第百七話 科学者、アングリフ・ブライン
恥ずかしいお昼を終えて俺はアングリフの研究室の場所をシャーリーに聞いて彼の研究室に来ていた。
帝国の技術なのか、アングリフの研究室は何かを計るような機械らしき物があったり、部屋中に謎のパイプが四方八方に何本も伸びている。
昼にチラッと聞いたが、アングリフは帝国の科学者だったらしいことを独り言の最中に言っていた。
「おお、アトス君か!よく来てくれたのう」
研究室に入るなりアングリフはキラキラしたエフェクトでもついていそうな少年のような表情で出迎えてくれた。
「来たのはいいんだけど、何の用なんだ?アングリフさんと俺はさっき初めて話したばかりだったと思うんだけど」
「まさにその通りなのじゃが、お主の武器、ただの武器ではないのじゃよな?」
「武器ってこの剣のことか?」
俺は腰につけている魔剣の鞘に手を持っていき、撫でる。
「うむ、そうじゃ。ちょっと見せてくれるかのう?」
そんなわけなので、俺は魔剣を鞘ごと左の腰から抜き取り、アングリフに渡す。
受け取るなり、ベッドのように広い台に剣を置いて、脇にある操作用と思われる物を起動する。
起動すると魔法でできているのか、装置の上に小さな魔法陣が浮かび上がりキーボードのような透明な物が空中に出現する。
「それって帝国の技術なのか?」
「元はそうじゃよ。わしがそこに魔道国の技術を合体させたので、もう別物じゃがなー」
パネルを操作しながら、こちらを向かないで軽く言う。
「別物って?」
「この装置は物の判別をする装置なのじゃが、これは魔法の技術を合体したらあらゆる物の検査力が飛躍的に上がったのでのう。
その物体の構成物質を詳細に見ることができるようになったのじゃよ」
この人、本当に魔法と科学の融合を実現させているじゃん。
まだ表面上しか分からないが、大真面目に両立をしようと奮闘している人間なのだろう。
「ということは、俺にも分からなかったあの剣の構成物質がわかるのか」
それは是非ともやってもらいたい。
分かったところで意味があるのかと思うけど。
俺は興味津々に台に置かれた魔剣を見る。
操作が終わると台が青く輝いて魔剣の柄から刃の先まで青い光の線が緩やかに動く。
すると、突然青い光が赤に反転する。
「む?これは面白いのう!」
「一体なんなんだ?」
楽しそうに言うアングリフに状況がわからない俺はついていけなかった。
機械から、紙が排出される。
この世界で初めて見た普通の紙だった。
前にノルンの読んでいる本を見せてもらったことがあったが羊皮紙でできた本で、俺の知っている紙はまだ見たことがなかった。
「紙、存在するんだ」
「おや、アトス君は紙の存在を知っているのかね?」
「知ってはいたんだけど、直接見るのは初めてかな?」
転生して来たことはまだ内緒だ。
あのような普通の紙はこの世界では初めてみる。
「帝国の技術じゃよ。もう少ししたらこっちの紙の方が多く流通するようになるじゃろう」
「聞いてなかったけど、アングリフってメクリエンス帝国の科学者だったんだよな?
なんでマジェス魔道国にいるんだ?」
「わしはどうしても科学と魔法を融合をしてみたかったのじゃが、魔法を融合するには魔法の最先端を研究しているこっちの国のことも知らないといけなかったのでのう。
帝国の皇帝、ドライハイゼル君はわしのことをよく分かっておってのう。
“……そこまでの情熱があるのあらば思う存分、やるがいい”と帝国の技術を秘密裏に外に持ち出すことを許可してくれたのじゃ」
皇帝の名前、初めて聞いたんだが。
ドライハイゼルって長いなぁ、もう。
それは置いておくとして、皇帝、器でかくないか?
帝国の領内でいろいろ大変な皇帝らしいが、部下の人達のことを大切にしているのだろう。
「そして、わしは表向きは追放処分として帝国から抜け、こうして魔道国へとやって来たわけじゃ。
ドライハイゼル君は魔道国に“研究熱心な科学者をそちらへ寄越す。変わり者だが、彼は悪い人間ではない、故に保護を求む”
とシャーリーちゃんに書状を渡してくれていたそうじゃ」
いい奴じゃん、皇帝。
そんな皇帝は転生者だろうが、上に立つ者の理想を体現している人間なのだろう。
なるほど、アルシェからも皇帝については聞いていたが、根は優しい人間かもしれない。
直接会ったことはないからわからないけど。
「へぇ、帝国内部がガタガタだとか全然信じられんな」
「皇帝の周りにおる者達は皆、皇帝の優しさを知らない者達が大半じゃよ。
さて、検査結果じゃが。
わからん」
「はい?なんて?」
唐突に手にした紙を見ながらアングリフは言う。
わからんってどういうことなんだろう?
