桜の木の下で
短編初挑戦です。
丘の上にどっしり構える1本の大きな桜の木の下に向かって歩いている女性がいた。
今日はお日様が元気に世界を照らし、空には雲一つないぽかぽか陽気で絶好の昼寝日和だ。
「今日は天気がいいわね。あの人と一緒に昼寝できたらいいのに。」
そういいながら、彼女は木にもたれかかりそっと目を閉じた。
彼との出会いはこの桜の木の下だった。
私はもともとこの桜の木の下が好きで、昼下がりにここにきて読書をするのが習慣になっていた。
いつも通り私が読書をしていると、彼がやってきた。
彼は新しくこの村にやってきた人で今日からここで暮らすらしい。
「この桜とても大きくて綺麗ですね。」
「そうでしょ。この桜はこの村のシンボルみたいなもので、私もこの桜が大好きなの。」
私のテンションの高さに少しだけ、びっくりしてたみたいだけど
「この桜がとても好きなんですね。」
と彼は笑って返してくれた。
「この場所にはよく居るんですか?」
「ほぼ毎日来てここで本を読んでいるの。」
「じゃあこれからもここに来てもいいですか?」
「もちろん。」
それから彼と一緒に毎日のように桜の木の下で会話していました。
彼はここに来る前は王都で画家をしていたそうなんだけど、自然を求めてこの町にやってきたそうです。
彼の書いた桜の絵はそれはそれは綺麗だった。
「君に渡すために書いたんだ。」
「ありがとう」
その絵は今私の寝室に額に入れて飾ってあります。
それからも交流は続き、ある日彼からお話があると言われました。
桜の木に行くとすでに彼が待っていました。
「話って?」
彼は袋の中から一枚の絵を取り出し、私に差し出しました。
それは私の似顔絵でした。
「僕と付き合ってください。」
私は嬉しくてその場で
「はい。」
と即答しました。
それから私たちは、同棲することとなり、幸せな日々を過ごしていました。
ある日の昼下がり。
村長が村の人を集め集会を開きました。
その内容は、最近雨が少なく村のすぐそばを流れる川の水も減水してしまい、農耕に影響が出ていてこのままでは村が飢饉に陥ってしまうという内容でした。
そこで水を司る竜神様に雨ごいの儀式をするために、生贄が必要だということ。
そしてその条件にあてはまるのが私しかいないこと。
儀式は明日執り行われることが決まりました。
彼は私が生贄になることに対して、村長に猛抗議を行ってくれました。
「どうして彼女が生贄にされなければいけないんだ。雨が降らないのだって、ただ天運が悪いだけだし、川の水があんなに減ったのだって何か理由があるはずだ!」
「天運をいいほうに導くための生贄です。川の水が減ったのも雨が降らないからでしょう。」
と跳ね除けられてしまいました。
そのまま家に戻ると、彼は何かに、この村の儀式に、伝統に怒っていました。
「くそ。なんで君が生贄にならなきゃいけないんだ。君はそれでいいのか?」
「私はもちろん死にたくないけど、それで大好きなこの村の危機が去るのならしょうがないことだと思ってるよ。」
「そうだ。このまま王都に逃げよう。そうすれば君は生贄にならずに済むし、お金は僕の絵で稼いで見せる。だから。」
「気持ちはとてもうれしいけれど、それじゃあこの村の人々を見捨てたことになっちゃう。ごめんね。私はこの村を離れられない。」
「なら僕は川の減水の正体を探して解決する。それで君が生贄にならずに済む。それならいいだろ。」
そういい捨てて彼は家を出ていきました。
彼を追って家の外に出ると、村長がいました。
儀式の準備をしなければならないから来てくれとのことでした。
私は彼のことが気になりながらも渋々村長についていきました。
彼女を助けるために川の異変の正体を突き止めなければならない。
その為には何人か仲間が欲しい。
そうして僕は、特に仲のよかった与一に声をかけ、一緒に川の異変調査に向かうことにした。
もう夕方で暗くなってきていたが、今は時間が惜しい。
与一に準備を整え、夜にまた落ち合おうと約束し別れた。
家に戻りランタン、簡易的な食糧、テントなど調査に必要そうなものを準備した。
まだ家に彼女はいなかった。
「行ってきますとか言いたかったな。」
彼女に気持ちを伝えるために書置きを残していくことにした。
「明日の儀式までに、必ず川の異変を突き止めて帰ってくるから。安心して待っていてください。」
与一と落ち合い調査へと向かった。
まず川沿いに歩き上流を目指すことにした。
特に異変もなく森に入ろうかというところまでやってきた。
もう辺りはランタンの光が無ければ何も見えず、これ以上の調査は危険だろうということで、テントを立て朝まで休憩をとることにした。
翌朝テントを片付け森の中に入っていった。
森の中は少しぬかるんでおり、足元に気を付けながら慎重に進んでいった。
「こっちのほうは雨が降っていたのか。ならなぜ川の水は減水していたのだろうな。」
「まだわからない。もっと先へ進んでみればわかるかもしれない。」
もう昼になってしまった。
雨ごいの儀式は、今日の夜に村外れの祭壇で行うと言っていた。
夕方までには見つけ出さないと、もし見つけても間に合わなくなってしまう。
そんなことを考えながら、川沿いに進んでいくと前方に見える斜面がえぐれていた。
