第百二話 教皇達との話し合い
教国との戦いから一日が過ぎた。
諜報をしてくれているクロノにダークディメンションについても調べてもらうように思念を送った。
どうやらクロノは教国の先遣隊を本隊と合流させないように拘束していたが、教皇の支配が解けたのか、こちらの戦闘が終わった直後くらいに正気に戻ったと聞いた。
一人で何人も制圧できるとかおかしい。
やはり元が時空神なだけある。
教国の教皇はジーベルと言う名前だそうで、アーティファクトが完全に浄化されていなかったことで、自分が魔神の尖兵になってしまったので落ち込んでいた。
やはりというか、俺とルシェルとアイソル、またはメクリエンス帝国の皇帝くらいしか完全浄化能力はないらしい。
しかし、正気を取り戻す直前にジーベル教皇は完全浄化能力を覚醒させたらしく、教皇は俺が浄化したのと同じくらいの真っ白い水晶へと変わったアーティファクトを手にしたらしい。
それで今は俺とルシェルとアイソル、ジーベル教皇で会議的なものをしていた。
「では、やはりアトス様が救世主で間違いはないのですね」
教皇を続けることを決意したジーベルがまず口を開く。
ちなみに、他の人達は気絶から目覚めて休む間もなく今度は畑仕事を始めたらしい。
種などはヴァレッタ村から輸入しているとか。
ほんと、警備隊の人達には感謝してもしたりないくらいだ。
というか、昨日の今日でよく動こうと思うもんだな。
丈夫過ぎてもはや人ではないのでは?とか思いもするが、何も重傷を負った訳でもないからそんなものか。
そういえば、イスターリンが三万の軍を撤退させた戦争があったらしいが、昨日のイスターリンの戦い方を見ている限り強者やこれから戦闘力が伸びていく人としかまともに戦わないんだろう。
いや、そもそもあの殺気に耐えられて戦闘を続行できる人間は果たして何人いるのか。
あれ系は戦闘狂の割には根は妙に真面目だったりする。
イスターリンにはなんか独自の美学があるらしいので俺の考えは間違ってはいないはずだ。
ベルネットを気絶させたときにはお前と戦っても面白くないとか言っていたし。
「ええ、そうですね。それは間違いありません」
教皇の話に頷きながら答えるルシェル。
「俺はそんな自覚ないんだけどな」
俺としては救世主にはもっとふさわしい人間がいるのではないかとか思っている。
アーティファクト集めは次元が滅ぶとか規模がおかしい話で現実感がないが、俺はただ単に次元が崩壊する=俺が死ぬということなので抵抗しているだけだ。
アーティファクト集めに付随するいろいろな事件は割と種類が豊富なので面白くないわけではない。
まあ、人が死んだりとかはごめんだけどな、ネクロマンサーの人とか。
こんなことを考えていることがバレたらいろいろ批判されそうだが、解決している当人としてはそんな精神で解決していないとやってられないのだ。
「それで、魔神は天界にいるとさっき言っていたがそれは本当なのか?」
アイソルが聞いてくる。
昨日、出会って話し始めた時からアイソルは俺と普通に話してくれるので気楽に答えられる。
「ああ、それは本当だ。そこでなんだけど、天界に行く方法とかなにか分からないか?
教国だったら分かるかもって少し期待しているんだけど」
サフィーネが公国に向かっているときにそんな話をしてくれた気がする。
サフィーネ、帰り道無言だったけど大丈夫なのかな?
あれからサフィーネの姿は見ていないが早く元気になるといいな。
「我々が、ですか?」
「うん。魔神を倒すには天界に行かないと行けないんだけど、肝心の移動方法がな」
「移動方法ですか。確かに私も時空神様とアーティファクトを使って話しているとき、天界は別の世界だと聞きましたけど、本当に別の世界なんですね」
天界とはこの世界よりも一段上の次元に存在する世界だと思う。
この世界は全次元を含め、その一段上の世界の天界とは隔絶された別世界なんだろうが、そんな場所に移動する方法は存在しないか、あるとしても封印されていたり忘れられた方法だろう。
「アイソル。教国にそのような伝説を書き記した書物などあっただろうか?ワシは教皇だが、そのような書物はなかったと記憶しているのだが」
教皇が知らないってことはそんな方法はないのだろうか?
