2-3.頼まれた奉仕活動(ボランティア)
鐘が鳴った。喧騒に包まれていた聖堂内が静まりかえり、その代わりに響いてきたのはクライン司教の祝詞だった。決して叫んでいるようには見えないのに、その声は不思議と聖堂の隅々まではっきりと届き、参列者の鼓膜を平等に震わせていた。
「ああ、ランベルよ。我等が神よ。今此処にこの世を迷う愚者達の言葉を聞き給え。
ああ、ランベルよ。我等が神よ。今此処にこの世を嘆く愚者達の願いを聞き給え。
ああ、ランベルよ。我等が神よ。我等の同胞はその正義を全うし、この世に名を残して、大地に頭を垂れた。
ああ、ランベルよ。我等が神よ。この者達の魂を今一度貴方の元へ帰郷させ給え。
ああ、ランベルよ。我等が神よ。その郷でこの勇敢なる戦士達に名誉と癒しを、そして我等に光の道へと導く希望の光を与え給え。
ああ、ランベルよ。我等が神よ。願わくばこの地を這い道に迷う我等に貴方のご加護がありますように――」
この聖堂には数百人の人々が集まり、中央にある亡骸の入った棺達を半分囲む様にして、棺の方を向きながら立っていた。全ての者達が俯き掌を胸の中央に置いて、死者へ黙祷を捧げている。ただ一人クライン司教だけが一番奥にある祭壇の前で跪き、天上を向き神と死者への祝詞を唱えていた。
あの作戦から三日が経っていた。ここにいるのは騎士団や憲兵団、そして作戦の中亡くなった者達の遺族達だ。街中の戦闘に限れば今回の作戦は今までで一番多く死者を出した作戦だった。その数は騎士団と憲兵団を合わせて五十人以上。たった二人の吸血鬼を討伐する為、五十人以上もの死者を出すことになった。
それは標的が特異だったことも関係するだろうが、一番の原因は作戦に参加した騎士団と憲兵団の団員の多くが、彼等を侮っていたことだろう。街中にいる2つの団員の多くは街の中で暮らしている者達が大多数で、その者達は彼等をまともに見る事は今迄に一度も無く、それ故に彼等の本当の恐ろしさを知らなかった。どれほど彼等が人間とかけ離れているか、分かっていなかったのだ。
この結果は騎士団と憲兵団の両方に重く響いた。吸血鬼は恐ろしいもの、その常識は今一度、ぬるま湯に浸かっていた二つの団員の脳裏に深く刻み込まれた。噂によると被害の大きかった騎士団は人員の減少のため前線から呼び戻される者もいるそうだ。
憲兵団も騎士団と比べると少ない方ではあったが、被害が少なかった訳ではなかった。その証拠に、団長に正式に任命されると同時に渡されたのは後処理の為の膨大な書類の束だった。お蔭でそれから仕事に追われ、この葬儀にも参加しようか迷う程だった。
周りの言葉で促され参加したが、帰ってからのことを考えると少し憂鬱になった。
不意に辺りが騒がしくなり始めた。どうやらここでの儀式は終わったようだ。しかしふと横を見ると、もう儀式は終わっているというのに隣にいるケインは俯いたまま、ずっと祈り続けていた。まるで周りの音が聞こえていないようだった。
出口の方から金属が軋む音が微かに聞こえた。聞こえた方を見ると、人の背の二倍はある扉がゆっくりと開けられていた。そこから真っ白な祭服を着た教徒達が聖堂内に一切の物音を立てずに入って来て、棺を次々と外へ運んでいく。中央にあった棺はあっと言う間に無くなってしまった。棺が無くなるとそれに続いて人々も外へ次々に吸い出されていった。
「ケイン。もう俯く時間は終わりだぞ。」
「はい……」
ケインは返事をしたものの、胸に掌を当てているままだった。仕方なく俺は人の流れに混ざり外へ出た。ケインは立ち尽くしたままだった。
外は夕焼けで街の全てが朱色一色に染められていた。その街を人々は大きな群れを成して進む。向かっている先は、今の老人達の親のそのまた親の、そのまた親が生きているよりもずっと前からこの周辺を潤わせてきた大河、シェラトス河である。
