ようこそ♪ 廃村肝試し。
何の変哲もない日の、何の変哲もない夜の出来事――。
「おっつ〜」
「おっつ〜、ケンジ遅かったじゃな〜い」
「バイトがちっと長引いちまってな。そんな事より、知ってるか? 隣の県の廃村に……出るんだってさ」
「出るって何が?」
「これだよこれ」
「これって……お化け?」
「またまたぁ〜」
「いや、バイト先の先輩がさ、見たって言うんだよ。先週仲間内で行った時に」
「えぇ〜、何かの見間違いじゃないの〜?」
「だからさ。オレ達で確かめに行かね?」
「面白そうだな」
「アタシコヮイのヤダァ〜」
「ダイジョーブだって。何かあってもアイナはオレが守ってやっからさ!」
「マジでぇ〜?」
「マジマジ。大マジだって!」
「やっだ。チョ〜頼もし〜んですけどぉ〜」
「たり前じゃん。マヤはどうする?」
「皆が行くならワタシも行こっかな?」
「よっし、決まりだな。思い立ったが吉祥寺って言うし、今から行くか」
「えっ? 今から!?」
「コウイチ、解ってんじゃん」
「いこいこぉ〜」
「もぉ……仕方ないなぁ」
そうして彼ら――ケンジ、コウイチ、アイナ、マヤの4人は、クラブを後にするとケンジの運転する車に乗り込み一路、件の廃村へと向かった。
「……随分山の中に有るんだな?」
「先輩の話じゃもうしばらくは先だって言ってたな。カーナビにも後5キロくらいだって出てるし……それにしても何でこんなに道デコボコしてんだ? 運転しにくいったらないぜ」
「誰もこの先になんて行かないからじゃない?」
「うっわ。見て見て、ケータイ圏外なってるよ? アタシ圏外になる場所来るなんて初めてかも」
「マジか? 道は悪いし電波は届かないし、最悪な場所だな」
「だから誰もいなくなったんでしょ」
「だからかぁ〜」
と、車のスピードが落ち、程なくして停車する。周囲は墨を落としたかのように暗く、耳鳴りを起こしそうな程静まり返り返っていた。
「どうしたんだよ、ケンジ?」
「見てみ?」
顎でフロントガラスの向こうを指すと、ヘッドライトに照らされた杭2本とそれらを絆ぐチェーン、そして『立ち入り禁止』の立て札がうっそりと浮かび上がっていた。
「こっからは歩きみたいだな」
「うっそ、まっじ? こんなとこ歩くの??」
「帰りたくなってきたわ……」
「ここまで来てそれは無いだろ? さ、行こうぜ」
4人が車を降り、スマホの明かりを頼りに道を歩き出す。
暗闇に向かって伸びる凹凸の激しいアスファルトの道の左右には、生半可な者の侵入を拒むかのようにみっしりと、木と藪が生える森が広がっている。
「ホント、不気味な所ね……」
「やだ……マジコヮイんですけどぉ〜」
「何言ってんだよ。村まではまだ先だぜ?」
「そうそう、こんな所でもたもたしてっと日付け変わっちまうってさ」
「でもぅ……」
「ならアイナはここで留守番してるか?」
「絶対ヤダ!」
「だったら行こうぜ」
「うぅ……解ったわよぅ…………」
ネオンは言うに及ばず星明かりすら禄に無い夜道を先へ先へ進む事、凡そ10分――。木々が疎らになり遂には目の前が開ける。
辺りは人の手の入らない深い森から、田園広がる農村へと景色は移ろった。
「人……居ない〜……」
「そりゃ廃村なんだから居る訳ないじゃん」
「畑か田んぼか解らないけど草ぼうぼうだな」
「ホントに何か出て来そうね……ねぇ、お化けの目撃場所って何処なのよ?」
「確か家に入ろうとした時、人影が現れたとか言ってたかな?」
「だったらあそこじゃない〜?」
荒れ果てた耕作放棄地の中にポツンと浮び上がる平屋の廃屋をアイナが指差す。4人はその廃屋への前まで赴き様子を窺う。
「ここ……か……?」
「いや、ここかどうかは解らねぇけど……」
「コウイチ、ケンジ。ちょっと見てきなさいよ」
「だったらケンジだな」
「いっ!? 何でオレなんだよ!」
「肝試しを言い出したのケンジだろ?」
「頑張れケンジ〜」
「おまっ……解ったよ。ちょっと待ってろよ」
ケンジが一人、スマホを翳してソロリソロリと廃屋へと近付いて行く。ゴクリ……と誰かが生唾を飲み込む音さへ耳に届く程、周囲は静まり返っている。
玄関の引き戸に手を掛け一呼吸。ゆっくりと指先に力を込める。