「構成物質、不明じゃ。お主その剣は一体どこで手に入れたのじゃ?」
そんなことを聞かれてもな。
魔剣を手に入れたのはカイだし、俺には一切分からない。
ので、不明ってことを聞くことにしよう。
「不明って未知の物質的な?」
「うむ、そういうことじゃな。材料、加工方法、制作年代。何一つ分からん。
面白いぞ!非常に!」
元から俺の話など聞いてはいなかったようで、楽しそうに紙を眺めている。
「辛うじて分かるのは絶大な力を持つ剣ということじゃな。
この剣で切れぬ物などほとんど存在しなかったじゃろう?
古い伝説によれば赤と青の光を放つ剣はあるときから金と黒へと姿を変え、世界を救う光となるらしいが、この魔剣、見事に赤と青の光じゃのう!」
台に乗せた魔剣を鞘から少し抜いて、その光を確かめながら楽しそうに話す。
一度話し出したアングリフは止まらない。
ガトリングのようにしゃべりまくる。
「きっかけはまるで分からんが、いつかこの剣は金と黒の光を放つようになるはずじゃ。
また別の一説には、かつて時空神は己が滅びる直前に対抗手段としてこの剣を残したとかもあるが、実在するのであればそれは時空神は実在することの証明にもなるからのう!
これは面白い!」
その後も永遠とまた持論を展開し始めるアングリフだった。
時空神は実在しているけどね!
それにしても対抗手段って魔神に対してなのか、それとも別の何かなのか。
実際の話にアングリフの話を当てはめるなら、魔神への対抗手段としてこの剣を残したことになるが、イスターリンとの戦いの最中、この剣は切れ味が鈍ったように切れなくなった。
それは魔神と化した俺の能力なんだと思うけど。
持論を展開し終わったアングリフにすかさず質問を投げかける。
「でもイスターリンの武器は切れなかったぞ?」
「そうなのか?であれば一番の謎はそこじゃ、この魔剣は本来遮れぬ切れ味のはずじゃが、アトス君の話を聞く限り、この魔剣も万能ということではないのかもしれんな」
「さっき話にあった、赤と青の光ってなんか意味あるのか?
魔剣って一色の色しか出ないと思うんだけど」
俺のイメージする魔剣は黒いオーラの一色のみを纏った剣だが、二色、それも黒とはまるで違う赤と青。
「ふむ、わしもこうして目にするまではただのおとぎ話だと思っておったが、そういうわけでもなさそうじゃな。
赤は破壊、青は創造の色だと昔の神話を書き記した文献にはそう書かれておったが」
そう聞くと俺と最高に相性のいい剣だと思うけど、この世界には何がなんでも来ることになっていたらしいし、巡りめぐって必ず俺の手に渡ってくる武器の予定なんだろうか?
時空神アトロパテネスは未来視ができたそうだが、こうなるとあらゆるパラレルワールドを見て俺に合う能力を持った剣を最後に残したのかもしれない。
「赤は破壊、青は創造ねぇ。金と黒はどういう意味なんだ?」
「金はあらゆる世界を創造し維持する力で生命を司り、黒はあらゆる世界を完全に破壊する力で死を司ると言われておったぞい。
そして金は聖剣、黒は魔剣、その両方の機能を持ち、使用者は常に善と悪のせめぎあいの不安定な精神で戦わねばならぬとか。
しかし、この剣の存在によってあらゆる世界に生きる全ての動物の輪廻転生を確定させるという話じゃったなぁ」
俺からすればあまりの大きすぎる力に恐怖するが、伝説に書かれたことが本当なら俺は金と黒になった剣を使うことになった時、俺は無事でいられるのか?
「まあ、伝説は所詮伝説じゃからな、真相は確かめようもないのじゃが。
この剣にそう言った機能があるならばアトス君は神の遣いで、救世主になるのじゃろうな。
ちなみにここまで話した伝説を書き記した書物はかの有名なジオグラードが全て書いたものじゃよ」
信憑性が限界突破している。
あのジオグラードが書いたのならば、間違いなく真実に近いだろう。
ジオグラードってやっぱり神の遣いだったのかな。
ここまで時空神のことや、世界構造をハッキリわかっている人物はジオグラードだけだし、元は天界在住だったとしてもおかしくない。
「うむ、アトス君、感謝するぞい!伝説に記された武器があるということは伝説を研究するのも面白いかもしれん」
楽しそうだな、あのじいさん。
何はともあれ、あの魔剣は恐ろしく危険な武器なのは間違いない。
魔剣の謎がなんとなく分かった。