第百四話 魔道国の国主、シャーリー・マジェスタ
到着して早々にシャーリーが客室を用意しているそうなので、シャーリーについて都市を歩いていく。
マジェス魔道国の建物は魔法で補強されているのか、柱や壁の継ぎ目が青白い光を発している。
魔法都市なだけあって、道中魔法生物らしき生き物が跳ね回っているのを見かけたり、実験にでも失敗したのか爆発音が響いたり、なかなか賑やかな都市だった。
都市だが、ほとんどの住人が何らかの魔法の研究をしているらしい。
「うるさくてごめんね。でもマジェス魔道国は毎日こんな感じなのよ」
「楽しそうな国だな」
「そう思ってくれたなら嬉しいわ」
自分の国を案内するのが楽しいのか、シャーリーは鼻歌を歌いながら歩いていた。
それをミュリンは微笑ましそうに見ていた。
「昨日は大変だったわね。私も参戦できればもう少し役に立てたんだけど」
「まあ、結局教国との戦いはもう一つの勢力のせいでめちゃくちゃになったけどな」
「あのイスターリンが出てくるなんてね。私、あの後から手助けしようとアトスのところに向かおうとしたのよ?
でも、ミュリンに危険すぎるからって止められてたの」
そうだったんだ。
あの時、俺はかなり危ない状態で余計なことを考えている暇はなかった。
シャーリーは援護をしに来ようとしていたらしい。
「シャーリー様はこの国の主なのですから、無闇に自身を危険に晒してほしくなかったのですよ」
「それにしたって、あのままじゃあアトスが倒れそうだったのに。
私は別にアトスが死ぬなんて少しも思ってなかったけどね!」
「あれ?このままじゃアトスがって泣きそうになっていたのは誰でしたっけ?」
ミュリンはニヤニヤして、イタズラっぽく目を細めながらシャーリーに聞く。
「だ、誰だったかしらね?私には分からないわ!」
頬を染めながら腕組みをしてそっぽを向くシャーリー。
ツインテールもそれに追従してシャーリーの前後にふわりと舞う。
シャーリーはかわいいなあ!
素直になれないシャーリーはシラを切り通そうとわざと分からないフリをしていた。
「そっか、ありがとうな、シャーリー」
「な、なによ!なんでそんなに何もかも分かってますみたいな顔で私を見るの!?」
さらに顔を赤くしてついには俺の胸をポカポカと可愛らしく軽く殴ってくる。
分かりやすいから仕方ないだろ。
「フフフ、シャーリー様、住人が見ていますよ?」
慌てて周りを見るシャーリー。
歩いていた住人が口元を隠しているが明らかに笑っている様子でこちらを見ていた。
心なしか周りの目が暖かいのはなんでなんだろう?
「くっ、不覚だわ」
面白くないのか、シャーリーは歩く速度を早める。
「ちょっと待てってシャーリー。歩く速度いきなり早くないか?」
「うるさいわね!アトスが遅いんじゃないの?!」
俺はそんなシャーリーを少し笑いながら追いかける。
ミュリンも続く。
「待ってください、シャーリー様ー」
「待つわけないでしょ!でも、ちゃ、ちゃんとついてきなさいよ。
特にアトスはここに来たのは初めてなんだから」
振り返らずそう言う。
その背中は俺にお礼を言われて文句を言いながらも嬉しそうに見えた。
「全く素直じゃないんだから」
「ええ、本当ですね」
シャーリーには聞こえないように小声でミュリンと話ながらついていく。
少し歩いていくと花に水やりをしていた女性がシャーリーを見つけるなり、話しかけてくる。
「あら、シャーリー様。こんにちは」
「こんにちは、今日は元気?」
話しかけられたシャーリーはその女性の腰辺りを見ながら言う。
どんな関係なんだろう。
「はい、シャーリー様の魔法のおかげで腰の痛みもすっかり良くなりました。
シャーリー様はなにを……ってあら、ウフフ。
噂の少年と一緒でしたか」
なるほど、シャーリーは住人の体を直してあげたりしているらしい。
女性の言葉にシャーリーはまた頬を赤くして慌てる。
「もうっ、あなたもミュリンと同じようなことを言うのね!
