(7/14)有名人の旦那さん
社食で上条に会う。
「おーっ」
「おーっ」と手を振りあった。
「新婚旅行どうだったー?」
「モルジブ! 最高だったよ! あ、花沢。今日屋上で食べない?」ミツヒコにっこり「じゃあ自販機のパン買うわー」
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「今日は風が気持ちいいなー」
「サイコーだなーっ」
屋上には小さなベンチがあって、天気の良い日はここで食べるときもある。抜けるような青空。光が透ける白い雲。
花沢光彦と上条誠也は空を仰いだ。
「なー。かみじょー」
「なに?」
上条がハム入りのバケットをかじった。上に黒コショウが振ってあるタイプ。
花沢はコーヒー牛乳を飲んだ。
「結婚て楽しい?」
「わっかんねーなー」上条が笑う。
「まだ新婚旅行から帰ってきて数日だしなーっ」
「ふふっ」花沢も笑う「これからだな」
「なに? 花沢は中原と結婚すんの?」
「んー。考え中」
「俺はやだね。あんなゴリラみたいな女」
「人の彼女ゴリラって言うな」
「お前が言い出したんだろうが」
ミツヒコはガックリ来た。そうです。その件では100万回くらい後悔しました。
上条が何かを柵の外に投げた。ストローの包み紙あたりだろう。ダメだろそんなことやったら。
「何悩んでんの?」
「いや結婚ってさー。何のためにすんだろうなあと思ってさー」
「何のため?」
「だってさあ。オレも紗莉菜も経済的に自立してるし。住むところもあるし。特に人に食事を作ってもらう必要もないし『現状大きく動かす必要ないんじゃないの?』って」
「そらそうだわ」
「上条はなんで結婚したの?」
「周りがウルセーからだなーっ」
やっぱり。
「特にカオリがなーっ。会うたびに『結婚すんの?』『結婚すんの?』って。黙ってもらうには結婚するしかなかったなぁ」
ふふふ。宮野さん。ああ見えて押しが強いからね。
「花沢さぁ。お前とにかく考えすぎんだよ。人生は『将棋』じゃないんだからさあ。100手先まで読んだところで袋小路にはまるだけだろうが。思い切って飛んでみてもいいんじゃないの? ちなみに俺はあんなゴリラの面倒見るのは嫌だ」
「ゴリラって言うなって言ってんだろ!」
上条がベンチに両腕を掛けながら空を見て「ははははーっ」って笑った。言葉を続ける。
「そうだなぁ。1つ言うなら。中原紗莉菜はウチ1番の有名人だろ?取引先もみんな彼女の存在だけは知ってるだろ? だからもし中原と結婚したらお前一生『あの中原さんの旦那』って言われるだろうなぁ」
うん。
「そういう。一生日陰みたいな人生にお前が耐えられるかってことだろな。『有名税』だよ。良くも悪くも中原について何か人に言われる。それを死ぬまで引き受けられるかってことじゃないの? たまにすっごい女優さんと結婚する売れない俳優とかいるじゃん」
うん。
「みんなにうらやましがられるだろうけど本人が幸せかというと。別の話だと俺は思うけどね」
あとはあまり喋らず上条はハム入りバケット花沢はホットドックを食べた。陽射しは暖かかったけど風は止まってしまった。2人でなんとなく足下の影を見ながら食べた。
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崩壊の兆しは些細なことであった。
【次回】崩壊の兆し