第百二十一話 魔物掃討の異変
ソウガ達の集団と別れてからしばらく道を歩いていた。
感じた気配というのは魔物ではなくソウガ達だったので、まだ封鎖をしているという魔物には会わない。
「不思議じゃのう。あやつらを除けばおかしいほど静かじゃ」
「確かにそうですね。ここまで遭遇しないとなると、潜伏しているのか、知能のある魔物によって私達が知らない間に罠に嵌めているのかもしれません。
冒険者として冒険していたらそんな魔物にも出会いましたので」
サグナはこれまでの冒険者としての経験からそんな警戒をしていた。
こんなとき、冒険者としてのサグナがいて良かったなって思った。
ついてくると言って聞かなかったが、ものすごく役に立っている。
「そうか、そんなこともあるのか。知能のある魔物か。出会ったら厄介だな」
「サグナは冒険者と言うが、ランクはどれくらいなのじゃ?」
暇になったのか、歩きながらアオイはサグナに聞く。
「え?私ですか?私はBランクですね」
過去の世界からこの世界に連れてきたわけだが、ランクはこの世界でも有効なんだろうか?
冒険者ギルドがあるとは聞いたけど、いつからギルドが存在しているのか分からない。
この世界自体には慣れはしているのだが、まだまだ知らないことが多い。
「ほう、Bランクなのじゃな。ということは冒険者ギルドのランクシステムで見るとちょうど真ん中辺りじゃな」
「ええ、そうですね、この上はA、S、SSSですから、ギルドに登録している冒険者が昇格せずにほとんど止まるランクですね、Bランクは」
へえ、冒険者ギルドってAとかSとかなんだ。
話を聞くとAより上のランクは余程力があるか、突出した才能でもない限り上がれないんだろう。
でもそうするとサグナは普通の冒険者としてはかなり優秀な方なんだろう。
俺が登録したらどこまで上がれるのかな。
少し気になった。
「じゃが、Bランクといえば冒険者の中でもかなり活躍しておる方じゃな。
平均的な力しか持っていない者達はCで止まると聞くが」
おや?
ならば、サグナはやはりそれなりの力はあるんだろう。
だが、サグナは首を振る。
「いえいえ、私なんてまだまだですよ。同世代の冒険者の中にはこれから有名になりそうな人が居ましたから」
「む?そうかの?冒険者ランクのSやSSSまで昇格した者は数十年前を最後に居ないと聞いたのじゃが」
サグナがいた時代は200年前なので、もしかしたらサグナの言うこれから有名になりそうって人はSやSSSまで昇格した珍しい人が居た時代なのかもしれない。
「そうなんですね」
サグナはそれ以上突っ込んだ話をして素性がバレないようにしているのか、アオイに対して簡単にそう返した。
冒険者ギルドのシステムはよく分からないな。
まあ、SとかSSSは名前からしてなんか凄そうだし、普通の人間が到達できるランクじゃないんだろうけど。
「冒険者ギルドはずいぶん昔から存在しているそうですが、魔物との戦いが始まってからは騎士団とか軍の方が強いと聞きますけど」
「それは仕方ないじゃろう。魔物の軍団と戦う騎士団やら軍は国の存亡に関わるからのう」
それは当然だろうな。
力がなければ守りたいものも守れないもんね。
守るものが多い組織は強くならざる負えない理由があるから冒険者より強いのだろう。
「っと、足元になんか血痕みたいなのあるけど、人間の物じゃないな」
歩き続けていたが、次第に木に血糊がついていたりしている光景が目に入ってきた。
人間の物じゃないと分かったのは紫色の血やら暗い緑色の色をした血らしき物だったからだ。
「本当じゃな。これはなにやら異変の香りがするのう」
アオイは森の地面についている血を観察している。
もしかして、俺達が討伐しようとしていた魔物達なんだろうか?
