第百二十二話 ミュリンの憂鬱
エルフィリン樹神国南の森。
私達はエルベット村で話した通り、南へと向かっていた。
なんで私はあのレイという異国の少年と、そこら辺で拾った枝を持ってのんびり歩いているあの烏帽子を被ったハクリュウという頭の痛い人達と一緒なのでしょうか。
私もそこそこ戦えますが、レイはどう見ても戦闘力ないですよね。
アトス様になんのダメージも与えられて居ませんでしたし。
アトス様だけ、様をつけているのは私の主であるシャーリー様を助けて頂いた件と、シャーリー様が運命の人と思っているからだ。
「ちらほら初級ランクの魔物はいるようでござるが、拙者の敵ではなかったな!ハッハッハ」
「……レイ様、先程の魔物との戦闘中、危ない場面がありましたよね?」
レイの言う通りついさっき戦闘があったばかりだ。
私達のメンバーは基本的に後衛を担当する戦い方なので、前衛となると戦闘力に不安があるレイを前に出すしかなかった。
でもハクリュウは強かった。
「そうですよー、いきなり真っ正面から突っ込んで行くなんて、もしや死にたいのですかー」
先頭を歩くハクリュウも私の言葉に同意した。
ハクリュウが危ないところでレイを援護していたから、大事には至ってないがヒヤヒヤした。
「それについては誠に申し訳ないでござる。
拙者、一族の集落で修行はしていたのでござるが、実戦はまだまだ経験不足なのでござる」
意外にも真面目に自分の実力がまだ足りてないことを認めた。
「レイ様、実戦を行った回数などはまだ数えられるほどなのですか?」
「うむ、拙者、アトス殿との戦闘も含めるとまだ五回ほどしか実戦をしたことがないのでこざる。
それよりも、アトス殿は強いのでござるなぁ、拙者、まるで相手にされていなかったのでござる」
少し悔しそうだが、あの戦いだけでアトス様の力を認識できるのはすごいと思う。
ひょっとしたらレイは戦闘経験を積んだらかなりの強者になるのかもしれない。
「私はアトスさんのことは知りませんが、あの人ー、この世界でもかなり強い人間だと思いますよー?」
「ハクリュウ様はあの方の強さが分かるのですか?」
「ええー、私、こう見えて最高位の式神なのでー、相手がどれくらい強いか物理的に見えるんですよーオーラ的な?レイは、村の村長の家に居た人間の誰よりも弱いですよー」
「くっ、ハッキリ言われるとなかなか悔しいものでござるな」
レイはまだ弱いのは間違いないようだ。
だが、さっきの戦闘を見る限り、経験さえ積めば強くなるはずだ。
「レイはまだまだ経験不足なだけですからー、頑張れば最強とまではいかないでしょうがそれ相応の実力は出せると思いますよー」
「む?そうでござるか?ならますます頑張らねば、しかし最強とまではいかないというのは面白くないでござる」
「上には上がいますからねー」
ハクリュウは何か思うところがあるのか、少し遠い目をしていた。
この世界で最強といわれる程の人はほとんどいない。
少し前の時代までは戦争が多かったので、そう呼ばれる人達は多かった。
私の種族は寿命が2000年以上あるエルフですが、私は魔物が現れる時代よりも少し前に生まれました。
あれからもう500年も過ぎたとは信じられません。
「メクリエンス帝国で生ける伝説として話されるイスターリンのことは知っておるでござるが、アオイ殿はどれほどの強さなのでござる?」
「そうですねー、イスターリンは別格の人間だと思いますがー、アオイ様はイスターリンに対抗できるかもしれないですよー?」
「イスターリンに対抗できる人間?!本当なのですか?」
イスターリンとアトス様の戦闘は魔道国で見ていたので、イスターリンが誰も寄せ付けない戦闘力なのは知っている。
いや、思い知らされたと言うべきでしょうか?
あの人、どう見てももう人間じゃない戦闘力でしたよね?
