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聖銀と巨大都市《メガロポリス》  作者: 久野 貴文
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2-1.始まりの夜

二人目の主人公です。

 碌に整備されていない道で車輪が小刻みに跳ねながら回転する。時折小石を撥ね飛ばす音を響かせ、いつもより厳しい環境に文句も言わずに己の仕事を全うし続けている。しかし車輪が跳ねる度に足の傷が痛み、もう少し揺れを抑えてくれないかと思わずにはいられなかった。


 「大丈夫ですか? 隊長。」


 目の前に座っていた団員が足の傷を見ながら言った。傷には既にある程度の処置が施されているが、巻かれた包帯から少し血が滲んでいる。


 「問題無い。まだ少し痛むがな。それよりお前等は怪我してないか?」


 そう言って俺は馬車の中を見回した。馬車の中には俺を含め六人の団員がいた。見たところ外傷は無いが、全員憔悴しているように見えた。


 「大丈夫です。」

 「問題有りません。」

 「私もです。」

 「そうか、傷を負ったのは俺だけか。」


 馬車の外に目を向けた。馬車は依然として畦道の真っ只中にいた。周りは闇に覆われており、光といえば星と馬車内のランタンくらいだった。御者は道を踏み外さぬように、更に出来る限り急がせるように、歩くとも走るとも言えない速度で馬を進ませていた。


 「それにしても、これはどうしたものか。」


 俺は一人の団員の腕の中のモノを見た。他の団員もそれに倣ってその白い布の固まりを見る。彼はそれを出来る限り自身の体から離すように持っていた。


 それは金の髪を持った赤ん坊だった。まだ一歳になっているか、なっていないかという小ささだ。本来兵士に囲まれる様な存在ではないと思われるが、その正体は吸血鬼だった。


 そして運悪く人間である俺達に捕まってしまった。この赤ん坊を王様は生かすのか殺すのか分からないが、どちらもこの赤ん坊にとって、お世辞にも良いものと言える出来事にはならないだろう。


 俺達には関係が無いし、どうでもいい事だが。俺はそう心の中で呟いた。





 いくらかの間揺られていると、揺れが唐突に弱くなった。整備の施されている大きな道に繋がったのだ。馬車の行く先を見るとぼんやりと街の明かりが見えた。


 更にしばらく走っていると向かい側から一台の馬車がやって来た。この馬車と同じ種類だ。その馬車はこちらを確認したのか速度を緩め始める。こちらも馬車を停止させると荷台から降り立った。向こうから鎧姿の者と俺達と同じ軍服を着た者達が走って来た。


 「おお、無事だったか。丁度そちらに向かおうとしていたところだ。それで……子供はどうなった?」

 「一人逃した。」

 「……そうか。それでは、もう一人の方は?」

 「ケイン、見せてやれ。」


 俺は丁度馬車から降りてきた団員に呼び掛けた。その腕の中には先程と同じ様に赤ん坊が抱かれていた。今もすやすやと眠っている。


 「っこの赤ん坊が……一人逃したのは惜しいが、本来の目的は達成している。良しとしよう。……ご苦労だった。」

 「それでそっちはどうなった?」

 「被害者数はまだ調査中だが被害は甚大であると報告されている。しかし今作戦である街に潜伏中であった吸血鬼の討伐に成功した事が確認された。これは王国騎士団と憲兵団の協力によって成された功績である。今一度貴官等に感謝の意を示そう。」

 「固っ苦しい挨拶はいい。そっちでは誰が死んだ?」


 「……正確な人数は調査中であるが騎士団と憲兵団、両方から大勢の団員が命を落としている。その中に憲兵団団長アリア・ディノワールの死亡が確認された。」

 「そうか……あいつは死んだか。」

 「それに伴いローガン・グレイラン、第二部隊長の君に国王陛下より招集の命が下っている。至急王城に向かう様に。」

 「了解した。」


 俺は騎士の後ろにいる憲兵達を観察した。見たところ怪我は見当たらないがよく見ると作戦開始時と編成が違っている。どうやら動ける者の寄せ集めでこちらへ向かっていたようだ。


 「お前等、あっちに合流して手伝ってやれ。」

 「「了解です。」」

 「ケイン。お前はそいつを連れて俺について来い。」

 「えっ、僕ですか!?」

 「お前以外に誰がいる? さっさと行くぞ。」

 「はっ、はい。了解です!」

 「ではこちらの馬車に。急ぎましょう、陛下が待っておられます。」


 騎士が乗ってきた馬車に俺達が乗り込むと直ぐに馬は走り出した。


 馬車は聖道に出るとより一層速度を増した。右側の窓から直接目に差し込んでくる街灯の光が鬱陶しかったので、外套に付いたフードを深く被った。それでも眩しかったので左側の窓の方を向くと、どこかの商会の物だと思われる馬車が抜き去られるのが目に映った。