だが、東の村にはそんな戦力はないはずだ。
それが理由で孤立しているんだから。
東の村のエルフ達は戦えない訳では無い。
しかし、ツーイットから聞いた話によればかなりの数の魔物の精鋭がここの東方面に配備されているとか。
エルベット村は戦闘経験が豊富な偵察をするエルフを使って、東の村との命懸けの連絡をしていたが最後の連絡を受け取った後、そのエルベット村のエルフは重傷で戻ってきたらしい。
その最後の連絡というのが食糧問題だった。
それを受け取って何回か東の村を救援しようと動いたが、封鎖している魔物が強い上に数が多く、撤退せざる負えなかったという話だ。
だから最後の切り札に近い俺達を派遣することにしたという話を聞いた。
「妙じゃな、その割には死体が見当たらないのう」
「言われてみればそうですね。これだけの出血をしていたら魔物といえど生きてはいられないはずです」
そう、付近を見渡してみると明らかに致死量の出血をしたであろう光景が広がっているのだ。
これだけ出血しているのに死体が一つも無いのは変だと思う。
「じゃが、どうやら行方は分かるかもしれないのう」
「そうですね」
「どういうこと?」
二人はなにやら分かっている顔をしているが、俺には分からない。
アオイが見ている方向を言いながら見てみると二人が言いたいことが分かった。
「なるほど、血の目印があるってことか」
地面を見ていくと血は一定の方向へと血の雫でできたであろう目印が残っていた。
これなら分かるよな。
目印を辿れば魔物の死体がどこへ行ったのか、追っていけば分かるだろう。
「そういうことじゃ。どれ、妾が見てくるとするかのう」
一人で歩いていこうとするアオイを引き留めて俺は質問をする。
「いや、一緒に行くって選択肢はないのか?」
「妾の勘が正しければお主達は見ない方がよいと思うのじゃ」
なんか真剣な顔で言われているけど、なんだろう?
見たらマズイことでもあるのかな。
しかし、何が起こっているのか分からないので単独行動はしない方が良いような。
「いや、ついていくよ」
「そうかの?では、ついてくるがよいのじゃ。
何を見ても驚くでないぞ?」
サグナは何か察したのか、俺に黙ってついてくる。
俺だけ分からないみたいな感じなのかな、これ。
一体何があるっていうんだろう。
先頭を歩くアオイに追従して、血の跡を確認しながら歩く。
しばらく跡を追っていると葉の数が多い茂みの近くでいきなり左にガクンと血の跡が曲がっている。
アオイが慎重にその先を見る。
俺もどうしたのかと思って見に行こうとしたが、アオイに止められた。
「なんだ?」
「予想はしていたが、これは酷いのう。
見ん方が良いと思うのじゃが、見るかのう?」
「ああ、やっぱりそういう感じですか。
私はあんまり見たくないのでアオイ様の言う通りに見ないことにします」
サグナは何か納得したようにそう言う。
若干気分の悪そうな顔をしていたので見たくない光景だというのは間違いないと思う。
「その様子、冒険者ならば見たことのある光景なのじゃな?」
「……ええ、そうですね」
「なんか怖くなってきた」
「じゃから見ない方が良いぞと言うておろう」
「いや、でも気になるからそっと見てみるよ」
「大丈夫なのかのう?」
アオイは止める手を下ろし呆れたようにこちらを見ていたが、人間気になった物は調べたくなるし見たくもなる。
そっと茂みの端から顔を出す。
――その光景は地獄だった。
口にしたくもない光景だった。
俺は急いでそこから顔を引っ込める。
「……見ない方が良いって言っていたの、本当だな。
自分で見に行ったわけだが、少し後悔した」
「妾は注意したのじゃ、それはお主が悪い」
「まあ、うん、忘れよう。でもなんであんなことに?」
軽くジョーク風に言うと魔物の標本かなって感じだった。
いやうん、内臓とか、地面に落ちていちゃいけないと思うんだよね!
あと体の半分がない魔物とか上半身どこ行ったのって言いたくなるね!
すみません、大いにふざけました。
しかし、詳しく説明したくない光景であるのは間違いない。
「さてな、なにやら変わったことが起きているのは間違いないじゃろう」
「魔物の中には共食いをして個体を強化していく魔物もいますから、もしかしたらそんなこともあるかもしれませんね」
「ほう、そのようなゲテモノの魔物もおるのじゃな」
アオイはそんな魔物は知らないらしく、サグナに少し尊敬の念も入っていると思われる視線を向けていた。
ともかく、当初の依頼と違うかもしれないってことは考えておいた方がいいかもしれないな。
他の方向に行ったみんなは大丈夫だろうか?