第百二十六話 神降ろし、業火顕現
ハクリュウの援護をするために南に向かおうとしたが木の根が多かった。
俺は足を取られないように避けながら走っている。
人が行き交う道らしきものが目に入っているのでこの道で合っているはずだ。
東のイースティア村に向かう道中も似たような作りになっていたので慣れた。
「空から見た方が分かりやすそうだな」
ハクリュウが相手にしているはずの巨人の魔物は大きくて太いエルフィリン樹神国の木と同じ大きさのはずなので、空から見るとどこで戦っているのか分かりやすそうだ。
補助として使うイメージをした風魔法で木々の隙間を抜け上空に出る。
「あのくらいの大きさなら見つかりそうなものだけど」
上空から下の方向を見渡す。
よく見えてなかったけど、世界樹マジで大きいな。
そもそも樹海の上空に出ることなんてないもんな。
マジェス魔道国からドラゴン輸送で来たときに少し見た程度だったが、上空にいるにも関わらず首が痛くなりそうなくらいの高さの世界樹だった。
サイズ感がおかしい。
しかも世界樹の頂点がまるで見えない。
その大きさにまた驚きながら巨人の魔物を探していたわけなのだが、別の物を視力のいい俺は捉えてしまった。
「なんだ、あれ……」
世界樹の幹に凄まじく大きな芋虫がいた。
エルベット村でツーイットから聞いてはいたが、捉えてしまってから現実感のない光景に釘付けになってしまう。
幹に沿って平行にくっついている。
しかもウネウネ気持ち悪いくらいの動きで蠢いている。
視力がいいことを恨むね!
だってあれ体が紫と緑の液体―多分血液なんだけど―がドクドク色が交互に変わりながら駆け巡っているんだよな。
なんで分かるかって言うと表皮が透明過ぎるから内部の物が丸見えだったからだ。
はるか遠くにいるはずが、近くにいるような錯覚を覚えるほどの大きさだ。
偵察したエルフ達も面食らったに違いない。
近くまで行ったらどんな大きさになるのか想像できない。
「あれを倒さないと行けないのかよ……俺史上最大の大物だぞ、アレ。しかも気持ち悪い構造しているし」
虫は嫌いなんだぞ、俺は。
さて、そんな現実感のないような異様な光景は置いといてだ。
ハクリュウと戦っている魔物を探さなくては。
その別世界の光景を目に入れないように下の方向を向く。
――居た。
下方の樹海で一ヶ所不自然にゆらゆらしている場所があったので注意して見てみると、木の葉に囲まれたその下に烏帽子を被った神主のような服装をした人物がいた。
その目の前に背の高い巨人の魔物。
東で見た魔物とはまた違った姿の魔物がそこにいた。
顔は豚なのに体が四足歩行の犬みたいなおかしな姿をした魔物だった。
「キメラとかああいう奴のことをいいそうだな」
ともかくその場所へと降りていく。
木々を掻き分けながら降りていくと葉っぱが体に当たりガサゴソと音を立ててしまったので、魔物とハクリュウが同時にこちらを見る。
「おやー?アトスさんじゃないですかー。もしかして私を助けにー?」
ハクリュウは魔物を牽制しながらこちらにそう言ってきた。
「まあ、そんなところなんだけど。助けは必要か?」
「ええー、ぜひお願いしますー」
見たところあんまり苦戦しそうな感じじゃなかったので、要らないような気もする。
「じゃあ、援護するよ」
「援護なんてー、倒してもいいんですよー?私よりも遥かに強そうですしー」
「獲物を横取りするような感じになるから少し気になっただけだ。
倒してもいいなら倒すけど」
相手の巨人の強さは東の道中に戦ったあの魔物と同じか少し強いくらいだ。
その豚の顔をした魔物は人数が増えたことで警戒を強めたのか、巨体とは思えないような速度で動き始めた。
「そうですかー?じゃあ私も少し真面目に戦いますかねー」
ハクリュウは右手をグーの形にして前に伸ばしもう片方の左手を胸の前でパーにして謎の構えを始める。
不思議に思ってそれを見ているとハクリュウが詠唱らしきものを始める。
ハクリュウの足元から肌で感じられる程の魔力が彼の全身を覆う。
「深層より来る地獄の業火を呼び起こし、悪意あるものを焼き尽くす全能なる炎の刃を。
ハクリュウの名の元に命ずる、顕現せよ、
――三千業火炎刃、火之神輪廻」
すると左手から業火を纏う形の刃が作られていく。
柄の部分が右手に収まると炎の刃身が同時に出現した透明な鎚のようなもので鍛えられていく。
それが終わると、炎は収まり赤い刀へと姿を変えた。
「行くぞ、これが私の力の一部だ」
あの刀を手にした瞬間、ハクリュウの口調が変わり雰囲気自体が変わった。
あまりの変わりように俺は別人なのではと思って質問する。
「お前、ハクリュウなのか?」
「それは間違いない。だが、私はハクリュウであってハクリュウではない」
確かに空気が違うし、心なしか空気に熱気が混ざっている気がする。
空気が変わったのを感じたのか、対峙する魔物はハクリュウへと突撃してくる。
「ほう、己の力を知らぬか。では鉄槌を下してやろうではないか」
ハクリュウは手に持った赤い刀を軽く魔物に向かって振る。
明らかに空振りする距離だったが、俺の想像は当たらなかった。
刀が振り下ろされると炎を伴った真空波が発生して、魔物は一刀両断となってしまい、地面に倒れた。
「身の程を弁えないからだ」
アオイと同じく、その場から一歩も動かないで戦闘を終わらせてしまった。
ハクリュウは真っ二つになったその魔物を一瞥するとこちらに向き直る。
強すぎじゃねぇか、あいつも。
戦闘が一瞬で終わってしまったのでハクリュウは刀を消滅させる。
雰囲気が元に戻った。
「そんなわけでー、援護は必要じゃなかったみたいですねー」
「ツッコミしてもいいかな?!」
雰囲気変わりすぎだろハクリュウ!
なにあれ、化け物かよ!
「というか、あれで一部なのか?」
「そうですよー?私は他に水、地、風、光、闇の形態がありますのでー」
「形態多すぎないか?」
なんかめちゃくちゃ羨ましいんですが。
それぞれの属性ごとに異なる雰囲気になるんだろうな、あれは。
「私は式神ですがー、それぞれの属性の神の力を使うことができるんですよー。
雰囲気が変わるのは神の力の一部が私の性格と融合するからですねー」
「なんかよくわからないが、とにかくすごいってことだけはわかった」
「とりあえず片付いてしまったみたいですしー。南の村にでも向かいますかねー」
「俺が来なくても問題なかったのでは?」
あんな力があるなら俺がいなくてもなんとかなると思うんだけど。
一人でめちゃくちゃ戦えるみたいだし。
「誰もいないとー退屈ですしー、一緒に行きましょうよー」
「まあ、そうするか。ここまで来てなにもしないって言うのはなんか嫌だしな」
ハクリュウは少し嬉しそうに頷いていた。
というわけで、俺達は南の村へと向かうことにした。
食糧輸送の準備にはそんなに時間はかからないだろうし、南の村と話し終わって帰ってきたら東の村から先の世界樹の麓の救援に向かうとするか。