「わっ!」
「ウォワァッッ!!」
「キャァァァっ!」
突然の大声に悲鳴を上げるケンジとアイナ。心臓を押さえ目を剥いて振り返ると、マヤにジト目を向けられたコウイチがゲラゲラと笑っている。
「何やってんだよコウイチ!」
「いや、こう言うのってお約束だろ?」
「もぅ! マジヤメてよそぅ言うの! 死ぬかと思ったじゃないぃ!」
「ゆっくり後ろに下がるから何かする気だと思ってたけど、子供ね……」
「マジ悪かったって。もうやらないから勘弁な。それよか中調べてみないか?」
コウイチが目で指し示す先には、つい今しがた悲鳴と共に勢い任せに開け放った玄関が、真っ暗な口を開け4人を待ち構えている。
「ほら、行けよコウイチ」
「え? オレ?」
「たり前だろ。また驚かされちゃ、たまったもんじゃないからな」
「だからもうしないって」
「信用出来るか!」
「なら、多数決取ったらぃんじゃない? コウイチが先頭がいい人〜」
「アイナ、コウイチ……マヤまで……解ったよ。後ろから驚かすのは無しだからな?」
「しねぇよ、お前じゃねんだから。ほらさっさと行けよ」
「解った解った。ちゃんと付いてこいよ?」
コウイチを先頭に4人が玄関を潜る。スマホのライトに照らされた玄関は4人が留まってもなお余裕がある程広く、そこから伸びる板張りの廊下には、先達が付けたであろう足跡がいくつも残っていた。それに習うかのように誰一人靴を脱がずに家の中に上がり込み探索を開始する。
おっかなびっくり時間を掛け台所から風呂場、茶の間、トイレ、客間、物置など一通り見て回るが荒れた室内に若干の家具や雑貨、衣服が散乱しているだけで、目立つのはスプレー缶の稚拙なイタズラ書きくらいしかない。
「何もないみたいね」
「みたいだな」
「期待はずれ〜?」
「いやいや、まだ一番手前の一軒覗いただけじゃん。他の家も見てみないと」
「それじゃあ次へ行きますか」
「何かアタシどうでもよくなってきたんですけど〜」
「ワタシも」
「じゃあ先に車に戻ってるか?」
「「ムリ!」」
「なら付いてくるしかないじゃん」
「えぇ〜〜〜」
「だったらこうしよう。後、一軒……いや二軒だけ調べてみて何も無かったら帰るって事で。ケンジだって虱潰しに全部の家、調べたいってワケじゃないだろ?」
「まぁな」
「むぅ〜、解ったよぅ」
「仕方無いわね」
「なら決まりだ。次行こうぜ」
そうして4人は廃屋から外へ出る。そこへ生温い風がヌルリ……と、肌を舐めていく。
「何今の? キモィんですけど〜」
「ぅゎ……鳥肌立っちゃった……」
「……ん?」
「コウイチ、どうかしたか?」
「今変な臭いしなかったか?」
「変な臭い? 誰かオナラしたか?」
「するワケないでしょ、バカッ!」
「いや、そんな臭いじゃなくて……こっちかな?」
コウイチは一人鼻を引くつかせて村の奥へと足を進める。3人は首を傾げつつ顔を見合わせるとその後を追った。
途中、道が枝分かれし、その先にも廃屋の陰があるように見えたがそちらには目もくれず道なりに真っ直ぐ進むと、一軒目の廃屋よりも大きな、納屋のある廃屋へと辿り着く。ここまで来るとコウイチのみならず、他の3人の鼻にも嫌でも臭いが嗅ぎ取れた。
「何これ? 何かが焼ける臭い?」
「ひょっとして火事?」
「火の気は見えないぞ?」
「兎に角ここからは慎重に行こうぜ」
「おう」
自然と身を寄せ合い囁くように話し合うと、コウイチを先頭に廃屋の庭へと足を踏み入れる。異臭は母屋からではなく納屋から漂ってくるようで、足音を殺しながらゆっくりと近付く。納屋の両開きの大きな扉は僅かに開いている。そっと中を覗き見る。
小さな火がチロチロと燃えていた。その火が七輪の中で揺らめいている事が解った。その側に何かが居た。闇と陰が濃く、それが何なのか全く解らない。
4人の内の誰かは解らない。しかし、4人の内の誰かがスマホのライトをその何かに翳した。
地面に散乱する鳥の羽根。飛び散った血痕。その持ち主であったであろう物が七輪の上で焼かれ、そして背を向け屈み込む何者かの姿。
それは子供程の背丈しかなく、薄汚れボロ布のような衣服を纏い、そこから伸びる手足は細く節くれ立ち緑色をしていた。