この河はアドワベル山脈の小さな源流からこの辺りの水を全て束ねながら大地を流れ、土地に豊かさを与えながら、生まれ故郷である大地をその雄大な腕で抱く母なる海に帰還する。そしてまた、海は自分の身を削り大河の源である雨を降らせ、この大地を潤すのである。
古代から延々と続いてきたその有様は、昔の人々の目には人の人生と同じものを感じ取ったらしい。そして彼等はその海の先に神の姿を見た。この大いなる恵みを与える神と海に、ランベル教徒は与えられた水を海に還す大河を倣い人間を海に還すことにした。その行いは昔から随分と時間が経ったであろう今でも続いている。
眼前にシェラトス河が姿を現した。人間が造った聖道の何倍もある川幅は、痩せ細ること無く何処までも流れ続けている。その水面は夕焼けの光を跳ね返し、本来土色である筈だったが、この時だけは鮮やかな朱色に塗り替わっていた。
その水面にいくつもの小舟が浮かべられている。小舟の一つ一つに死者の入った棺が乗せられ、一つ一つに櫂を持った船頭が乗りこんだ。これからこの小舟は真夜中頃に海に出て、夜明け前にその向こう側へと渡って往くのだ。
河岸には様々な人がいるのにも関わらず、辺りには水の流れる音と風が人々の足元をすり抜ける音しか聞こえなかった。しかし、いつしか小舟が岸を離れ始め、それには誰かの啜り泣くものが混ざり始めた。
「少し、お時間を頂けますかな?」
人々の間をすり抜けて隣まできた信徒の一人がほんの囁く様な声で言った。しかしそれは唯の信徒ではなく、先程まで豪勢な祭服を纏っていた筈のクラインだった。
「何であんたがここにいるんだ?」
決して他の信徒と一緒に棺を運ぶ役どころではない筈だ。
「お願いがあってこうして来たのですよ。」
「お願い?」
クラインは手摺に手を置きながら話し始めた。
「はい。……あの子は元気ですか?」
「さぁ、上手くやってくれているんじゃないか。」
「おやおや、困りますよ。あの子を保護しているのも、出来るのも貴方だけなのですから。」
「俺に子育てをしろと? あいつ等を殺すことしかしてこなかったこの俺に?」
「貴方がこれまでどんなことをしてきたのかは、よく知っています。ですがあの子はまだ何ものにも染まっていない無垢な存在なのですよ。これはとても珍しいことなんです。もしかしたらあの子は人間と吸血鬼の橋渡しになる、そんな人になれるかもしれないのです。どうかもっと彼女を気にかけてくれませんか?」
「……それでお願いというのは?」
俺はクラインの言葉には肯定も否定もせず、話を本題へとすり替えようとした。
「それはですね、あの子に教育をして欲しいのです。人間のこと、世界の事をね。」
「教育? 俺が?」
「貴方でなくともいいのです。彼等に理解のある、リオル派が何も言わない――レグル派以外の人材ならば誰でも。」
「それを俺に探せと?」
「もしいないようでしたら、私達が探しますよ。」
「それはレグル派以外、とは言わないだろう。」
「……」
クラインはそれに無言で返した。こいつはどれほどあの吸血鬼に執心しているのだろうか。
「それにあいつにそんなもの必要か?」
「ええ、勿論です。知力というものは無くて困ってもあって困ることはありません。あの子がこの先生きていくのなら、必ず必要になります。」
「まだ生きることが出来ると決まった訳じゃないだろう。」
「いいえ、あの子は絶対に殺させません。」
クラインは決定事項でも言うかの様に言い切った。
「……なら、決まった後でもいいだろう。」
「それでは駄目です。遅すぎます。」
「何でだ? お前達が何とかするんだろう?」
「私達も最大限の努力をします。しかし最終的に王が判断するのは私達の言葉ではなく、あの子自身なのです。」
