第百五話 魔道国の日常
マジェス魔道国に到着して次の日。
俺は魔法都市を一人で散歩していた。
マナの供給停止の影響はまだ出ておらず、みんなはごく普通のありふれた生活を送っているようだ。
とはいえ、やはり魔道国なので朝から爆発音とかの音は相変わらずそこかしこで響いていた。
真夜中にも関わらず爆発音が聞こえてくるのは勘弁してほしいが、この国のスタイルなんだと思う。
「ふぁーあ。眠い」
俺はあくびをしながら昨日通った道とは別の方向の道を歩いていた。
寝たことは寝たんだけど、爆発音が半端なくて俺は寝ては起きて、寝ては起きてを繰り返していた。
特に目的もなく歩いていると、町の一角で言い争いをしている人達がいた。
「だから、こっちの方が効率いいだろって言ってるだろ!」
「いやいや、効率は悪いが量の問題だろう?ならこっちの方がいい」
なんの話をしているんだろう?
気になった俺は近づいてその二人の近くに歩いていく。
それぞれの手には、魔道具のようなものが握られていて形から見るに空気に関する道具みたいな道具で一見すると、小型の扇風機のようなものだった。
大柄な男とその男よりも少し背の低い男が自分の作った道具を見せ合いながら話している。
「空気の温度を変えるのは早い方がいいだろ?」
「早くても量が伴わないと時間がかかるだろ!
時間がかかったらその分不便じゃないか」
ほう、話を聞く限りだと空気を暖めたり、冷たくする装置のようだ。
でもあれは電池とか言う便利道具を使用していないみたいだ。
まあこの世界に電池なんてメクリエンス帝国くらいしか存在しないんだろうけどね。
「すみません、横から話しかけて。その道具ってどうやって動いているんですか?」
興味の湧いた俺は二人の間に入って話しかける。
「ん?あんたはシャーリー様の旦那になる予定のアトスって人じゃないか!」
へ?
シャーリーの旦那?
初耳だが。
「待って、いつから旦那の予定になっているんだよ?」
旦那の件を話し始めた大柄の男に聞いてみると、背の低い男の方は大柄な男の胸を軽くビシッと叩く、
「バカ!それは住人の秘密だろ!なに本人に言っているんだよ!」
「おお、そうだった。今の話は忘れてくれ」
「この状況で忘れられるとでも?!」
慌てて取り繕う二人だったが、もう遅いですよ。
諦めたかのように大柄な男は話し始める。
「しゃーない。実はこの魔法都市じゃシャーリー様がフォクトリア大平原からしばらく戻ってこないから気になって、ミュリンさんに聞きに行った噂好きの女性がいてな、ミュリンさん曰く、シャーリー様にもついに春がやって来たようですよとかって話でな。
聞きに行った奴が周りの住人に話しまくったんだ」
シャーリー、合掌。
どうやらシャーリーが俺のことが好きだと言う話は魔法都市全体に広がっているらしい。
みんなが暖かい目で俺達を見ていた理由はこれだったのか。
これ、俺も恥ずかしいぞ!
「そうなんだ。噂好きにも困った者だね」
「まー、そう言うわけだ。
シャーリー様は気づいていないみたいだけど、魔法都市のみんなは全員知っているよ」
これを知ったらシャーリーは恥ずかしすぎて自分の魔法で爆死でもしそうなもんだ。
シャーリーからすればバレていないと思っているだろうしね。
「そんなわけさ。君も無闇にシャーリー様に話すんじゃないよ」
「そりぁあもちろん。ここだけの話にしておくよ。
で、話を戻すけど、それってどうなってんだ?」
「聞いてくれるか!これはまだ世の中にあんまり出回ってない魔道具って物だ。
世界的に言えば帝国の空間袋のようなもので、私たちは人が使いやすいような魔道具を作っているんだ。
これはエアチェンジャー・バージョン3なんだ。
私とケンカしてたこっちの人とは研究仲間でね。
これを一緒に試作していたんだよ」
「ところが、効率と量、どちらを優先するべきかという話になって、こうして言い争いをしていたわけだよ。
ちなみにこれは人が魔力を生成できなくても動いてくれる道具さ。
世の中には魔力をうまく作れない人達も少なからずいるから」
魔道具か。
実用化すればまた世界の形を変える技術革命なんだろう。
ともかく、ケンカはそんな話で揉めたらしい。
ふと思って、俺は目の前の二人に提案というか、興味であることを聞いてみる。
「両立するっていう方法は難しいのか?」
そう聞いてみると、一瞬二人はポカンとしてなにを言っているんだろうって顔をしたがすぐに目を輝かせ始める。
「盲点だった。どうやら連日徹夜で作り続けていたから思考力が低下していらしい。全くその通りだ」
「やれやれ、やはり睡眠は大切なものだな」
二人はうんうん頷きながらしみじみそう言う。
徹夜でずっと作っていたのか。
魔道国、すげーな。
魔法に対しての情熱が凄まじい。
「さて、それじゃあ今から寝て、スッキリしたところで作業を再開することにしようか?」
「異論はない。まずしっかり休んでから取りかかることにしようか」
大柄な男と背の低い男は俺に礼を言うと、寝るために帰って行った。
「寝ないで作業し続けるとか、ご苦労様です」
去っていく二人の背中を見ながら誰に言うわけでもなく、俺は呟く。
あの熱意は見習っても良いかもしれないな。
徹夜はしたくないけどね!
解決したところで、俺はマナを使って何か道具を作ってみるのも面白いかもなと思った。
あの二人が言うように、魔力を生成できない人達も使える便利な物を。
もしかしたら帝国がもういろいろやっているかもしれないが、何か考えてみたいな。
散歩に戻る。
大陸が移動しているからなのか、都市には絶え間なく風が吹き続けていてなかなか爽快だった。
俺は都市の端、柵の立てられている場所まで来ると、欄干に腕を乗せ下の方に目を落とす。
「本当に移動しているよ、この大陸」
眼下には海が広がりそこそこの速度で動いていることが分かる。
大陸ではなくて海が動いている錯覚を覚えつつも久しぶりののんびりした空気を感じられた。
そこに、俺を探していたのか、シャーリーがやって来た。
「あっ、アトス。こんなところにいたのね」
「シャーリーじゃないか、どうしたんだ?」
別に慌てているわけでもないようなので事件ってわけではないと思う。
隣まで来ると、シャーリーは俺に習って欄干に腕を乗せる。
「アトスのために用意した部屋に行ってみたら居なかったから、ミュリンに聞いたら散歩に行かれたみたいですよって言われたの。
私が会いたくて来たわけじゃないんだからね!
アトスが迷子になっていないか気になって見に来ただけなんだから!」
シャーリーはいつも通りの調子だった。
分かりやすいな、シャーリーは。
そのツンデレっぷりに少し笑いつつも、俺は返答する。
「それで?迷子になっていないけど、どうするんだ?」
「え、えっと。そうね、もうすぐお昼だからご飯でも作ってあげよっかなって」
「え?作る?シャーリーがか?」
こういうツンデレって大抵料理があんまり上手くなくて、黒炭になったものを恥ずかしそうに差し出すイメージなんだけど。
黒炭を食べるのは遠慮したいところだ。
「ちょっと、なんか今失礼なこと考えなかった?!
それにその、え?できんのお前?みたいな顔!
ムカつく!いいから来なさいよね!ギャフンと言わせてやるわ!」
怒ったシャーリーにまた引っ張られて研究棟へ強制連行されるらしい。
はてさて、見せてもらおうか、シャーリーの料理の性能とやらを!
……なんかどっかで聞いたことある言い回しだな。