アイソルは教皇に聞かれて目を瞑って記憶を思い返し始める。
しばらく沈黙の空気が続く。
「……私も記憶はないですが、教皇様がまだ操られる前、教国の地下図書館で禁書に触れて追放された神官なら知っているかもしれません」
教皇は思い当たることがあるらしく、ひらめいたように頷く。
「あやつか。禁書には軽く世界を滅ぼせる類いの呪いが書かれているものがあるから無闇に触るなときつく厳命しておったのに、許可もなく入ってしまった者です」
教皇はため息を吐きつつ、俺の方を向いて説明してくる。
世界を軽く滅ぼせる呪いとか危なすぎるだろ。
禁書か、現代世界でも禁書があるらしいと聞いたことはあったが。
「しかし、今、奴はどこにいるのか」
「あっ、グリフォールさんなら少し前に教国の最西端の遺跡の町マテ・イグルスに居て、遺跡の調査に手を貸していましたよ」
「マテ・イグルス?」
俺は教国の町など知らないので初めて聞く町だった。
なので思わずオウム返しのように言ってしまった。
「グリフォールはまだ教国内に留まっていたのか?」
「フフフ、教皇庁から追放されたとしても遺跡がたくさんある教国からそうそう離れないと思いますよ?」
ルシェルの反応を見ている限りグリフォールという人間は愉快な人物かもしれない。
なぜかと言えばルシェルが思い出したように笑っていたからだ。
「どこまでも学者なのだな、あやつは」
教皇は頭が痛いように額に片手を当てる。
学者なのか。
しかも遺跡とか古い書物などを調べている辺り、考古学者のような人間なのかもしれない。
「確かに、そのようですね。追放される直前も伝説を記した禁書を探していたと言っていましたが」
ああ、うん。
考古学者が過ぎるとそんな人間もいるだろう。
「あやつめ、追放された時も“これで存分に歴史を死ぬほど調べられる!”と嬉しそうだった」
頭のイカれた人間のようだ。
そんな人物に頼らないといけない教皇の心情に少し同情する。
「この間マテ・イグルスで会ったときも書物を片手に楽しそうに私に話しかけてきましたよ?」
「性格に難があるが、伝承研究者としては信頼できるからな、グリフォールは」
「また変な人がいたもんだな」
ともかく、移動方法については教国に任せるしかないか。
「移動方法については我々にお任せください。アトス様はまずアーティファクトをお集めになることに集中されると良いでしょう」
「ああ、任せたよ。なにもないよりは全然いいし、俺も少し楽ができるよ」
これで移動方法についてはなんかなるといいな。
俺も問題の一つが解決に向けて前進し始めたことで少し安心した。
「ところでお前は我々と共に教国に帰るか?」
アイソルが話も終わり始めた頃にルシェルに聞く。
するとルシェルは首を横に振る。
「いいえ、私はアトス様と共にいることにしますね!聖女としてはやはり救世主様の近くにいることが大事だと思いますから」
「ふむ、そうか。アトス、変な妹だがよろしく頼む」
「変な、は余計ですよ、兄さん」
頼まれてしまったが、まあ教国との戦いやダークディメンションとの戦いでルシェルの存在は大きかったし、いいか。
「分かった、教皇さんとアイソルも道中気を付けてくれ」
「それは大丈夫です。私にはついてきてくれた10人以上もの神官もおりますから」
「そういえばそうだったな」
昨日の夕方の話だが、気絶した他の神官が目が覚ました後それぞれの神官が敵対行動を取らないかと少し警戒しながら様子を見た。
だが、そんなことはなく、話を聞いてみると元々教皇の人柄が好きで仕えていた者達が多かった。
汚染されたアーティファクトの影響でそれが狂信的になってしまっただけの人間達だった。
故に、今の他の神官達は敬虔な神官へと戻っていた。
あの神官達もアーティファクトを持っているので心配する必要もなかったな。
「まあでも、それくらいは言うさ。今のこの世界じゃ、なにか起きてもおかしくないからな」
「お優しい言葉、ありがたく頂戴しておきます。
アトス様、我々もダークディメンションの動向には警戒しておきます。
つきましては、これからフォクトライト自由連合国とアトロパテネス教国との間で情報共有を常時取りたいと思いますが、可能でしょうか?」
「ああ、それは問題ないと思う。レスリさんにお願いしておくよ」
「分かりました、では我々もレスリ殿に挨拶をしてから出発するとしましょう」
ということで、レスリと魔法通信のやり取りを決めた後、教皇とアイソルは他の神官達と共に自国へと帰っていた。
これから大変そうだ。