「だから必要だと?」
「ええ、言葉を話せるようになっても学ばなければ、知らなければ、何も伝えることは出来ませんからね。」
「……」
「そしてそれが出来るのは貴方しかいないのです。お願い出来ませんか? 例え貴方が今迄何をしてこようと、それが出来ない理由にはならない筈です。」
クラインのこちらを射抜くような視線が向けられた。その眼光の鋭さはいつ死んでも可笑しくない老人とは思えない程だ。俺はこの人物のこの目が昔から嫌いだ。この目の鋭さは刃物とは違う、全く別の砥がれ方をした異次元の鋭さがあるからだ。今でもその切っ先は体の表面を通り抜け、一番奥の部分に突き付けられていた。それは少しでも抵抗する様なら今すぐにでも振るおうとされていた。
「……探してみよう。」
「ありがとうございます。頼みましたよ。」
クラインはそう言い残すと人混みに紛れ消えてしまった。もうここからでは姿を捉えることすら出来なかった。
結局、あいつの望み通りに要望を任せられてしまった。何故レグル派でもない俺がそこまでしなければならないのだろうか。そう思うとあの白髪のジジイと、その頼みを断ることの出来なかった自分に腹が立った。しかし頷いてしまったものは仕方ない。それとなく誤魔化すことにしよう。クラインの言う通り、あの赤ん坊を預かれと任せられたのは俺だ。他の誰かは干渉出来ない。クラインには俺に強制出来る権利は無いのだ。適当なことを言っておけば、有耶無耶に出来るだろう。
そんな風に考えた後、もうここからさっさと帰ろうと思った。あの司教がこの近くにいると考えただけで、ここが嫌な場所に思えてきた。帰る為にまず一緒に連れて来たケインを探さなくてはならない。俺はどこかにいるケインを探し始めた。
ケインはすぐに見つかった。講堂の中で立ち尽くしていた彼は川岸の一番小舟に近い場所で突っ立っていた。
「ケイン。帰るぞ。」
「隊長……あ、いや、団長。はい、帰りましょう。」
心ここにあらずといった返事をケインはした。彼はあの夜からこんな調子だが、それは仕方ない部分もあるだろう。この男はあの日、今迄苦楽を共にしてきた仲間を目の前で吸血鬼に引き裂かれ、そして一番尊敬していた人は自分の預かり知らぬ所で死んでいた。それは心が弱い者なら憲兵団を辞めても可笑しくない程の恐ろしい出来事だろう。実際それに耐え切れず、あの作戦の後すぐに辞めてしまった者も数人いたのだ。
俺とケインは馬車に乗り憲兵団本部への帰路についていた。俺は馬の手綱を握り、隣に放心状態のケインがいた。
「団長。」
「何だ?」
「すみません。ぼーっとしちゃって。どうしても頭の中から作戦の時のことが離れなくて。」
「それくらい、何でもないさ。誰でも近くの奴が死んだら、そんな風になるもんだ。」
「違うんです。」
「何がだ?」
「僕、怖いんです。」
「……怖い?」
「はい……」
「……吸血鬼がか?」
ケインは両手で頭を押さえた。それは頭に巣食う忌まわしい記憶を追い出そうとしている様に見えた。
「作戦が終わった直後は何とも無かったんです。でも一晩経った辺りからどんどん怖くなっていって……今ではあの子供を見るだけで、怖くなるんです。もしかしたら吸血鬼の仲間が取り戻しに来るんじゃないかって。僕、あの時顔を見られたから―――」
「ケイン、落ち着け。」
「……すみません。」
「そんなにあいつ等が怖いか?」
「……はい。」
「それなら、逃げても良いんだぞ。」
「それは……」
「恐怖に勝てない奴は、どこにでもいる。無理してもあまり良くはならないぞ。」
「……少し考えます。」
ケインは自分の足に目線を落とし、そのまま黙りこくった。きっと頭の中で様々な葛藤が渦巻いているのだろう。俺はそれ以上話し掛けることは無く、馬を走らせ続けた。
