第百八話 魔道国の夜は酒場で
アングリフと魔剣の話をしてたら結構時間が経っていたようで、研究室から外に出るともうすぐ夕方が近い時間帯になってきていた。
マジェス魔道国には魔法で灯りが自動点火される街灯のような物が道の脇に数多く建てられており、日が暮れてきたからか次々と街灯がつき始めていた。
「きれいだな、この景色」
夕方に近い西日とともに淡く光る街灯。
都会の町とはまた違った幻想的な風景で、この景色を見ているだけでもここに来てよかったなと少し癒された。
といっても、爆発音も相変わらず響いており、それもあって台無しだった。
魔道国にも酒場はあるそうなので俺は酒場に行くことにした。
道中、少しづつ暗くなっていく空にいきなり火の玉が打ち上がり、一定のところまで昇っていくと弾けて花のような火が空いっぱいに広がった。
「あれって花火じゃん」
道行く人々は一度空を見上げるものの、またかという顔をしてすぐ歩き直して行ってしまう。
見慣れた光景なのか、あまりこの国の人達は気にしないらしい。
あれも魔道具みたいな物なんだろうか?
夏祭りで必ずといっていいほど見かけるが、あの花火は一体何の目的で作っているんだろう。
花火って救難信号にもなりそうだし、もしかしたら娯楽目的ではないのかもしれない。
その花火はまだ数があるのか次々と打ち上がっては弾ける。
俺はしばらくその光景を見ていると随分立ち尽くしていたのか、後ろから話しかけられた。
「おや?君はアトス君じゃのう。さっきぶりじゃな!」
それはアングリフだった。
「え?アングリフさん、研究室から離れていいのか?」
「今日の研究は一段落したのでのう。酒場にでも行こうかと思っていたのじゃよ」
「意外だな。もっと研究熱心な人なのかと思っていたよ」
「わしとて、普通の人間じゃ、たまには息抜きをしないと疲れてしまうじゃろ?」
その外見で普通の人間とか笑ってしまいそうだが、確かにアングリフは普通の人間だ。
休むときは休んでいるんだろう。
「目的は同じだし、一緒に行くか?」
「アトス君も酒場に向かっておったのか。なら一緒に行くとしようかのう」
花火らしきものはいつの間にか終わっていて硝煙の匂いが町に流れていたが絶えず風が吹いているのですぐさまその匂いは消えていった。
アングリフと歩きだす。
「さっき空に打ち上がっていたものはなんなんだ?」
「む?あれはわしが発明した火炎花という物でのう。
一応、毎日午後五時に打ち上がるようになっておる」
「目的は?町の人達、なんかまたかって顔をしていたけど」
「目的、そうじゃな。仕事の区切りをつけさせるために合図する用じゃな。
わしも含めてじゃが、この国の者達は休むということを知らんでな。
あの合図で仕事に区切りをつけて休もうと言うわしなりのメッセージじゃ」
確かに、エアチェンジャーとかいう物を作っていた人達も数日徹夜とかしていて、どこのブラックだよとか思ったもんな。
純粋に研究を続ける人達は休むということよりもその休みの時間を利用して、さらに研究を進めようとする人達なんだろう。
「アングリフさんも結構いい人なんだな」
「いやいや、わしはそこまでいい人じゃないぞい。
メッセージは出すが休むか休まないかは個人の考えじゃし、わしも研究中の試薬を他の研究員に無理やり飲ませたりしておるからな」
「訂正しよう。やっぱりアングリフさんはマッドサイエンティストだよ」
「まあ、さすがに生命の危機が及ぶものとかはあまり人では試さないが」
あまり言いたくなさそうな感じで言葉を濁したので、俺はきっと現代世界でいうマウス実験みたいなことをしているんだろうと察した。
「科学の実験には多少なりとも犠牲者が出るものじゃよ。
わしは天国へは絶対に行けん。
あまりに犠牲者を出しすぎたのじゃ」
俺としては別の世界の話を聞いているみたいなので、深くは考えないが、科学の発展はあらゆる事故と向き合うということなんだと思う。
大をとるために小を切り捨てる。
俺はそんなことはあまり考えたくはない。
なんせ俺はハッピーエンド主義だからだ。
人によってハッピーエンドの定義は異なると思う。
俺は自分の手で笑顔にできる人達がいるならその人達のために戦うという考え方だ。
人が守り抜ける物の数は限りがある。
だから、俺は守れる範囲でやっていくつもりだ。
まあ、世界を救うのはどう考えても俺の手には大きすぎるが、やらなければ俺も死ぬ。
なので、アーティファクトは集め続ける。
フォクトライト自由連合国や俺自身に助けを求める人達には手を差し伸べるつもりだ。
そして自由連合国は種族、魔物の垣根を越えて楽しく過ごせるような理想の国にしたい。
国を守るのは今の俺にはできることだと思うから。
「聞かなかったことにするのじゃよ?常人の理解が得られるとは最初から思ってはおらん」
「アングリフさんがそういうなら今の話は聞かなかったことにするよ」
俺もいろいろ考えたが、時空神を復活させるってことは数えきれない程の生命を助けることになるんだろうな。
余談だが、もし、愛する者か世界を救うかとどちらかを選択しろと言われれば、俺の答えはこうだ。
――両方を救う。
甘い考えだが、ハッピーエンド主義者ならこれくらいの気持ちでやらないと自分が納得できない。
「うむ、さてアトス君、酒場についたぞい!」
アングリフとの話を終える直前、酒場についたようだ。
そこの酒場はアルデイト王国の酒場とはまた違って、青い外観で窓などに細かい装飾がされていて、お洒落とでもいうのか、そんな酒場だった。
「へぇ、めちゃくちゃキレイな酒場なんだな」
「やはりそう思うか?魔道国の酒場はここの一軒しかないのでのう。
それなりに儲かっているらしいぞい!」
「なるほど」
酒場の中からは盛り上がっているようで楽しそうな声とか、歌が聞こえてきていた。
中に入ると、賑やかさがワンランクアップしてうるさいくらいの盛り上がりだった。
「すごいな、ずいぶん人が来ているんだな」
「そうじゃな。さて、アトス君ついてきたまえ」
すでに楽しそうな顔になっていたアングリフに連れられ、カウンター席へと座る。
「おお!アングリフ殿ではありませんか!ご機嫌いかがですか!」
カウンターのマスターは獣人のようで猫耳が生えている男性だった。
それはいいんだけど、マスターの声、どこかで聞いたようなそうでもないような?
