第百三十一話 樹神国の英傑?
アオイとの手合わせを終えて村に帰ると、すっかり朝でほとんどの人達が起きていた。
だが、なんだか騒がしい。
今度は何が起きたんだろう?
エルベット村ではハクリュウの救援の話とかあったが、イースティア村では何が起こるんだろう。
できれば何も起こらないでほしいけど。
一緒に戻ってきていたアオイもこの騒がしい空気を感じたようだ。
「なんじゃ?」
「わからない。とりあえず聞くか」
俺はエルフ達が集まっている場所に行く。
イースティアで最初に話したエルフがいたので彼に聞いてみよう。
「どうしたんだ?」
「アトス君か。実はウディット村から急報が届いたんだよ」
「え?ウディット村から?あそこに続く道は危険だって話だったけど、どうやって?」
事前に聞いた話ではエルベットからイースティアへと続く道よりも強い魔物がウディット村への道中には居るとの話だったけど、ウディットからここに来れるものなんだろうか。
「エルフィリン樹神国で一番強いエルフが単騎で敵陣突破をしてきたんだ。
今彼は重傷を負っているから手当てをしているところだよ。
もしよかったらアトス君の手を貸してくれないだろうか?」
「それはもちろん、手は貸すけど」
案内してくれるらしいのでアオイに声をかけて別れようとしたが、アオイもついてくると言ったので一緒に案内される。
「樹神国で一番強いエルフのう。それほどの者が重傷とはウディット村までの道のりは大変そうじゃな」
「魔物がどれくらいいるのか分からないから、それも問題だと思うけど」
俺とアオイの話を先頭で聞いていたエルフはこちらに顔だけ向けて答える。
「この樹神国の英雄、マグレナというのだけど、樹神国始まって以来の英傑と言われている方だ。
この村に来たときには既に彼はボロボロだったからまだまともに話せないんだ。
だから僕達はまだマグレナがここへ来た理由を知らない。
マグレナが来た後このイースティアから少し偵察のエルフを出した。
報告によればウディットへと続く道には君達が倒してくれた巨人のような魔物が数えたくないほどいたらしい。
しかも上空に蝶のような巨大魔物もいるとか」
それって南の村ノベリスで聞いたあの魔物なんだろうか。
風魔法のおかげで対空戦もできなくはないけど、空中で戦うなんてことは俺やカイくらいしかできないと思うから少し心配だ。
「一番強いエルフがそうまでしてここへとやって来るとは何やら嫌な感じじゃのう」
「そうだな。話を聞くのはマグレナさん?を助けてからだ」
「マグレナは傷を負っているだけだから君の力で十分回復できるはずだ」
俺の実力を買い被り過ぎじゃないか?
確かに傷を治すくらいならなんてことないと思うけど。
「お主ならばなんでもできると思うのじゃが」
「みんなしてそう言う」
俺が肩をすくめてそう言うと、アオイに変な目で見られた。
これまでやってきたことを考えればそう思われても仕方ないところはあるけどさ。
イスターリンやらシャーリーやらは俺ができないことをやれるしな。
戦闘力はイスターリンが強いし、シャーリーは魔法の研究とかでは俺より遥かに上の知識あるだろうし。
さて、運ばれたという家は村全体から見ると下層辺りにある家だった。
中に入ると身体中に包帯を巻かれて、いかにも重傷ですって感じのエルフが寝かされていた。
「アトス君、すまないが頼むよ」
「わかった」
俺は床に横になっているエルフの元へ向かうと片手をマグレナと思われる人物に向けて回復魔法を唱える。
イメージ。
あらゆる傷を直す聖なる力を。
「ヒール」
そういえばヒールのイメージとか何気に初めてなんじゃないかな。
これまでもこの魔法を使うときは軽くイメージしていたからあんまり気にしなかったけど。
マナが魔力へと変わり、マグレナの体全体を俺の手から溢れだした白い光が包む。
光が収まると、傷は完璧に治っていた。
「ゴホッゴホッ。……ここは?僕は無事にイースティアへと到着できたのか?」
上半身を起こし、マグレナは家の中を見渡す。
視界に俺が入って目が合うと、彼はなぜか冷や汗をかいていきなり飛び起きて家の隅っこへとネズミか、はたまたチーターのような速度で走っていき、壁を背に少し遠くから俺を見ていた。
一緒にここに来たエルフがその光景を見ると、苦笑いをする。
「すまない、言い忘れていたね。マグレナはエルフ以外の人種に対しては極度の人見知りなんだ」
「き、ききき君は、誰なの?僕に何をしようとしているの?」
何をと聞かれても。
もうやること終わっているんだけど。
めちゃくちゃ動揺している。
立ち上がった拍子に軽く包帯が剥がれて彼の顔を見ることができた。
それを見て俺は案内のエルフの人にちょっと気になることを聞く。
「あの、さっき聞いた話だと英傑だって話だけど、あれ本当にマグレナで合っているのか?」
「マグレナの顔を見た人がよくしてくる質問だね。間違いないよ、彼がマグレナさ」
「ほう、英傑と言われても信じられんのう」
アオイもそう言うので俺の感覚は間違ってないはずだ。
マグレナの顔はどうみても少女みたいで男性なんて信じられない。
おまけに背も低いし、震えているし。
どっかの小説で読んだことあるけど、あれって男の娘って人種なんじゃないだろうか?