確かに間近で死を目撃して潰れてしまう者もいる。しかしケインはそうではないと、俺は思う。これはこの街に来て数年間見てきたから確実だ。こいつは目には見えない鎖で雁字搦めになって動けなくなったとしても、いつかはそれを振り解くことが出来る強い人間だ。今はその鎖と戦っている最中だ。逃げたいとも助けてくれとも言わないのなら、これ以上外からは何もしない方が良いだろう。後は時間さえあれば、自力で解決することが出来る筈だ。
憲兵団本部の門が闇夜から現れた。馬車は開けられた門から中へ吸い込まれていく。馬車を止めると兵士の一人が声をかけてきた。
「団長宛に手紙が二通と荷物が届いています。」
「分かった。部屋に置いておいてくれ。」
「了解しました。」
そう言うと兵士は足早に去っていった。辺りには門番の兵士くらいしかいなかった。
「ケイン。明日からはいつも通りだ。今日は早めに寝ておけ。」
「はい、団長もあまり無理しないようにして下さいね。」
自分のことで精一杯の筈なのに、ケインはいつもと同じように明るく振る舞った。それは彼の性格がよく現れている行動だった。彼は自分の事を置き去りにして、他の事に目をやってしまう癖がある。
俺はケインと別れ、本棟へと向かった。本棟にはまだいたるところから明かりが漏れ出していた。
その部屋は数日前と比べて何も変わっていなかった。本棚には数々の本があり、テーブルとそれを挟むようにして二つのソファがあり、いかにも高そうな机と椅子がある。その上には大量の書類が積まれていて、その後ろの大きな窓には街が映し出されている。
何も変わってはいなかったが、見ることの出来ない空気のような、温度のような何かが確かに違ってしまっていて、全くの別物にも感じられた。
机には既に手紙が二通と荷物が置いてあった。手紙の差出人の名はクラインとワーグナー、どちらもランベル教の司教だ。ワーグナーはリオル派で手紙が届くというのは珍しいことだった。しかし内容自体は予想がつく。封を切り、中身を取り出し読むとやはり予想通りだった。要約すれば吸血鬼の赤ん坊について、余計なことはするな。と遠回しに言っていて、そして少し脅迫めいている内容だった。
もう一方の手紙はこちらもある程度予想通りだった。中には吸血鬼の赤ん坊について先程の手紙と真反対のことが書いてあり、荷物について触れていた。手紙と一緒に置かれていた袋の紐を解き、中身を取り出すと円筒状の金属の塊と笛のような物が付いているペンダントが入っていた。手紙によれば、それは三月分の血を貯める容器と携帯出来る飲み口らしい。
彼等は人喰いしか保護していない筈で、頼んでから三日程しか経っていないというのに随分と道具が揃っているものだ。やはり彼等は人喰いだけでなく、どこかに吸血鬼も隠しているのだろう。前から持っていた疑いが確信へと変わっていった。
手紙に目を通し終わると他の書類を処理し始めた。この仕事は憲兵団団長としてどうしてもやらなければならない事だ。その量は膨大で机に座ったまま一日が終わってしまうこともあった。この類いの仕事はやってこなかった為に、これは中々の苦痛だった。これは作戦後の一時的なもので、もう少しすれば収まると信じたいものだ。
いくつもある書類に目を通していると気になるものを見つけた。それは街の門や詰め所から届く報告書だった。この仕事を誰でもいいから変わってくれれば良いのに、と嘆いた。
暗闇の中に二つの影が現れた。その影は背の高い柵を飛び越えるどころか4階建ての筈の西棟すらも飛び越え、中庭に降り立った。影からは合計四つの赤い眼光が見え、人間でないことが容易に確認出来た。二人は辺りの様子を近くの植え込みに隠れて見回すと、東棟へと向かって行こうとした。