首だけがぐるりと振り返る。
「マタキトナラカキトムニダッ!!」
凄まじい形相で奇声を上げ足元に転がる、血に濡れた錆の浮かぶ包丁を握り締めて4人目掛けて迫り寄る。
「「きぃやぁぁあぁあぁっっ!!」」
「「うぉうぇあぁぁっっっ!!」」
4人は悲鳴を上げ背後へと一目散に駆け出す。
「何あれ何あれ何あれ!? あれがお化け! お化けなの!?」
「知らないわよっ!」
「おい! 追い掛けてくっぞ!!」
「走れ走れ走れ!」
「いゃあぁぁぁぁっっっ!」
真夜中の廃村に悲鳴が木霊し、4つの明かりが全力で駆け抜ける。4人の持つスマホの明かりの届かぬ背後からは人の物とは思えぬ狂声が響き渡る。
それは廃村を抜け闇なお深き森の中の道へと入ってもまだ続く。肺も心臓も限界を迎え、息も絶え絶え、足も絶え絶えになったその時、前方に鉄の塊――4人の乗ってきた車が姿を現す。
「ゃた……車……」
「は、早く乗れっ」
「帰っ……れる」
「きゃぁっ」
「アイナ!」
車が見え気が緩んだのかアイナがもんどり打って転ぶ。振り返りケンジが助けようと手を伸ばす。狂声は直ぐそこまで迫っている。
「たすけ……ケンジ〜」
「アイナッ!」
アイナの伸ばす手を取り引き寄せ抱き締める。狂声の主が闇夜から姿を現し、固く身を寄せ合う2人に踊り掛かる。
「キコロマゲムスゴムニダッ!」
「うぉおおおおっっ!」
コウイチが雄叫びを上げて駆ける。両手には『立ち入り禁止』の立て札。頭と胴に当たる部分を握り締め、狂声の主目掛けて振り抜いた。
遠心力を伴い足元を固めたコンクリートが弧を描き狂声の主の大きな鷲鼻を持つ顔面にぶち当たると首を起点にもんどり打って地面に落ちた。
そこへ立て札を振り上げたコウイチが二度、三度と振り下ろす。
「ケンジ〜、コヮかったよぅ〜」
「よしよし、アイナはオレが守るっつったよ?」
「う゛ん゛〜〜」
「……殺したの?」
「どうだろう? まだピクピク動いてるけど?」
「これ……人間?」
「少なくとも日本人では無さそうだな」
地面で血反吐を流し痙攣するそれは、子供程の背丈しかなく薄汚れたボロ布のような衣服を身に纏い、そこから伸びる手足は細く節くれ立って緑の皮膚をしている。そして大きな鷲鼻を持つ顔は半壊して醜悪な顔がより不気味なものになっていた。
その姿は、世に言うゴブリンと呼ばれるモンスターのそれと類似した特徴を持っていた。
暫く痙攣を繰り返していたゴブリンもコウイチとマヤが見下ろす中、やがて動かなくなった。
「お化けの正体ってこれか?」
「なのか……な?」
「アイナ、大丈夫?」
「うん、死ぬかと思った〜」
「もぅ、涙でメイクボロボロじゃない」
「うっそ? ヤダ、恥ずぃ!」
「コウイチが殺ったのか?」
「2人を助けようと無我夢中で……」
「いや、スッゲーじゃん! ちょっとしたヒーローじゃね?」
と、今まで静寂を保っていた森が、ザワリッと、蠢く。そこかしこにザワザワとした気配が生まれる。
「……コロ……ッセヨ?」
「キィマ……コロッ……セヨ?」
「え? 何??」
「な……何だ?」
「コロッセヨ……コロッセヨ……」
「キィマ コロッセヨ……」
森の中――幹の陰、枝の上、茂みの中。様々な場所からシルエットがじっとりと滲み出す。シルエットに浮かぶ二つの光のどれもこれもが4人の姿を追う。
「ウソだろ……マジかよ」
「何なんだよ、マジ何なんだよ……」
「コヮイ、コヮイよ〜」
「…………」
言い様の無い空気感に気圧され4人はギュッと身を寄せ合い、ジリジリと車の方へと後退る。そうしている間にもシルエットはその数を増し、包囲の輪は少しずつ、少しずつ狭まっている。
ダンッ――
鉄を打つ激しい音が、尋常ならざる4人の背後から響き渡る。振り返ると――、
「カキトム キィマ コロッセヨ」
車のボンネットに乗った一匹のゴブリンが手にした鉈を振り下ろした。
Gは1匹見掛けたら30匹は居るそうな――。
作中のゴブリンに違和感のある場合、海を渡って隠れ住む不法滞在外国人に脳内変換してお読み下さい。
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