第百三話 一難去ってまた一難の予感
教皇達を見送った後、少し暇になった。
と思っていたらドラゴン輸送に乗って、俺の近くに来た人物がいた。
シャーリーかと思ったが、それはミュリンだった。
シャーリーを助けてほしいとお願いしに来たときと同じくらい焦っていた。
どうしたんだろうな、ミュリンがあんなに慌てているってことはただ事ではない。
仮にも年長者であるミュリンがあそこまで焦っているなら、よっぽどのことだろう。
それを感じた俺はミュリンの方へと近寄っていき話しかける。
彼女も俺に話がありそうだ。
「ミュリン、どうしたんだ?」
「アトス様、一大事です!エルフィリン樹神国で世界樹から送られていたはずのマナの供給が今日になって急に止まりました」
なんと言った?
マナの供給が停止しただって?!
世界のマナを作り続けていた世界樹になにかあったのだろうか?
本当にただ事じゃなかった。
「マナの供給が止まるって、具体的にはどう大変なんだ?確かに魔法を使うにはマナが必要だけど」
「マナがなくなれば、魔法が使えなくなります。世界樹様はこの世界にとって生命線とも言える存在なのです。
魔法が使えなくなるということは、付随する道具などにも影響が出て、最終的には世界の形が変わってしまいます」
「道具ってことは空間袋とかもか。そりゃあ焦るよな」
俺は魔法の道具については詳しくないが、確か魔法石なども少しのマナを消費するし、使った後も自動とはいえマナを消費し続ける。
ということは世界の生活が成り立たなくなってしまうことになる。
幸いにもこの世界には科学技術を研究しているメクリエンス帝国があるが、世界全体に普及させようとすると何十年もかかりそうだ。
その間に予想はできないが、なにかしら犠牲者が出ることもあり得そうだ。
「いまいち重大さがよく伝わっていないような気がするのですが」
上の空でそんなことを考えていた俺はミュリンに変な顔をされた。
「ああいや、ちょっとマナがなくなった世界を考えていたんだ。重大さは俺もよくわかっているよ。
それで、ミュリンはなんでここに?」
「その、私のような年長者がお願いするのは非常に心苦しいのですが、アトス様に樹神国を救っていただけたらと思って。
私の故郷ですから案内は私が致しますが、お願いできませんか?」
どうやらここに来たのはそれが目的らしい。
この事件、昨日の今日だがダークディメンションが関係しているのだろうか?
樹神国には世界樹の守護としてエルフがいるとシルキーから聞いたが、エルフは何をしているんだろう。
「それはいいんだけど、樹神国の世界樹を守っているエルフ達は動いてないのか?」
「いいえ、行動はしていると魔法通信で聞きました。
しかし、世界樹の周りには魔物の軍団がいくつか現れたそうで、エルフ達だけでは対抗できないと」
魔物の軍団ってな。
仮にダークディメンションが関係しているということならば、魔物も操れるということになるのか?
ダークディメンションが関わっていたとしたら、俺の甘さの結果だな、完全に。
もう少し人を殺すことを躊躇わずすることができればこの事件はそもそも起こらなかったのかもしれない。
「その魔物達はなぜか世界樹のそばから離れないみたいで、エルフ達もまだケガした人はいないそうですけど」
それはおかしい。
なんで攻めてこないのだろう。
世界樹を拠点に侵攻するとすればもうすでに始まっているはずだけど、聞く限りでは世界樹を守っているような感じなのか。
世界樹がマナの供給を停止させたことと何か関係があるのかもしれない。
ともかく、エルフィリン樹神国に向かわなければいけない。
「それは良かったと言ってもいいのかな?」
「良いことでしょう?そういえば、エルフ達に加勢してくれている人間がいるそうですが」
エルフ達に加勢した人間?