「そこで何をしているんだ?」
二人がこちらを振り返り、驚愕の表情を見せる。こんなに早く見つかるとは思っていなかったのだろう。
「なっ! クソっ、見つかったか!」
二人の内一人が懐から取り出したナイフを手に、こちらに凄まじい速度で肉薄くる。それは目に捉えきることすら難しい動作だったが、そのナイフの軌道は素直過ぎて、簡単に読み切れるものだ。
ナイフを振りかざしてきた手を左手で弾き、ナイフは何も切り裂かずに空を切る。男はバランスを崩し、こちらによろけながら突っ込んで来た。その隙を逃さず俺は男の懐に入り込む。
既にこちらの手には聖銀の剣が握られており、それは男の心臓に何の抵抗も無く突き刺さった。男の体は一瞬硬直した後、全身から力が抜けていき、目から光が消えた。
俺は貫通している剣を抉り、確実に止めを刺した後、剣を抜いた。貫いた辺りから血が湧き水のように流れ出す。男は即死だっただろう。
「ッ……! そんな……」
もう一人が後ずさった。外套を被っていてもその動揺は目に見えて分かった。
「……畜生!」
男は背を見せて走り出した。その方向は東棟を向いていない。まさか逃げるつもりだろうか。俺は咄嗟に腰から投げナイフを取り出した。そしてそれを男に向かって投げつける。
投げナイフは男が走るより速く、真っ直ぐに銀の軌道を描き、男の太腿に命中する。足にナイフが突き刺さり、走る為の道具が動かなくなった男は転がるようにして倒れた。
「ギャッ……!」
男はナイフを投げたこちらに振り返り、防御行動を取ろうとしたがそれはもう遅かった。何故なら、走ることを止めた男に銀の軌跡は一瞬で男の首に辿り着き、頸動脈を両断していたからだ。
男はこちらを向き、声にならない声で何かこちらに向かって言った。
何と言ったかは分からなかったが、俺に向けた呪詛であることははっきりと分かった。なぜならそれは彼等を殺す毎に何度も浴びせられていて、よく聞き覚えのある感情だったからだ。
俺は二つの死骸を前に笛を取り出した。本来ならそれは発見した段階で吹かなければならないものだったが、今回は手順が前後した。これが普通の兵士なら大目玉を食らうだろうが、自分にそんなことをする人はもうこの世にはいないし、逃さずに仕留めることが出来たのでよしとしておこう。
笛が鳴ってから辺りが騒がしくなり始めた。今迄の戦闘音は聞こえていなかったようだ。それは武器同士を打ち合わなかったというのもあるが、この吸血鬼の二人の実力が低すぎるために、時間が一切掛からなかったというのもあるだろう。彼等は本当にあの赤ん坊を取り返そうとしてきたのかと思う程に弱かった。これなら三日前の子供を庇ったあの男、アルノーと呼ばれていた男の方がまだ何倍も強かった。
それにしても、今ここにある死体の顔はあの時の顔ぶれと一致する者が記憶の限りでは一切無い。もしかしたらあの日の吸血鬼達とこの吸血鬼は別の所属なのだろうか。
様々な推察が頭に浮かぶが、決め手が無いため何と言うことも出来なかった。この吸血鬼達を生かして捕らえれば良かっただろうかとも思ったが、逃がす可能性を考えるとやはり殺して良かったと思う。もし投げナイフの射程の外へ出てしまえば俺はそれを止める方法を持たない。吸血鬼の身体能力に人間は絶対に勝てないのだ。
ようやくこちらに走って来る音が聞こえた。俺は転がっている二つの死体を見た。もしかしたら、いや確実にこのようなことはまた起こるだろう。
つまり俺はあの二つの派閥――レグル派とリオル派――の板挟みだけでなく、吸血鬼達との三重苦をこれから強いられる事になる。
この先のことを思い、何故こんな面倒なことになったのかと誰へ向けて良いのか分からない怒りを滾らせたが、そもそもの原因は逃げた自分にあったことを思い出し惨めな気分になった。