 「……団長、死んじゃったんですね。」

 「ああ。」

 「簡単に死ぬような人じゃないと思っていたんですけど。」

 「どんな奴だって死ぬ時は死ぬさ。」

 「……僕はまだ信じ切れてませんよ。本当にあの人が死んだなんて。」

 「誰しも最初はそんなものだ。気にするな。」

 「隊長は何とも思わないんですか。団長とはよく組んでましたよね?」

 「俺は……そういうのには、慣れてしまったからな。」

 「そう、ですか。……そうですね、僕も憲兵なら早く慣れないと。」

 「いや、慣れようとするのは止めておけ。」

 「え?」

 「人の死は簡単に慣れていいもんじゃ無い。無理に慣れようとすると、何処かで皺寄せが来る。人の死に慣れるなんて、前線の奴等の一部だけでいい。人が死ぬのを普通に悲しめるくらい安全にするために、先人達はこの街を死に物狂いで創ったんだからな。」

 「はぁ……じゃあ、こんな時ってどうすればいいんでしょう。」

 「忘れてしまえ。死んでしまった奴の事は、一回弔ったら忘れるのが一番良い。」

 「忘れる……ですか。僕には少し難しそうです。」


 ケインはそう言って目を伏せた。こいつもこの作戦の中で仲間が目の前で倒れる姿を何度か見たのだろう。


 ケインのその心の不安を感じ取ったのか、急に吸血鬼の赤ん坊が泣き出した。馬車内にその小さい体から発しているとは思えない程の声が響き渡る。


 「あ〜よしよし。大丈夫だからね〜」


 ケインが何とかあやそうと奮闘している。手伝おうとしたが、よく考えると自分は弟や妹がいないどころか、赤ん坊をあやした事すら一度も無いという事に気がついた。


 ケインもただ落ち込んでいるより赤ん坊をあやしていた方が良いだろうと自分に言い訳し、一瞬手伝おうと浮いた腰を落した。それから赤ん坊の泣き声やケインの声を聞き流しながら隣の騎士とその様子を見守るのだった。


 馬は後ろの騒ぎなど気にもせずただもくもくと足を進めていた。その目線の先には、夜の闇で白い壁が明かりを反射し、不気味に浮かび上がる巨大な城が姿を見せていた。





 城に到着し出迎えた騎士が案内したのは広い会議室だった。暗闇を憎んでいるかと思ってしまうような照明の量と強さで、足元の影は何重にも連なり、部屋の中に居る者達を囲んでいた。それに照らされる調度品は全て品の良いものでそれぞれが高貴さを漂わせている。


 そんな部屋の中で待ち受けていたのはその高貴さに見合うような人々だった。


 「よく戻った、ローガン・グレイラン。さて、報告を聞こうか。」


 長テーブルを囲む人々の中で最初に声をかけて来たのは一番大柄な人物だった。彼はこの国の騎士団を統括する人物であるライノス・ディルハーだ。


 その戦場の最前線で身に付けた戦の知識と勘を国王に買われ、今の地位に着いている。軍人という文字をそのまま表しているかの様な人間であり、国王の信頼も厚い人物だ。


 「既にある程度は報告されていると思いますので手短に。私が率いる第二部隊は作戦通り標的クリフ・エルマの討伐後、第一部隊へ合流。逃走中であったクレア・エルマを討伐致しました。その後私達は標的の子供を捜索。追跡の結果標的の仲間と思われる人物から子供の確保を試みましたが、一名を取り逃しました。以上です。」


 「それじゃあ、その子がその吸血鬼の赤ん坊ということですか。」


 吸血鬼の赤ん坊を見ながら白の法衣の男が言った。この男はクライン・シンクロード。レグル派の司教であり、吸血鬼や人喰いと人間との共存を掲げる変わり者である。


 「ケイン、見せてやれ。」

 「はっ、はい!」


 部屋に入ってからずっと後ろにいたケインが、箱型の乳母車を押して前に出てきた。その中には先程まで泣きじゃくっていた吸血鬼の赤ん坊がいた。今は泣き疲れてしまったのかすやすやと眠っているようだ。