「お主はいつも元気じゃのう。わしはいつものバイゼル酒で頼むぞい!」
「おや?そちらの方は初めましてですね!私、ここのマスターをやっております、ブランディ・テンプル・ツーザードと申します!以後お見知りおきを!」
ツーザード?
変な名前だな。
どこかで見たような片手を折り曲げ一礼を丁寧にするブランディ。
はて?
どこかで見たような。
気のせいかな。
「ちょっと聞きたいんだけど、ブランディさん俺とどこかで会ったことあります?」
「私とですか?あいにく私は知りませんよ?」
むむむ、どこかで見たことあると思ったんだけどな、気のせいか。
そのうちにブランディはワインのような紫色の液体の入ったグラスをアングリフの前に出す。
「はい、アングリフ殿、バイゼル酒です!ごゆっくり、アトス殿はなにがよいでしょう?」
「あんた、俺のこと知っているんだ?」
「お名前だけは世界中に広がっていますからね!それで何がいいですか?」
「うーん、俺は分からないからアングリフさんと同じもので」
「承知いたしました!少々お待ちくださいな」
陽気に鼻歌を歌いながらグラスにバイゼル酒なるものをグラスに注ぎ俺の前に差し出してきた。
差し出されたグラスを受け取ってふとブランディの腰辺りに目を落とすとキラリと光る何かがあった。
ん?
よく見てみるとそれは小さい十字架だった。
ブランディって両方の腰に十字架つけてるんだ。
ますます変な人だな。
「ねえ、ブランディさんってアトロパテネス教の信者なのか?」
「おや、十字架を見られてしまったのですね、ええ、私、アトロパテネス様の信者なのですよ!」
「でもなんで二つもつけているんだ?信者の決まりとかなのか?」
「そのようなものです、ごゆっくり、アトス殿」
なんか誤魔化されたような気がしたが何を誤魔化されたのかは分からないので気にしないことにした。
さて、それじゃあバイゼル酒でも飲むか。
「へえ、ブドウ酒か」
それは間違いなくワインだった。
「そうじゃよ、バイゼル酒はバイゼルハーツ国の銘酒でな。
確か、作り始めた人物はマッキンリーという人間だったはずじゃが」
マッキンリー?!
もしかして過去世界で会ったあのマッキンリーじゃないよね!?
これは俺だけが知っていることなので内心驚きつつ、それを表に出さないように聞く。
「それってまさか200年前の人だったりします?」
「ん?おかしなことを聞く。バイゼルハーツでマッキンリーといえばその人物が有名じゃろう?
革命の後、しばらく国を安定させるために尽力して、その間にブドウ農園を作って老後は将軍を退位してブドウ農園に生涯を使ったそうじゃが」
あの復讐しか考えてなかったマッキンリーがワイン造りをするとか意外すぎるだろ。
人間って変わるもんなんだな。
「革命の前は貴族連合と対立しておった司令官だったそうじゃが、何を思ったのか、貴族連合が勝利した後、彼らに手を貸したと聞く」
対立というか、あの時は拘束されていたんだが、200年も経つとそこら辺の情報は薄れているのだろう。
「そっか。アングリフさんは公国のことも知っているんだ。
じゃあ、今夜はその話を聞かせてくれないか?」
「それは構わないが、アトス君はどうしてそんなことを聞きたがるんじゃ?」
「いや、なんとなく、歴史も知っておくと面白そうだなって思っただけだよ」
誤魔化したが、アングリフは気にしてないというか、誤魔化された気はしていないらしく200年前の彼らについて話し始めた。