もう体を壊しても直してあげないんだから」
そうは言っているが、本心から言っているわけではないらしい。
女性はそれを分かっているのか軽く笑う。
「あら、それは困りますね」
「ど、どうしてもっていうなら直してあげるけどね」
女性の言葉に慌ててシャーリーは言葉を付け足す。
「その時はよろしくお願いします」
「私に任せなさい!それじゃあ、アトスを案内しないといけないからこの辺で。
また何かあったら相談して頂戴」
そう言ってシャーリーは再び歩き始める。
ついていこうとしている俺に女性が話しかけてくる。
「シャーリー様のこと、よろしくお願いしますね。あの方はなかなか素直になれない方ですから」
「それは知っていますよ。大丈夫です」
「あらあら」
女性は笑う。
短い会話をしているとこちらに気づいたのかシャーリーは振り返って少し遠くから声を出す。
「ちょっと!早く来なさいよね!」
「はいはい、今行きますよっと」
俺は女性に挨拶をしてシャーリーについていく。
シャーリーの近くまで行くと不機嫌そうに話しかけられた。
「なにを話していたのよ?」
「それは秘密」
「き、気になるわね!」
「フフフ、シャーリー様、早く行きましょう?」
ミュリンはシャーリーの背中を押しながら催促する。
不思議そうな顔をしているシャーリーだったが、また歩き出す。
「待ちなさいよ!?」
背中を押されることには抵抗しないでそのまま歩く。
シャーリー、しっかり国の主をやっているんだな。
今の女性との会話だけだったが、きっとシャーリーは国の住人の相談を文句を言いながらも解決してあげているのだろう。
「いいやつなんだな、シャーリーは」
「?よく分からないけど、誉めてるの?」
「いや、むしろそれ以外になんかあるのか?」
「べ、別に」
やはり嬉しそうな顔をするシャーリー。
助けられて本当に良かったと思う。
「ちゃんと国を治めているんだなって感心していたんだよ。
他の人に誉められなくても俺が誉めるさ」
「ふんっ、あんた、自分が恥ずかしいこと言っているの自覚しているのかしら?」
「さてな。シャーリーが可愛すぎるからかもしれないな」
「バ、バカ!」
確かに恥ずかしいこと言っているけど、シャーリーはもっと誉められてもいいと思う。
シャーリーはプルプル震えて恥ずかしそうにこちらを見ながら満更でもないようだった。
「……あの、雰囲気を壊して申し訳ないのですけど、私も居るんですよ?」
ミュリンが申し訳なさそうに口を挟む。
「そうだったな、そういえば」
我ながらキザ野郎すぎる。
今更ながら恥ずかしくなってきた。
俺は自分の頭にウォーターボールを作り、そのまま頭上で破裂させる。
「いきなりウォーターボール被るんじゃないわよ!」
「風邪などはひかないと思いますが、大丈夫ですか?」
「全っ然大丈夫。さあ行こう、さくさく行こう!」
恥ずかしさに耐えられなくなった俺は道も分からないままずぶ濡れになった状態で歩く。
「そっちじゃないわよ!いいから大人しく私についてきなさい!」
ずぶ濡れの俺の腕をシャーリーが強引に引っ張る。
シャーリーの慎ましい胸の感触を感じてしまうが、シャーリーは特に気にした様子はなく、そのまま俺を連行する。
「アトス様は面白い方なのですね」
「そんなつもり全然ないんだけどな!」
ミュリンはその光景を面白く思っているようで、俺とシャーリーを楽しそうに見ながらついてくる。
連行されるまま、俺はシャーリーが住んでいる場所だという研究棟に着いた。
考えていなかったのか、到着するなりシャーリーは恥ずかしそうにいきなり腕を離す。
いろいろあったが、少しの間俺はここの客室で休むことになった。