そのイスターリンに対抗できると言われればエルフと言えど驚いた。
「まあ、私はーイスターリンがどれ程強いのか知りませんけどー」
「そんな適当な」
ハクリュウがおどけながら言うのでレイも呆れていた。
あの人の話、鵜呑みにするのは危険な気がしますね。
「私はー、てきとーな式神ですのでー」
人をバカにしているような気がするが、あれがハクリュウのスタイルなのでしょう。
「はぁ、私、なんでこのような人達と一緒なんでしょうか……」
またため息が出てしまった。
確かにお父様の振り分けは間違いないですが、この二人といると精神が疲れます。
「ふこうですねー、かわいそーです」
「全然そのように見えないのでござるが」
「そりゃー、そんなこと思ってないですからねー、私」
「……もういいです。好きなように話してください」
心底疲れたように言うと、ハクリュウはイタズラが成功したように笑いだした。
あの方、殴ってもいいでしょうか……
そんなことはしないつもりだが、そう言いたくもなってしまう。
あれを相手にするアオイとヤマトは大変だと思う。
むしろ、よく一緒に居られましたね。
「拙者も自重するつもりでござるが、ミュリン殿を困らせるなでござるよ」
「えー?私、そんなつもりなかったんですがー」
あの式神、人をムカつかせる天才なのでは?
いや、天災でしょうか?
私がジトッとした目をハクリュウに向けているとレイがそれを察したのか、話題を転換させる。
「しかし、ハクリュウ殿は最高位の式神と聞いたでござるがアオイ殿よりも強いのでござるか?」
するとハクリュウは枝を持っていない手の人差し指をアゴに添えて少し考える。
「いえ、そんなことはありませんよー?使役者の能力を越えたら制御できないじゃないですかー」
「む、それもそうでござるな」
「でもー、本気を出したら同じくらいかもしれませんねー、私とアオイ様はいろいろありましたから、純粋な使役者と式神の関係じゃないんですよー」
ハクリュウがまだ見たことのない懐かしそうな顔をし始めたのでそれは本当の事なんだろう。
ハクリュウがそんなに話したい顔でもなかったのでレイがそれを感じ取ったようだ。
レイは意外と思いやりがある人間なのでしょうか?
これまでの出来事を見るととてもそんな風には思えなかったが、国に秩序を取り戻す志といい、アトス様の言う通り悪い人間ではないんだろう。
「そうなのでござるか、詳細は聞かぬでござるが覚えておくでござるよ」
「君、尊大な人間かと思っていたけどー、そうでもないのー?」
「誰でござる?そんなことを言い出したのは」
「そういえばー、誰もそんなこと言ってないねー。
やっぱり人間って不思議だなー」
何か思い出しているのか、また遠い目をしていた。
ハクリュウは一体どんな人生を送ってきたのか。
「なんでござる?そんな遠くを見るような目をして」
「いや、昔のことを思い出してねー。
今の話とは別だけど噂のアーティファクト何てものを使ったらー、私はどれくらいの能力を得られるのかなーって興味あるなー」
話の流れをいきなり強引に変えたがあまり過去については話したくないらしい。
「アーティファクトですか。アトス様やイスターリンはアーティファクトを使うととてつもない強さになりますが、ハクリュウ様ももしかして強くなるのでしょうか?」
あの二人の戦いを思い出すと最高位の式神と呼ばれるハクリュウならそれくらいできそうな気がする。
レイはこの話を聞いてなかったので、私の話に反応を返してきた。
「む?アトス殿はアーティファクトとやらを使うともっと強いのでござるか?
