第百二十三話 巨大魔物、瞬殺される
それは二つの巨体だった。
あの光景を見たあと俺達は警戒をしながら東を目指していたが、しばらく歩いていると地獄の光景を作り出した張本人と思われる魔物が二匹、目の前に現れた。
「いやー、あんな巨体でよく動けるな」
「全くじゃな」
「なんで二人とも余裕そうな感じなんです?あれ、並大抵の魔物じゃないですよ?!」
何でもないように戦闘態勢に移ることもしないでその魔物をアオイと二人して見ているとサグナにそんなことを言われた。
少し遠くには、巨人のような大きさの魔物。
いや、あれ魔物で合ってるよな?
体は人間を何倍にも大きくしたようなどこかのマンガで見たような大きさの巨人。
顔は狼っぽいので人ではないんだろうけど。
手には木を無理やり引きちぎったのか、丸太を持っていた。
それが二匹。
これもう匹とかいう次元じゃないけどね。
こちらにはまだ気づいていないようで少し遠くでウロウロしている。
「はー、樹神国ってあんな大きさの木が多いけど、あの巨体が持っていると夢を見ているみたいだ。
これぞ鬼に金棒ってところか?」
用法間違えているが、そんな光景なのでつい。
あの巨体よりも大きい丸太とか信じられないな。
どんだけのバカ力あるんだよ、あの魔物。
「ハハハ、上手いのう!」
「えー、笑ってる場合じゃないと思いますけど?!」
というか、この世界、過去の世界でもあったが日本のことわざ使うんだよな、不思議なことに。
ことわざを広めた転生者でもいたのか?
そう思わずにはいられないくらいの浸透率だ。
まあ、日本っぽい名前を使うので存在していたとしてもさして驚かないけどね。
名前、わざわざ変えなくても良かったんじゃないかな?
いや、それはあり得ないな。
俺は両親から貰った名前なんて好きじゃないし。
カイのおかげで少しだけ元の名前も悪くないかなって思えるようになったけど。
「でもな、あれって俺とかアオイさんより弱いからついな」
「やはりアトス殿もそう思ったのじゃな?」
「別次元の会話していますね、私、少し落ち込みそうです」
俺とアオイを見て少し元気がなくなったサグナだったが、わかってしまうもんだから仕方ない。
二匹居たとしても、戦闘力がなんとなくわかる俺からしたら雑魚も良いところだ。
アオイもそれを感じたらしい。
めっちゃ余裕そうだもんな、アオイ。
「しかし、あれが村で聞いた精鋭なのかのう?」
「少し前に見たあの光景の魔物達が精鋭だったとしたらそうなんじゃないかな?」
「直接は見ていませんけど、どれくらいの数だったんですか?」
「そうじゃな。大体50ほどかのう」
「アオイさんの言う通りだな。一瞬しか見てないけどそれくらいの死体があった」
あの光景は記憶から消去したいところだが、見てしまったものは仕方ない。
よくあの地獄の光景を見て吐かなかったな、俺。
自分自身で誉めたいところだ。
といっても、魔法学校事件の時散々魔物切ったから見慣れていると言えばそうなんだけど。
死王国の時は、そもそも死体だったもんな相手が。
魔法学校の時はほぼノリで動いたようなものだし、ヤンキー先生ことエルネスを相手にすることになったのでそんなことを考えている暇はなかったもんね。
「50ですか。魔物一個小隊というところでしょうか」
軍隊関連の知識は戦争が起こるファンタジーとか戦史ものを書く際に調べたことがある。
小隊とは30人から60人までを一個小隊とするそうだ。
豆知識だが、中隊は四個小隊を一個にまとめた規模だとか。
つまり中隊は大体100人から250人規模。
まあ、あとは大隊とか連隊、旅団、師団とかあるけどややこしくなるので省く。
この世界に当てはめるなら、セブルス率いる西方警備隊は総勢約100人で構成されているそうなのでほぼ中隊に近い規模というわけだ。
イスターリンの伝説として有名らしい三万の退却させたゼオルネ竜王国軍に当てはめると規模は師団よりひとつ上の軍団クラスだ。
規模がおかしいよな、やっぱり。
この世界の軍隊がどんな規模を基準にしているのかは分からないが、サグナの話を聞く限りほとんど現代世界と同じなんだと思う。
「そうじゃな。それくらいの規模になるじゃろう」
「世界樹の回りに駐屯している軍団の数は知りませんが、ここに派遣された魔物が全滅していたとなればあの二匹の巨人がその被害を出した魔物なのでしょうね」
「そうかもしれないし、違うかもしれないが、見つけたのなら倒さないとな。
それが本来の依頼だし」
「そうじゃのう。こうしてのんきに話をしている余裕があるのじゃから一瞬で終わるじゃろう。
さてアトス殿、片方任せてもよいかのう?」
チラリと横目で俺を見ながらアオイが言うので俺もちょっとふざけて肩をすくめる。
「それはもう、お安いご用で。
サグナはどうする?」
「私、足手まといになりそうなので見ているだけにしておきます」
「そっか、でも何が起きるかわからないから警戒はしておいてくれ」
「はい!私、冒険者なのでそこは分かってますとも」
そんなわけでアオイとそれぞれ二手に別れる。
ちょっと余裕があるのでアオイがどう戦うのか見せてもらおうかな?
