(1/14)圧が強い
圧が強い。
花沢光彦が中原紗莉菜と付き合っていることが公に知られると「とにかく結婚しろ」の大合唱になった。
わかってはいたが、予想の30倍は攻勢がきつい。すさまじい外圧であった。
まずは両親だ。
山梨に住んでいる両親は毎年秋になると山のように果物を送ってくる。そこまではいい。
ある日紗莉菜が「お礼が言いたい」とミツヒコの携帯電話から両親に電話した。この時期になるとたらふく美味しい果物が食べられるお礼である。そこまでもいい。なぜか紗莉菜が自分の住所を告げていた。
後で聞いたら質問されて答えたらしい。
この時点で『なんで?』とは思った。
両親が紗莉菜の家にまで果物を送りつけるようになった。まあいい。両親と彼女が仲良くできるならそれに越したことはない。
問題はある日母親からからかかってきた電話だ。
「ミツヒコ〜。この間さっちゃん(紗莉菜のこと)のお父さんとお母さんが遊びに来てくれたのよー」
はいいいい!?
「なんか山梨に旅行に来たついでに寄ってくださったのよー。背の高い素敵なご両親で!! お母さんたちすっかり意気投合したのよー!!! ミツヒコー! あの娘に決めちゃいなさいよー」
なんで! 彼女を親に紹介する前に!! 両親が! 挨拶に行っちゃってんの!!! あの猪突猛進親子がっ!!!
思えば最初からあの親子は左右を見ていなかった。
付き合って半年くらいたったときのことだ。
『もういいだろう』と紗莉菜を車で家に送っていった。今までは別の場所で待ち合わせしていたのだ。きちんと挨拶をしてこれからは直接家に迎えに行き、家に帰せばいい。
緊張して玄関にたたずんでいるとパタパタと父親と母親が走ってきた。そして父親にいきなり両手を握られた。
「君がミツヒコくん〜!? 娘から話は聞いてるよー!!! これからは私のこと『お父さん』て呼んでねー」
早すぎるだろ!!!!!
ドン引いた。
「え? あ、よ、よろしくお願いします……」と最後はモニョモニョしてしまった。それ以来『うちの婿殿』的な扱いを受けるようになったのだ。
あの。親子は。まっっったく左右を見ない。
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さらに同期からもやいのやいの言われる。
「いつお前ら結婚するの!?」
「早くして!?」
「この間中原に4次会まで飲まされたんだけど!? 帰してくんないんだけど!? さっさと花沢が迎えにきて!? そんであのゴリラ引き取って!? そのために早く一緒に住んで!」
「とにかくあいつをなんとかして!?」
いや、オレは彼氏なのであって『お世話係』ではないと思うのだが、誰も聞いていない。
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さらに社長。取引先の各社長。
『あの中原に彼氏が』と広まった途端社長の飲み会に呼ばれるようになった。客寄せパンダである。まだ入社4年目なのに緊張する。
中原の隣に白い眼鏡で50代くらいのクネクネ〜っとした男がやってくる。
「やっだぁ! さりなっち。この子が彼氏!? チョーカワイイじゃーん」
「そーでしょー。たっちゃん! 取っちゃだめだよーっ」
「うっそ。取っちゃいたーい♡」
白メガネにムギューッとされる。これは抱きしめ返すのが正解なの? とりあえず愛想笑い。
「さりなっちさー。新婚旅行はどうすんの? ワイハにしなよーっ。ワ・イ・ハ♡アタシのコンドミニアムがあるからさーっ。何泊でも泊まってけっ!!」
「キャー! たっちゃん! めっちゃ嬉しいわー♡(ここで紗莉菜と白メガネが抱き合った)でもさー。2人で泊まっても寂しいよ! たっちゃん付いてきてよー♡」
…………取り引き先の社長がついてくる新婚旅行………とは?
「サイコー♡さすが紗莉菜っ。じゃあ夜は女子会ねー♡シャンパン用意するわー♡♡」
ついてくる気だ。
なあ。紗莉菜……。君。ノリノリでお話してるデザイン会社社長の今野樹さんね。総資産知ってる?
560億だぞ。
樹ことたっちゃんが紗莉菜とチューってしてる。
『オレこの人と今日から間接キスかぁ』と思うと全てのやる気がなくなった。
【次回】結婚しろよ、結婚しろよ、結婚しろよ。
【2020年9月5日初稿】