急いでその下まで向かった。
地面のぬかるみはより一層ひどくなっていた。
えぐれた斜面の下に着くと、そこで土砂崩れが起きていた。
大きな岩が川をふさぐように落ちてきていて川の水が外側に溢れてきていた。
おそらくこの辺りは雨が振りやすく、このような状態になってしまったのであろう。
そうと分かれば一刻も早く報告に村に戻らなければ彼女が生贄として無意味に殺されてしまう。
僕は村に向かって走り出した。
「あ。ちょっと待てよ。」
与一の呼びかけにも応じずにとにかく無我夢中で走った。
今からだと間に合うかどうか微妙なラインだ。
ぬかるんだ山道を泥が跳ねることも気にせず、ぬかるみで滑り転倒してもすぐに立ち上がり走り抜けた。
そうして森を抜けたころには、すでに日が落ちかかっていた。
「間に合ってくれ。そうじゃないと君に面目が立たない。助けると啖呵を切っておいて最後の日にそばにいてあげられず悲しい思いだけを残してさよならになってしまう。そんなのは嫌だ。だから絶対に君を助けるんだ。」
ひたすら走り続け、儀式が行われる祭壇にたどり着いた時には、儀式はすでに始まっていた。
村長についていくとまず、儀式の説明を受けました。
儀式の流れはこうです。
まず祭壇に祈りを捧げ竜神様をお呼びします。
次に村長が式句を読み上げ、専用の白服を着て化粧をした私が竜神様に見えるようにお酒を口づけ、祭壇の上に上がります。
最後にその私をお酒と塩で清めた弓矢で射貫いて、儀式は終了なんだそうです。
なんでもそれにより魂が竜神様に捧げられ願いが届くそうなのです。
私は村長に自分の亡骸を桜の木の下に埋めてほしいと頼みました。
村長は少し悲しみを浮かべ
「すまないね。こんなことを頼んでしまって。もちろん引き受けよう。君の亡骸は、あの桜の木の下に。」
「ありがとうございます。」
村長の家を後にした私は親しい友人たちと話をすることにしました。
一通り話終わり、家に戻っても彼の姿はありませんでした。
テーブルの上には一枚の書き置きが残されていました。
「助けようとしてくれるのは嬉しいけど、今晩は一緒にいたかったな。」
そんなことを思い馳せながら、私は眠りにつきました。
次の日の朝。
目が覚めても彼の姿はありませんでした。
村の人々に聞いてみたところ、彼と友好の深かった与一さんと一緒に行ったきりまだ帰ってきてないそうです。
「あなたの彼は何してるのかね。彼女が今日生贄としてささげられるって時に。」
「彼は私を助けようとしているんです。今もきっと私のために必死になってくれてる。それだけで私は満たされているんです。」
それから村長の家で儀式のための準備を行いました。
白服に身を包みお化粧をして準備万端です。
やっぱり怖い気持ちはありますけど、生贄としてこの気持ちは抑えなければなりません。
ただ1つ心残りは最後に彼とお話ししたかったなということです。
村長の家から祭壇に移動し、儀式が始まりました。
みんなで祭壇に祈りを捧げ竜神様をお呼びします。
そして村長が式句を読み上げ、私は竜神様に見えるようにお酒を口づけ、祭壇の上に登っていきました。
階段を上っている間、彼との思い出ばかりが思い出されました。
今までの日々がものすごく充実していてかけがえのないものだったんだと。
まだ幸せな日々を過ごしていたかったなという強い思いが胸の中に巻き起こりました。
そうして祭壇の上まで登り切った私を打ち抜く弓が引き絞られ放たれたとき、彼が私を跳ね除け彼の胴体に深々と矢が刺さっていました。
「なんで。あなたがこんなことに。」
「川の・・原因は分かった。・・僕と一緒に行った与一が証明してくれる。君を助けることはできたんだ。僕の願いは叶った。ただ君を不幸にしてしまうことを許してほしい。」
「このまま死ぬのは許さないから。絶対に生きて。また一緒に暮らそう。ね。」
「ごめん・・ね。」
それから彼は静かに息を引き取りました。
その後祭壇に現れた与一から調査の結果の説明があり、後日土砂の撤去作業が行われることになりました。
彼の遺体は私たちの一番の思い出の場所である桜の木の下に埋められることになりました。
その時は、私の悲しみに呼応するかのような大雨でした。
私は悲しみで3日間寝込んでしまっていましたが、友人たちのおかげで何とか立ち直ることができました。
あの桜の木の下がより一層私のかけがえのない場所になりました。
彼の書いてくれたあの桜の絵と私の似顔絵は、私の一生の宝物です。
今では私もすっかり年老いてしまいました。
もう先は長くないと告げられました。
「待たせてごめんね。もうすこしであなたのもとに行けるから。」
私はいつものようにあの桜の木の下に向かいました。
今日はお日様が元気に世界を照らし、空には雲一つないぽかぽか陽気で絶好の昼寝日和だ。
「今日は天気がいいわね。あの人と一緒に昼寝できたらいいのに。」
私は閉じようとする瞼に抵抗することなく、目を閉じた。
「こんなおばあちゃんになっちゃたけどごめんね。」
「大丈夫だよ。君がどんな姿になろうとも愛せるから。むしろこんなに長い時間一人にしてごめんね。」
「ふふ。お互い様ね。さあ行きましょうか。」
読んでいただきありがとうございます。