俺も相手が魔物なので魔剣を使う。
そして、片方の巨体を光速で切る。
何の手応えもなく本当に一瞬で終わってしまったので暇になった。
地面に転がった丸太に腰かけてアオイの方を見る。
アオイは巨人の前に立つと鞘から太刀を抜き、中段に構える。
その太刀の刀身はほのかな桜色の光を放っていて日本の桜を思い出した。
桜が舞っているような錯覚に陥る。
ん?
錯覚とか思っていたけど、本当にアオイの太刀から数多くの桜の花びらが放出され、空中を舞う。
「桜召喚ってファンタジーかな?」
いや、この世界ファンタジーだけどさ!
そんなことを思いつつ、彼女が極めたという剣術を思い出す。
――桜花流剣術。
なるほど確かに桜である。
でも桜召喚とか原理どうなってんだよ。
サグナも距離があるものの、アオイから舞ってきた桜を手にとって少しうっとりしているような表情でアオイを見ていた。
気持ちはわかる。
めちゃくちゃ綺麗だもんな、あれ。
「桜花流剣術、一の太刀、桜吹雪」
耳のいい俺は少し遠いところにいるアオイの声を聞いた。
詠唱のようなものなんだろうか?
次に目にした光景によりまたも目を奪われてしまう。
空中に舞っていた数多くの桜がそれぞれ集まり一定の形になって大きめの桜の花びらが何個も出現する。
その桜は巨人に向かって全て飛んでいき、巨人は全身を切断され、勝負がついてしまった。
「マジか」
アオイ、一歩も動いてないんだが。
俺も似たような事は複合魔法で出来るのだが、あれ魔法で合っているんだろうか。
そもそも複合魔法自体俺しか使えないはずなので魔法ではないんだろうけど。
戦闘は一瞬で終わったが、アオイは殺気をまるで出しておらず戦ったのか?と錯覚しそうになるくらいにアオイの周りの空気は凪いでいた。
イスターリンとは別種の底知れない強さを感じた。
群島最強の名前は伊達じゃなさそうだ。
ソウガ達と戦った時も思ったが、アオイはガチで強い人間の一人ではないだろうか?
「ふむ、こんなものかのう。なんとも消化不良じゃが、良しとしようではないか」
そう言いながら俺とサグナとアオイは合流する。
「アオイ様、本当にお強いのですね!驚いちゃいました」
「でも全然本気じゃ無さそうだな?」
「そうそう手の内は見せんのじゃ。あれくらい妾にとっては歩くよりも簡単じゃからな」
歩くよりも簡単に魔物を切り刻むとか怖すぎだな。
アオイとは喧嘩したくないね、絶対に。
「それにアトス様も、やはりお強いのですね!ますます好きになりました」
「恥ずかしいからやめてください」
またサグナの恥ずかしがらせ大会が始まってしまった。
それに悪ノリしてアオイがニヤニヤする。
「妾よりも早く戦闘を終えるとはやるものじゃのう!
キスでもしてやろうかのう?」
「そんなこと思ってないでしょ、アオイさん」
「バレたか、フフフ。しかしお主も本当に強いのじゃな。
もしや妾以上に強いのではないかのう?」
アオイにからかわれた光景を目にしたサグナは少し怒りながら、俺とアオイの間に入ってくる。
「アオイ様!アトス様を誘惑しないでください」
「フフフ、怖いのう。可愛らしいぼでぃーがーども居たものじゃな」
「なっ!そ、そんなことありませんから」
サグナが照れていた。
アオイにからかわれているぞ、サグナ。
「それはそうと村まであとどれくらいなのかな?結構歩いたと思うけど」
俺はサグナとアオイの方を交互に見ながら聞いてみる。
俺はアオイ程方向音痴という訳ではないが、森が続くので迷子になりそうだった。
「村長さんの話ではもうすぐだと思いますが」
「妾を見るでないぞ、方向音痴に何を期待するのじゃ?」
このメンバーだとまともに答えられそうなのはサグナくらいかな、多分。
俺もこっちが正しいと絶対的な自信を持って言うことはできないので方向感覚がいいサグナが頼りになりそうだ。
「サグナ、道案内頼めるか?」
「はい!お任せください、私にも役に立てることがあるのは嬉しいですね」
そう言って言った通り嬉しそうに先頭を歩く。
その背中は頼もしく見える。
あの魔物が依頼の魔物なら肩透かしも良いところだが、油断はできない。
こうして俺はサグナ、アオイと共に東の村を目指す。
そういえば食糧輸送とか考えなくても良いのかな?