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目を開けた瞬間、多量の記憶の波に襲われた。
ミリアム・オルブライト伯爵令嬢、十五歳、銀髪、碧眼、痩せっぽっちで背も低い。
それが私。
十四歳までは平民として暮らしていた。
父親の記憶はないから、きっと母親が一人で育ててくれたのだろう。
駆け落ちをしたまま行方知れずだった娘から、死ぬ間際に来た連絡で孫の存在を知った祖父。
駆けつけたときにはもう間に合わなかった。
最期のほんの僅かな時間だけ、母は生家で過ごした。
意識はほぼ戻らず、私は祖父と一緒に母を見送った。
喪服を着たまま部屋の隅で蹲るように眠るミリアムに、祖父は友人を作らせようとした。
全てはそこから始まる。
彼との出会いも。
「お嬢様、ミリアムお嬢様。お時間でございます」
開けられたカーテンの光を浴びながら、二十九歳の記憶も持つ私は俯いたまま侍女のアルマにうなずく。
「おはよう、アルマ」
「おはようございます、お嬢様。そして入学おめでとうございます。お式には十分間に合う時間ですが、今日はお早めに出られた方がよろしいでしょうね」
「そうね」
動揺は顔に出さずにいけたようだ。
アルマは私の身支度のための準備をいつも通りしている。
入学式、、、それってあのエドワードと出会っちゃう場所よね?
前のミリアムがどう思っていたかは置いておいて、私自身は正直なところ、あんな人前で婚約破棄するような感じ悪い男とくっつく気はなかった。
どんなにイケメンでも身分が高くてもごめんだ。
今持っている記憶を頼りになんとかうまく逃れたい。
そしてできることなら殺されずに生き延びたい。
婚約破棄現場の記憶の最後に閃いた刃の残光に心拍が上がる。
一番簡単なのは、関わらないことよね。
平民上がりの伯爵令嬢なんて育ちが悪いと敬遠されるだろう。
友達ができないのは寂しいが、あんな事態になるよりはましなはず。
身支度を整えた私は不吉な未来を変えるべく、一歩踏み出した。
平和だいじ。