いやはや、底の知れぬ強者でござるな、アトス殿」
「おやー?レイはアーティファクトの話を聞いたことないんですかー?」
「うむ、知らぬな。それでアーティファクトを使うとアトス殿はどうなるのでござるか?」
それは私しか知らないので二人に話すことにした。
でも、話しても良いものなのかそれは悩みどころだった。
「主神級ランクと言う未知のランクによる加護なのか、アトス様は守護神として時空神アトロパテネスを顕現させることは分かっていますが、間近で見たわけではないので詳細はわかりません。
しかし、効果を見る限り、相手を自由に操れるような力を行使できるようです」
その話を聞いたハクリュウとレイは面白いくらいにビックリした顔をしたので、私の疲れも少し吹き飛んだ。
性格が悪いのかもしれませんね、私。
「なんですとー!?アトスさんは規格外の力を持っているんですねー。
であればこの世界にアトスさんに勝てる人間なんて居ないのでしょうねー」
「……むむむ、恐ろしい人物も居たものでござるな、拙者、今の話を聞いて自分がどれ程無謀なことをしていたのか思い知ったでござる!
しかし、守護神にこの世界の最高位の神を据えるとは、いやはやアトス殿はこの世界に変革をもたらす人間なのでござろうな」
「話だけしていると危険な人物に見えるかもしれませんが、あの方は悪い人間ではありませんよ。
きっとシャーリー様は知っていると思いますが」
サグナを助ける手伝いをしたあと、シャーリー様は私にだけあのアトスという人物の話を少し教えてくれた。
事細かに話さなかったのはきっとアトス様とシャーリー様の間で何かあったのだろうなと思う。
それも彼にとってはこの先の未来が変わるくらいの出来事が。
長年の人生経験からの推測に過ぎませんが。
「ふむ、見るからにアトス殿の妻という風であったが、気のせいではなかったか。
サグナとやらもそのようであったところを見るとあの二人を嫁にするのは難しいのでござろうな」
「……え?レイ様、気絶したのではなかったのですか?」
「フフフ、なに、フリでござるよ、アトス殿という人間を理解するための。
初めて戦ったあの時、アトス殿は拙者の力を見切り、あえて手加減をしておったてござる。
それを見た拙者は勝てないと確信するとともに、一緒にいた者達の反応できっと悪い人間ではないのでござろうと思っておった」
驚いた。
見るからに気絶していたが、あの時レイは演技をしていたのだろう。
食えない人間も居たものですね。
これは秘密にしておきましょう。
そんな話をしていると危険な気配を感知した。
ハクリュウも気づいたのか、警戒しているようだ。
「……気づかれましたか、ハクリュウ様?」
「それはもう。殺気をまるで隠そうとしてないんだからー、分かりやすいですねー」
レイもさすがに気づいたようで、腰の刀に手を添える。
現れたのは、樹齢千年以上も経つ木々よりも太く大きい化け物のような魔物だった。
豚のような顔をしているが、体が四足歩行の動物。
すでに何か口にしたのか、口の回りが血まみれだ。
それでも食べ足りないのか口からはヨダレがただ漏れだ。
地面にヨダレがビチャビチャ落ちる。
――それは私が初めて見る未知の魔物だった。
あのような大きさの魔物など神話級か神級ランクに相当するのではないか。
一番解放しやすい連絡路だったはずなのに、あれはまさしく化け物だ。
「レイ様、撤退してください。あれは誰かがここに残らないと誰一人として逃げられません」
「しょうがない、私が囮になるからレイとミュリンはここから逃げなよー?
ここは私に任せたまえー」
「ハクリュウ様?!」
「だーいじょうぶ、私はしぶといからー。さっ、行きなー!」
これからあれを足止めするハクリュウは鼻歌でも歌い出しそうなほどのんびり言っていた。
「不本意でござるが、拙者の手に負えないこともまた事実。
ミュリン殿、すまぬが拙者と共に退却してくれないでござるか?」
確かにレイを一人で退却させるのは不安過ぎるので、私はレイと共に逃げることを選択した。
「ハクリュウ様、よろしくお願いいたします!どうかご無事で!」
「はーい。私にまっかせなさいー」
私達を守るようにハクリュウはその化け物の魔物の前に立ちはだかる。
その背中を見てからレイの方をみて頷き合い、走りだす。
どうやら樹神国は思った以上に深刻な状態になりつつあるようです。