第百話 終結直後、倒れる
教国やダークディメンションとの戦いが終わって、カイに回復魔法をかけた直後、俺はいきなり地面に倒れた。
「あっ、やば――」
アーティファクトを使って魔法のノートに文字を書くのは思ったよりも精神力を消費するらしい。
回復したカイが倒れたままの状態で俺を心配して話しかけてくる。
「おい、大丈夫か?意識が朦朧としていたからよく覚えてないが、アーティファクト使ったんだろう?」
「うん、そうなんだけど。みんなと違ってどうも精神力を多く消費しないといけないみたいだ」
文字を少し書いただけでこの様だと、もっと長く書いたらこれより大変なんだろうか?
しかし、使用中は精神力をどれ程消費しているのか全然分からなかったので、もしかしたら俺がアーティファクトを使えるのは一日一回だけなのかもしれない。
可能性としては使用中は精神力を消費しないが、効果が切れると一気に精神力が削られる構造なのだろうか?
「アトス!大丈夫なのか?!」
アイソルが倒れたのを見て慌ててこちらに来たようだ。
「気絶するくらいじゃないから大丈夫だろう。それよりもみんなの回復とかお願いしてもいいか?」
俺はそう言うが、体が重いのでしばらくは動けなそうだ。
意識を保っているのはこの場所ではカイ、セレスティ、教皇、アイソル、ルシェルくらいなものだ。
今回の戦いは危なかった。
もしイスターリンが本気だったとしたらこんな程度の被害では済まなかったと思う。
イスターリンは完全に戦闘力が完成された人間としかまともに戦わないんだろう。
戦闘中にも関わらず勝手に撤退しようとしていたくらいだし。
「ダーリン無理しないで休みなよ?他の人の救助は僕達がやるから」
近くで俺とカイのやり取りを見ていたセレスティは俺の近くまで来ると、しゃがんで俺の顔を覗き込みながら太ももに肘をつけ両手で頬杖をして言う。
「ああ、すまない、頼むよ」
「気にしないで、僕は今回何もできなかったからこれくらいはお安いご用だよ」
セレスティは死神だから今回は積極的に参戦できなかったので申し訳なく思っているようだ。
アイソルがセレスティを見て驚いた顔をする。
「君は、もしかして死神なのか?その白銀の髪に真紅の瞳。死神の特徴だ。
それにその服装は神力を感じる」
セレスティがいつも被っていたフードはいつ脱げたのか白銀のツインテールが風になびいてゆらゆらしている。
「へぇ、教国の神官では珍しいね、神力を本当に感じられる人間はあんまりいないんだけど」
アイソルの質問に面白そうな顔をしてセレスティは答える。
「神力ってオーラみたいなやつ?」
顔だけセレスティとアイソルの方に向けて俺は聞く。
「うん、そうだよ!ダーリンはあまり神力は感じられないみたいだけど、仕方ないよ。
時空神様が自ら加護を与える人間はこれまで誰一人として居なかったし、加護を与えるってことは他の神よりも一段上の神の扱いになるから下位の神のオーラや神力は感じづらくなるんだ」
はい?
何を言っているんですかね、死神さんは。
他の神よりも一段上の神?
それって主神みたいな存在じゃないか?
マジかよ。
「!時空神アトロパテネス様が自ら加護をお与えになった人間?!」
少し遠くでぼーっとしていた教皇は驚きすぎてビクッと一瞬座った姿勢のまま宙に浮いた。
驚きすぎじゃね?
「俺は間近で見てはいなかったが、本当にそうならルシェルが言うようにやはり救世主なのだろうな」
「だから言ったじゃありませんか!アトス様は救世主様だって!」
倒れた仲間を介抱してくれていたルシェルがしてやったりと笑いながらアイソルを面白そうに見て言う。
仲の良い兄妹だな。
「妄想かとずっと思っていたが、妹の言うことは正しかったようだな」
「わ、私は何と言う過ちを……救世主様を亡き者にしようとしていたなど、これでは教皇失格ですね」
何やら教国側は今の話を聞いてあたふたしているようだが、俺はそれどころではないのでぼんやりとそのやり取りを眺めていた。
それを聞きながらカイは少しニヤッとして俺の方に顔を向ける。
「お前、本当に何者なんだよ。ただの小説家さんが救世主だぜ?」
俺はただの一般人で売れない小説家です、はい。
救世主とか言われてもピンと来ないんですよ。
そもそも死にたくないからアーティファクト集めているだけだしな、俺。
まあ、カイの体なら全次元消滅しようが余裕で生き残りそうなのが怖いけどな。
「それ以前に、私は敬虔な教徒を何人もいたずらに殉教させてしまった。
私は教皇ではいられないでしょう」
俺は教皇がどんな人間なのかは知らないので何を悔やんでいるのかよく分からない。
殉教ってことは死んだ人間か。
それに教皇曰く、何人もとなると確かに教皇をやっているわけにはいかないのだろう。
それを聞いたアイソルは教皇の方へと慌てて駆け寄り片膝立ちをして教皇を見る。
「確かに、過去の罪は消えないものとなるでしょう、それは私にも分かります。
しかし今、教皇様はこうして正気を取り戻して下さいました。
亡くなった教徒のためにも罪を背負いながら贖罪のために、国を建て直すために教皇を続けるのも必要ではありませんか?」
そう諭すアイソルに対して教皇は困惑の表情を浮かべる。
「だが、そのような罪を背負った教皇など過去に存在してはおらぬ。
まだ処刑された方が楽だ」
「それは逃げるということです。罪と向き合わず逃げたということになれば、教国が造られて以来の黒歴史となります。
私はそのような教皇様を一生許すことはできなくなるでしょう。
ですからどうか続けてください、一教徒として教皇様の愚行を止められなかった私も一緒に罪を背負いましょう」
何と言う高潔な言葉なのだろうか。
俺はアイソルと教皇を眺めながら、そう思った。
アイソルとは教国においては信仰の深い神官の一人なのかもしれない。
教皇に対してあんなにまっすぐに堂々と贖罪の道を説く人間はそうそういないだろう。
「よいのか?今までの教皇の中でこれほどの罪を持った者はいないのだぞ?
お主もあらゆる汚名を着せられることになるかもしれない、それでもワシと共に贖罪をすると言うのか?」
アイソルは教皇の言葉に動じず、それに答える。
「覚悟はとうの昔にできております。私はただの神官ですが、信仰の深さにおいては教国でも一番だと思っております。
もし教皇様が正気を取り戻せなかった時、私は自ら国を建て直すことを決めていました」
「フフフ、これではどちらが教皇なのか分からんな。
……分かった、ワシも贖罪の道を選ぼう。
共に来てくれるか?」
教皇は根負けしたのか、目元に涙を浮かべ笑いアイソルにそう聞く。
アイソルは胸の前に片手を持っていき、大きく、深々と頷き一礼する。
これから教国は大変だろうが、あの二人ならば教国を建て直すこともできるかもしれない。
こうして教皇はアイソルと共に罪を背負いながら歩くことを決めた。
俺はそれを見届けたあと、限界だったのか、そのまま平原で寝たのだった。
気づいたらもう百話。
ここまで読んで頂いた皆様に感謝を
ありがとうございます!