(5/14)ハムスターと空のゲージ
夕飯までには山梨の実家についた。久々に家族で食卓を囲んだ。姉の桃花が小さな子供を2人連れて遊びに来ていた。『トーカねえちゃん』だ。
トーカ姉ちゃんは大変そうだった。食事中も子供がよじ登ってくるので右手で箸を動かしながら左手で幼子をホールドしている。
子供たちが寝てから姉に相談をした。この人に話すために実家に帰って来たのだった。
桃花はコーヒーを前に体育座りした。
「うーん。結婚ねぇ」
「オレまだ26歳だしねぇ」
「彼女同い年だっけ」
「同学年。まだ25」
「まぁ。令和だとだいぶ早い結婚て気がするよね」
そうだよね。オレたちの両親の頃は25歳は『クリスマスケーキ』なんて言われて。この年を過ぎると売れ残るなんて言われてたらしいけど。もうそんな時代でもないしねぇ。
2人とも働いているとか当たり前だし。
仕事もまだまだ安定してないし。
「でもさー。男と女じゃ流れてる時間が違うんだよね」と桃花が言った。
「そうなの?」
「そうなんだよ。女っていうのは『子供をいつ生むのか』って大問題なんだよね。30過ぎたらお見合いで『足切り』に合うようになって。35過ぎたら高齢出産になって。40過ぎたら妊娠もなかなか難しくなるんだよ。結局生き物だからさー」
「そうかー。子供かー」
隣の部屋で寝ている甥と姪の顔を見た。ふっくらした顔の可愛らしい2人だ。ふすまが開いてるけどまぶしくないかな。閉めてあげた方がいいんだろか。
「女はそうやって砂時計の砂が落ちるのをいつも横目に見ながら生きるんだよ。確かに仕事は大事だけど。仕事が軌道に乗るの待ってたら結婚できない気がするでしょう」
「そんなもんなのか」
「あんたの彼女もさー。今ならあんたを待っててくれるかもしれないけど。28歳くらいから焦り出すよ。このままあんたといても結婚できないかもと思ったらずっと笑顔ではいてくれないよ」
「うん」
「あんたがさー。『結婚したくない』と思うんなら別れてあげるのが『愛』なんじゃないの? 手放してあげるっていうかさー」
『愛』
「それが嫌なら腹をくくるしかないんじゃないの? 彼女は『結婚したい』って言ってるんでしょ? 放置はだめだよ」
ミツヒコは眠るために自分の部屋に行った。小学校3年から親が与えてくれた専用の部屋だ。空の『ハムスター』のゲージがあった。
ゲージを撫でる。
ミツヒコが小3のときに親が買ってくれたツガイのハムスター。長生きしてくれて。子供も産んでくれて。可愛がった。
ハムスターはいなくなったのに10年以上も捨てられなかった。
「ハムスターみたいに鈍感で何も考えてない女」
と言うと『ふふふ』と笑った。紗莉菜が言われてしまった言葉だ。言った同期の子は紗莉菜とミツヒコが付き合っていることを知らなかった。『花沢王子様と付き合えるのは何も考えていない女』
20代が、女性の結婚適齢期なのだとして。男はいつが結婚適齢期なんですか?
この空のゲージのように。彼女もいつかいなくなってしまいますか?
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日曜日には山梨から東京に戻った。月曜は普通に出社した。『希望書』を提出した。
1週間後に部長の小和田に呼ばれた。面談だ。ミツヒコは内心『どうしたんだろう』と思った。
面談は普通課長レベルで、部長はそんなとこまで感知しない。それをわざわざ『希望書の件で』と言われてしまったのだ。
かしこまって部長室のソファーに座ると書類を持った小和田が入ってきた。
いきなり言われた。
「花沢くん。これ。本気?」
【次回】そんなことでは消えない。