第百十四話 ジングウジ族の若様
「死んだって、どういうことなのよ?」
シャーリーはレイに聞く。
「拙者の一族、ジングウジ族は現在のミグノニア群島連合国の上層部に拙者一人残して、女子供全て殺されたのでござる」
……なんだって?
女子供全て?
群島連合国ってなに考えているんだ?
「えっ……」
そんなことがあったなんて知らなかったのか、シャーリーが驚いて、口をつぐんでしまった。
「つい最近の出来事でござる。突如として国家転覆罪という身に覚えのない罪状で拙者達は群島連合国に滅ぼされたのでござる」
「なんでだよ?」
俺自身も呆けるところだったが、努めて冷静にレイに聞く。
とんでもない事情があるようだ。
突然群島連合国に一族全て滅ぼされるとか正気の沙汰じゃない。
「拙者にもよくわからないでござるが、一族の者達は拙者を逃がすために囮になり、その後の消息は不明でござる。
おかげでこうして拙者は生きておれるが、一族の者達はもう生きてはおらぬでござろう」
その表情は暗い色に沈んでいた。
そりゃあ、ずっと一緒だった人達と突然別れることになればそうもなる。
「でも、なんで俺に勝負を挑んだんだよ」
「拙者は一族再興を成し遂げねばならぬ。
滅ぼされた後に知ったことでござるが、今の群島連合国の上層部は腐敗しているのござる。
拙者は一刻も早く追っ手を振り払える力をつけ、国を正さねばならぬでござるよ。
栄あるジングウジ族は国が腐敗したとき、国に秩序を取り返すという誓いを遥か昔に立てているからでござる
そのためにこうして最強と呼ばれるお主を探しておったのでござる」
力を付けるために俺に挑んだってことか。
無謀過ぎるだろ。
「それがどこかでバレたりしてないのか?それで国家転覆罪になったとか」
それならジングウジ族に非があることになる気がするが。
そう聞くとレイは首を振り、俺の考えを否定する。
「バレるはずはないのでござる。
拙者達も滅ぼされる寸前にその誓いを書いた初代国王の血の誓約書を見つけたのだから」
ということは今回の身に覚えのない罪状は本当に不意打ちだったんだろう。
「それって滅ぼされる直前まで一族の誰一人として知らなかったってことか?」
「うむ、我々はなぜ自分達の一族が隠れ住んでいるのか、歳を召した一族の一部は知っていたでござろうが、拙者達のほとんどの者が知らぬ。
その国家転覆罪も誓約とは全く関係なく、こじつけのような理由でござった」
なるほど、それなら本当に謎だな。
なんでそこまでしてジングウジ族を滅ぼしたのか、真相は分からない。
話終えると、レイは唐突にサグナを見る。
「それはそうとして時に、そちらの緑の馬のしっぽのような髪をしておる者、お主、可愛いでござるな!
拙者の嫁にならないでござるか?
それと魔道国のシャーリー殿も!」
キラキラした目をして言うが、サグナとシャーリーは目配せをして息を合わせてレイにダブルパンチを食らわせる。
ついでに呼ばれなかったミュリンにもパンチされてトリプルパンチされた。
「グッハァ!……フフフ、よいパンチじゃ、ますます気に入ったでござる、そちらのエルフも気に入った!
……ガクリ」
笑いながら気絶する。
器用だな、全く。
しかし、サグナとシャーリーを渡すつもりはないぞ。
「んで?どうするの、レイ?
ここに置いていく訳にはいかないよな?」
樹海と言っても魔物は出るはずだし、ここに置いていくのは忍びないが。
「もうっ!私達、レイの嫁にさせられるところだったのに、なにのんきに言っているのよ!?」
「いやまあ、それはそうなんだけど、こいつ悪い奴じゃないだろう?多分」
「そうですよ、アトス様!私、アトス様以外の人と夫婦になるなんて考えたくないです」
二人に怒られた。
当然か。
「私のことはお気に入りなさらず、ただの“長命”なエルフですので、オホホホ」
怖い、ミュリン、怖いよ。
目が笑ってないし、背後にどす黒いオーラが出てるよ。
オホホなんて、通常のミュリンだったら絶対に言わない。
「ちょ、ちょっとミュリン?落ち着きなさいよ」
「落ち着いておりますとも、私のことはお気になさらず、さて、この色ボ……失礼、レイさまの扱いはアトス様が決めてくださいな」
今、色ボケって言い掛けたよねぇ!
