僥倖じゃ。
では、妾は先に戻るとするのじゃ」
俺達から離れていったアオイを見届けたあとドライハイゼルから話を切り出される。
「……アトスよ、お前は転生者か?」
それは唐突な話だった。
「なんでそう思う?」
ひとまず余計なことを言わないように聞き返してみる。
何を考えてその話題を出すんだろう。
しかし、転生者という存在を知っている辺り皇帝も何か隠し事がありそうだが。
「……さすがにすぐには明かさぬか。では我から明かそう。
……我は転生者だ、それも日本という国から」
なんて思っていたが、何も隠さずドライハイゼルは自分の素性を明かしたので拍子抜けしてしまった。
薄々思っていたけど、やっぱり転生者だったのか。
別に今更驚きはしないが。
日本からだったのは驚いたけど。
「あー、そこまで言われたらこっちも言うよ。俺もドライハイゼルと同じ日本からここに来た。
ドライハイゼルとは同郷だな」
「……そうだったのか。……我のことはハイゼと呼ぶがいい。……長いだろう、我の名前は」
「そう思ったけど本当に良いのか?」
「……よい。……我は別にアトスと敵対するつもりはない。
……では別の質問だが、何が目的でアーティファクトを集めている?」
敵対するような気配な微塵もないのでそんな気はしていた。
「聞いているかもしれないけど、時空神アトロパテネスの復活のためだな」
「……やはりか。……我もそのためにアーティファクトを集めているのだが、同じ目的を持つようで安心した」
「え?ハイゼも?」
「……うむ、サフィーネという天使を知っているか?あの者にこの世界が崩壊の危機に瀕していると聞いた」
ドライハイゼルからまさかあのお気楽天使の名前が出てくるとは。
しかも俺と同じこと教えられてる。
「驚いたな。まさかとは思っていたけどハイゼもサフィーネに転生させられたのか?」
「……その通りだ。……我も世界が崩壊するのは本意ではないのでな」
それでアルシェがアーティファクトを集めているなんて話をしたのか。
「ハイゼは転生のことは誰かに話したのか?」
実はこれが一番気になる。
俺は女性達には話したけど、まだ国のみんなには話していない。
ドライハイゼルは俺よりもこの世界にいる時間が長いと思うのである程度は話しているのかもしれない。
「……我はまだ誰にも話してはおらぬ。……それを聞いてくるということはアトスは既に話しているのか?」
「俺の事が好きだって言ってくれている女の子達には話したよ」
「……ほう、ではハーレムの噂は真実か。……なるほど。
……確かにこの世界においては珍しいことでもない」
「俺は元々日本人だからハーレムとか作っていいのか随分迷ったけどな」
セブルスとの会話が影響を及ぼしたのはまず間違いない。
じゃなかったら今でも悩んでいたかもしれない。
「……気持ちは分からないでもない」
「そう思ってくれたら少し気が楽になるよ」
「……我は帝国内の維持に手を焼いてそんなことをしている暇はなかったが」
「アングリフから聞いたよ。帝国の内部が大分危ないってことは」
俺がそう言うとドライハイゼルは少し驚いた顔をしていた。
帝国から魔道国へ行った後のアングリフを見たことはないのだろう。
「……そうか、アングリフは元気にやっているか。……ならば言うことはない」
「こうも言っていたぞ『皇帝の周りに居るものは皇帝の優しさを知らぬ者達じゃよ』って」
「……あのアングリフがそう言っていたのか?」
「他に誰が居るんだ。間違いなくアングリフが言っていたぞ。あのじーさん、めちゃくちゃ元気に研究しているみたいだよ?」
「……ふむ、礼を言おうアトス。……アングリフの近況を聞けただけでもここに来た甲斐があったというもの」
少し目を細めてどこか嬉しそうな皇帝がそこにいた。
ドライハイゼルの姿を見て、こんな人物が上に立っているというのに帝国で皇帝をよく思わない人達が居るなんて信じられない。
「他に目的はあるのか?」
「……もしも同じ目的を持つ人間だった場合、我は帝国を協力させようと考えていた。
……話をした限りアトスは悪い人間ではないようなのでな、まだ正式にとは行かぬがフォクトライト自由連合国と同盟を作りたい」
「そんな簡単に決めて良いものか?国の話だろ?」
「……問題はない。……我一人の手だと世界の問題を解決するというのは少し大きすぎる問題なのだ。
……故に同じ目的を持つ者を随分昔から探していたのだ」
「そうだったのか。ちなみに魔神の話とかも聞いたか?」
ドライハイゼルは頷く。
彼は彼なりのやり方でこの世界を救おうと頑張っているようだ。
その上、一番敵にしたくない国が同盟を願っている。
「帝国が手伝ってくれるなら百人力だな。むしろ俺から同盟をお願いするよ」
「……よかろう。……我もこれで少しは気が軽くなる。……転生して故郷も同じとなればこれ以上に嬉しいことはない」
「それは俺もだ。まだ正式な話じゃないかもしれないが、よろしく頼むよ」
「……それはこちらのセリフだ」
二人して握手を交わす。
「まずはこの国の解決かな?」
「……であるな。……これを解決してしまおう」
「まだ何かありそうだけど」
「……心当たりがある。……このエルフィリン樹神国には護り龍グリーンノアと呼ばれる伝説の存在がいると言われている。
……推測だが、この気配はその話の龍かもしれぬ」
「そんな存在がいるのか」
そう言った所で、恐らく樹神国全土に響き渡ったであろう謎の咆哮が聞こえてきた。
怪獣退治の次は龍との戦いかよ!
どうやら一筋縄ではいかない異変のようだ。
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