何者なんだろう。
エルフィリン樹神国って森と世界樹くらいしかなさそうなイメージがあるので、わざわざ観光するって人もあんまりいなさそうだけど。
「なんでも巫女服のカタナと呼ばれる武器を使う人間と、黒い忍者と呼ばれる服装の人と、オンミョウジという不思議な職業の人の三人だそうですけど」
「うーん?話を聞いていたらそれってミグノニア群島連合国の人間っぽいけど、どうなのかな?」
「特徴からすれば間違いなく群島連合国の人間ですね」
群島連合国については文化が日本的であること、コーツと呼ばれる米らしきものを主食とする国であるということしか知らない。
まあ、群島ってことは数多くの島々にそれぞれ国があって、連合国とのことなので無数の国が集まって一つの国家形態となっているんだと思うけど。
「それはいいや、俺はどうやって樹神国に行けばいい?」
加勢した人間のことは気になるが、問題は俺がどうやって樹神国に向かうかだろう。
「シャーリー様がマジェス魔道国を動かすと言われたので良ければ一緒にどうですか?」
「でも急いだ方がいいんじゃないか?」
浮遊大陸がどれ程の早さで移動できるのかは分からないが、世界の危機に近いものなので一刻も早く向かった方がいい気がするんだけど。
「そうなのですが、アトス様、最近忙しかったから少し休んだ方がいいとシャーリー様が」
へぇ、意外と可愛いんだな、シャーリー。
シャーリーの厚意を無視したくはないので、提案に乗ることにしよう。
「それじゃあ、よろしく頼むよ、ミュリン」
カイやら他の人達に樹神国に行くことと異変が起きたことを話して、俺はミュリンの元へと戻ってくる。
カイには、
「お前、働きすぎたぜ?」
と言われたが。
そんなわけで、初めて乗ることになったドラゴン輸送。
高い、高いぜ……
眼下には遥か下の方にあるフォクトリア大平原。
そこから離れてゼーダ連山を越えるとキラキラ輝く海。
「ドラゴン輸送って凄いんだな」
鞍のついたドラゴンの背中に乗り、座った場所の前には掴まりやすいように加工された棒があって、両手で掴める横長の棒に掴まる。
鞍自体にも皮で作られた安全装置のベルトがあってそれを腰につけるとまるでジェットコースターのような形になった。
余程のことがない限りは落ちたりしないんだろう。
目の前に座っているミュリンが俺の言葉に反応してこちらを向いて反応してくる。
「これのおかげで、物流とかもかなり楽になったんですよ」
故郷が大変だというのに少し笑いながらミュリンは言った。
ドラゴン輸送って現代世界で言えば飛行機みたいな役割なのかな。
もっとも帝国の飛行艇もあることだし、競合相手になりそうだけどね。
余計なことなんだが、あの飛行艇は貨物目的のものとかあるのかな?
軍事力が高いらしいので人員を輸送する目的の飛行艇とかありそうだけど。
「まあ、世界中いろんな所に飛び回れるとそうなるか。ところで魔道国ってドラゴン輸送ない時代はどうやって地上と浮遊大陸を移動していたんだ?」
「聞いた話だと世界中の至るところに転移の魔法陣が刻印された建物があって、それを使って魔道国に来ていたそうですけど」
転移の魔法陣か。
うっかり過去世界に飛ばされたあの魔法陣を思い出してしまった。
あれも転移の魔法陣だったはず。
今の時代はドラゴン輸送の方が手間がかからないから魔法陣を使う人も少ないのだろう。
「そうなんだ。今はあんまり使われてないのかな?」
「ええ、転移の魔法陣は何回か使うと効果がなくなってしまうので、何回も書き直しをしないといけないのです」
そんな理由があるならドラゴン輸送の方がコストがかからなそうだな。
話をしているうちに魔道国が近づいてきた。
柵を越えて地面に着地。
あの柵は落下防止用なんだろうな。
ドラゴンの背中から降りるとシャーリーが待っていた。
「マジェス魔道国にようこそ、アトス。初めてで合っているわよね?」
「うん、ここに来るのは初めてだ」
俺としては早く樹神国に向かった方がいいと思うんだけど、マナがなくなるのはなにも今すぐではないと思うので大人しく休むとしよう。