ともかく、ここに置いていくことは俺が気に入らないので担いで行くことにした。
「私は嫌よ?アトスが担いで行きなさいよ!それくらいお茶の子サイサイでしょ?」
「ああうん、そうするよ。そもそも男が担がないでどうするんだよ。
こういうのは俺達男性の仕事だ」
ということで、レイを背中におんぶして歩く。
「……やっぱりアトス様はお優しいのですね。
好きでいて良かったです」
俺の近くを歩きながら、サグナは頬を赤くして俺に聞こえるように呟く。
サグナは好意がストレート過ぎる。
嬉しいけど、隠そうとしないのは問題かもしれない。
まあ、サグナからすれば二年という時間分、隠したくないのだろうけど。
公国女性の理想か。
確かに、その精神は見習って損をするものではないだろう。
自殺するのはやりすぎだと思うけどね。
「嬉しいけど、恥ずかしいぞ、サグナ」
「存分に恥ずかしがって下さい。
私、アトス様が幸せにしてくれるまで許しませんから。
私が死ぬまで恥ずかしがらせますから、覚悟してください。
屋敷を去るとき、私、一緒に来ないか?って言われれば即答で“はいっ”って言ったんですよ?」
なかなか大変そうだが、二年分の時を埋めるようにこれからサグナは俺を恥ずかしがらせるつもりらしい。
「そっか、俺は未来の人間だったからそんなことをしていいか、分からなかったけど」
「私、この先の世界がどうなろうとアトス様さえ居てくれれば構いません。
私はそれくらいアトス様が大好きなんですから、分かってます?」
「それはもう存分に」
サグナには頭があがらなそうだ。
自殺するくらいまで追い込んだ俺の罪悪感も手伝って、参りましたって言うくらいには。
「まーた二人してイチャイチャしてる!フフフ、大変ね、偽善者さんは」
少し怒りながら、そんな俺を見てシャーリーは微笑んだ。
あれ?
シャーリーにも頭があがらなそうだな。
「シャーリー様!横から入ってこないで下さい!今はアトス様と話しているんですから!」
「べ、別に、邪魔なんてしてないわ!それにアトスのファーストキスはわ、私だけのものなんだからね!」
「アトス様!本当なのですか?!」
サグナにシャーリーとのキスのことは話していない。
それは話す必要がないと省いたからだ。
「今それ言うか」
その俺の態度でサグナはシャーリーの言うことが本当だと確信したのだった。
「……本当なんですね?」
目が怖いサグナがそこにいた。
「はい、嘘偽りございません。誠に申し訳ありません」
俺が謹んで丁寧に言うとサグナは笑い出す。
「フフフ、仕方ない方ですね、仮面様は。
全く、とんでもない人を好きになってしまったものです」
そんなこと微塵も思ってない楽しそうな顔になってそう言う。
仮面様か。
サグナの記憶にはずっと残り続ける名前だろうな。
「サグナさんってば落ち着きすぎよ?私ならそんな事実を知ったら地の果てまで追いかけて魔法で焼き付くしてあげるわ」
なにげに恐ろしいことを言うんじゃないよ。
ファーストキス、シャーリーで良かったんじゃないだろうか?
今になってそう思った。
というか、成り行きとは言えシャーリーにはいろいろな初めてを持って行かれているような気がする。
……思い出したらいきなり恥ずかしくなってきた。
忘れよう。
「私は、アトス様に愛して頂ければその前の事なんて気にしませんから」
「はー、ホント、アトス“様”なのねー。
私も負けてられないわね」
またまたお馴染みの女子トークが始まる。
だから本人の前で俺の話をするんじゃねぇよ、恥ずかしすぎて死にたくなる。
む?
それはもしやサグナの術中にはまってるってことか?
恐ろしい女性も居たもんだ。
そんなこともあったが、俺達はミュリンの案内のおかげで迷わずにエルフの村に到着したのだった。
いつも読んで下さっている皆様ありがとうございます!