 「おお、この子が……」


 赤ん坊にクラインが近づき、抱き上げようとする。


 「勝手にその赤ん坊に触れるのは控えて頂きたい。クライン司教。」

 「何故、私がこの赤ん坊に触れてはいかんのかね。クリス殿。」

 「その子供は吸血鬼だからです。危険ですから離れて下さい。」

 「ははは、クリス殿。あなたは吸血鬼を怖がり過ぎです。それに―――」

 「あなたのその話はもう聞き飽きました。とにかくその吸血鬼から離れて下さい。」


 クラインに注意を呼び掛けたのは国王陛下の息子クリス・オルトラム・エイドスだった。父親譲りの黄金の眼が特徴的で、絵に描いたような王子らしい性格をしている。


 クリスの言葉にクラインはしぶしぶとだが乳母車から離れた。


 「ふむ、では次にこの吸血鬼の子供の処遇についてですが―――」

 「私達が預かりましょう。」

 「今すぐ処刑すべきです。」


 ライノスの言葉の後に、二人の声が重なった。もちろんその二人とは年老いた司教とまだ若い王子様だ。二人がお互いを睨み合う。この二人は同じランベル教の信徒であるが、二人が属するそれぞれの派閥は吸血鬼と人喰いに対する見解が全く違う。


 レグル派は彼らを悪魔に取り憑かれてしまった人であると教えているが、クリスが属するリオル派は悪魔そのものだと主張している。


 このような論争はこの二人だけの事ではなかった。この論争は俺が数年前にいた前線でも頻繁に行われていた。


 普通ならば二つの意見の折衷案があるのだが、今回のような、まだ人に害を加えていないであろう街中で捕らえられた赤ん坊の吸血鬼の扱いをどうするかという案件には前例が無い。


 そしてこの種の論争の結論は、どちらに属すると公言していないこの国の王、アルベルト・オルトラム・エイドスが必ず決定する。だからこそこの二人は少しでも自分の派閥の都合の良い案を王から引き出そうと、この王の前で言い争っている。


 しかし俺にとってはただ時間を浪費する迷惑なだけの行為だ。早く終わってくれと、俺は心の中で文句を言い続けていた。


 「ふむ、まだ罪を犯しておらぬ幼子か……さてどうしたものか……」


 アルベルト王が口を開いた。言い争っていた二人が口を塞ぎ、彼の方へ目を向ける。この部屋にいる全ての人が彼の言葉を一言も聞き逃すまいと耳を傾けた。


 「そうですアルベルト王。この子には何の罪も有りません。愛情を持って育てれば、きっと良い子に育つでしょう。」


 クラインが沈黙を破りそう言った。彼はこの赤ん坊を手元に置きたい様だ。


 「いいえ。この子供の親は今日だけでも騎士団と憲兵団と、そして国民を何十人も亡き者にしています。今すぐにでも処刑すべきです!」


 また二人の意見が正反対に別れた。レグル派とリオル派の典型的な言い争いだった。また論争が始まるかに思われたが、結論はアルベルト王の次の言葉によってあっさりと決まった。


 「……確かにその幼子の親は我等が同胞を多く殺めた。しかしまだ言葉も話せぬような者を罪に問い罰するのは、あまりに酷だ。……そうだな、この幼子に時間を与えよう。成長し言葉を喋るようになれば、生かすべきか殺すべきか分かるであろう。」

 「アルベルト王。この赤子をレグル派の元に置くのですか? クライン殿には人喰いに関して十分に配慮しているでしょう。」

 「クリスよ。こやつに赤子を預けようと言う訳ではない。ローガン、確か憲兵団の本部には孤児院があったな?」


 いきなり話に加えられて、俺はひどく面食らった。なぜここで俺の名前が出てくるのだ。


 「……確かに有りますが……まさか、吸血鬼が預けられた事などありませんよ。」

 「問題無い。もしあったとしても、お前ならば何とか出来るだろう? その幼子を預けよう。そして十分に育ったとき、また処遇を判断するとしよう。」

 「私もその案には賛成です。」


 クラインがアルベルト王の言葉に即座に同意した。吸血鬼が処刑されなければ良いと言った風だ。クリス王子もクラインの方を恨みの籠もった目で睨んではいるが反論は口にしなかった。