「ぼ、僕が居るところはイースティアで合っているよね?」
俺の近くに居るエルフに遠くから質問するマグレナ。
「ああ、合っているよ」
「そこにいる黒くて大きな人は誰なの?」
「彼かい?彼はアトス君だよ」
「どうも」
俺がちょっと挨拶をするとビクゥッと飛び上がり驚く。
どんだけ人見知りなんだよ、あの人。
「ア、アトス?そ、そう。もしかして“漆黒の建国者”って呼ばれている?」
「なんだそれ、そんな呼ばれ方されてないぞ」
「マグレナ、君、もしかしてまた自分流の通り名を考えたのかい?」
するとマグレナは慌てて口を塞ぐ。
そして顔を赤くする。
恥ずかしいのかよ!
ならそんな名前考えるんじゃないよ。
「し、しまった。僕の名前コレクションの一つをうっかり口に出してしまうなんて」
小声で言っているけど、聞こえているぞ。
名前コレクションって、他にも今みたいな自分で考えた奴があるのか。
「ともかく、君の傷を治したのはアトス君だから感謝しなさい」
「そ、そういえばかなり重傷だったはずなのに、なんともない。
ごめんなさい、いきなり知らない人がいたからついいつもの癖で。
……ありがとう」
距離が遠いままだったがマグレナが軽くお辞儀をする。
そこはちゃんとやるんだ。
「おう。それでウディット村から来たらしいけど何があった?」
気が動転していたのか、マグレナは思い出したように焦り出す。
姿勢を正すとマグレナは真剣に話し始めた。
「わ、忘れてた。ウディット村から緊急連絡があるんだ。
――世界樹に取りついた幼虫がサナギになった」
それはまさに緊急の連絡だった。
サナギになるってことは空を飛ぶ系の虫に進化するのかもしれない。
もしあんな巨大な虫が空を飛んだらどうなるか背筋が凍る。
「それから、魔物の軍団が動き出したんだ。ウディット村へはまだ到達してないけど、決死の偵察をしたエルフ達によるとウディット村へ向かっているらしい。
お願い、助けて」
マグレナは目を少し潤ませてそう言った。
一緒に聞いていたアオイとエルフもその話を真剣に聞いていた。
「今日、このイースティアに他の援軍が来るはずだけど、俺が先行してウディットに向かうよ」
「で、でも!道の途中には巨大な魔物が一杯いるんだよ?!僕も突破するだけで大変だった。
何回も熱い攻撃をされてドクドク血を流したりしながらやっと包囲網の穴を破って来れたのに」
待て。
最後のセリフ要らんだろう、なんか妙にドキドキするんだけど。
でも、重傷を負ったのがここまで到達することの大変さを何よりも指し示している。
マグレナは樹神国の英傑と言われるくらいで間違いなく強いのだろう。
それでも重傷だったのだから心配する気持ちも分からなくはない。
しかし、止めるマグレナをアオイが少し呆れ笑いをする。
「な、なんで笑っているの?そんなにおかしいこと言ってないと思うんだけど」
「ハハハ。こやつなら単騎でメクリエンス帝国の軍隊を倒せるわ」
「え?」
アオイ、それは過大評価しすぎだと思うよ。
帝国の軍事力を侮っては行けない。
銃持っているんだぞ、あそこ。
まだ少数配備らしいけど。
「少年みたいな顔をして、実は本気を出すとムキムキになる人なのかな?」
「どうやったらそんなイメージになるんだよ。
マグレナの頭の中を見てみたい」
「それどういう意味なの?」
「いや、なんでもない。
アオイさんは来るか?」
軽く話を流してアオイに聞いてみる。
アオイの実力なら大人数と戦ってもなんとかなるだろうし、俺も一人だと相手が多いはずなので少し心配だ。
「妾か?無論アトス殿が行くならばついていくのじゃが?」
「そうなの?」
「言ったじゃろう。お主のことは気になると。
良い修行になるじゃろうし」
「アトスとアオイって恋人なの?」
「違います。そんなことあるわけないし、俺には他に大切な人達がいるから」
「妾はそれでも良いのじゃぞ?」
「バーカ、からかってるだろ」
アオイを見るとやはりからかっていたようで俺のあっさりした対応に少し面白くなさそうな顔をしていた。
これ以上増えたら俺が大変だし。
普通一人で良いじゃんって感じだもん。
なんかいろいろやっているうちに気づいたらあんなことになっているけどね。
「マグレナは来るのか?あまり無理しない方が良いと思うんだけど」
「僕はまだ休んでいるよ。それについていっても君達の邪魔になるかもしれないし」
こうして、俺とアオイは二人でウディット村へと向かうことにした。
サグナもついてこようとしたけど、戦力差が凄そうなのでイースティアで他の仲間を待っていてくれと頼んだ。
少し残念そうな顔だったが自分を心配してくれていることも分かっているようで承諾してくれた。