 「ですが私はそんな重要な事を頼まれるような立場にありません。」

 「それについては問題無い。憲兵団団長アリア・ディノワールの遺言により、君を憲兵団団長に任命することになった。」


 ライノスが俺の逃げ道を完全に塞いだ。それは今迄聞いたことの無い団長の遺言だった。


 「俺が……ですか。」

 「そうだ。よろしく頼むぞ。」

 「……分かりました、引き受けましょう。」


 処刑するわけでも無くレグル派が保護するわけでも無い。確かに中立の意見だが、こちらとしては面倒事を一気に押し付けられ、迷惑どころの話では無い。レグル派とリオル派との板挟みだなんて誰が好き好んでやると言うのだろうか。


 ちらりと赤ん坊の方を見た。当の本人だというのに乳母車の中で白い衣に包まれ気持ち良さそうに眠っている。その姿は一見すると、殺すだの殺さないだのと言われるような者には見えなかった。





 「――うむ、それではこれにて、この吸血鬼討伐作戦を終了する。」


 アルベルト王がそう宣言する。部屋の扉が重々しく開かれた。先程までの緊張が解かれ、堰き止められていた川から水が流れ出すように話し声や靴音が部屋中に溢れ出した。ある者は足早に立ち去り、ある者はその場で近くにいる仲間同士で話し合い、またある者は王の元へ集まった。


 「ご苦労様でした、ローガン。まさか貴方が吸血鬼を生かして連れて帰って来るとは、予想外でしたよ。」

 「ああ、今それを後悔しているところだ。」

 「ははは、まぁそう言わないで下さい。この子に罪は無いのです。何も知らない無垢な子なのですよ。……ああ、私は運が良かった。きっともう一人の方を貴方が生きたまま捕まえても、殺された方の確率が高かったでしょうから。」

 「……『まだ言葉を話せない』ね。ああ、何故王はこんな結論を出したんだ。他に何か方法はなかったのか?」

 「私は最善のように思えますよ? 勿論、私達からすればこの子を自分達で保護出来れば最高でしたが……やはり、この子は中立の場所に置かれるべきでしょう。吸血鬼というのはこの国では大きな存在になりますから、議論の卓の端の方にあれば、肘でうっかり落としかねません。王はそれも分かっていて、この結論に至ったのでしょう。」

 「真ん中に置いてあっても、こいつは勝手に自分の周りを燃やして焼け落ちてしまいそうだがな。」

 「それは、これから保護する貴方次第でしょう。……そういえば、その子の名前は何と言うんです?」


 クラインが赤ん坊を見ながら疑問を口にした。


 「確か……エミィ、と呼ばれていた気がする。」

 「エミィ、ですか。愛称ですか? それとも本名?」

 「さぁ、それは分からん。」

 「ふむ、そうですか、まあいいでしょう。エミィちゃんをよろしくお願いしますね。」

 「俺が育てるわけじゃないのに、よろしくと言われてもな。この吸血鬼は結局、憲兵団の孤児院の院長が預かる事になるだろうから、そっちに言ってくれ。」

 「おや、そうですか。ではその人によろしく伝えて下さい。」

 「ああ。まぁ、そいつは公平を良しとする性格の奴だから、そこは安心出来るだろう。」


 少なくとも、肘でうっかり落としてしまう、ことはない筈だ。


 「それは嬉しい事ですね。それでは憲兵団新団長さん、お体にお気をつけて。」

 「そっちも夜道には気をつけろよ。」


 クラインは従者と一緒に扉をくぐり見えなくなった。既に部屋の中の人数は半数程になっていた。


 「さてと、俺達も戻るか。」

 「はっ、はい!」


 甲高い声でケインが返事をした。妙に動きが固く、その両手は乳母車の取手を握り締めていた。


 「どうしたんだ?」

 「だって、緊張しないんですか? 王様に将軍に、偉い人がいっぱい居たんですよ。」

 「ああ、そういうことか。緊張する必要なんてない。あいつ等全員街育ちじゃなくて、戦場戻りだからな。」

 「そういう問題じゃないですよ。……えっ、全員? クライン殿ってレグルの人じゃありませんでした? レグル派って吸血鬼や人喰いの味方してるんじゃ……」

 「レグル派はあいつ等を人だと認めているだけさ。人が人に襲い掛かるなら止めるだろ。そういう事さ。」

 「そうなんですか。」

 「レグル派だって殺しにかかる奴を守ろうとするほど馬鹿じゃない。まぁ、あいつ等は人間を見たら襲い掛かってくるのが大半だからあまり変わらんがな。……じゃなきゃ王様がレグル派に譲歩なんてするもんか。」

 「じゃあこの子は王様に無害だって事を証明しなきゃならないんですね。」

 「……そうだな。まぁあいつ等が本気で守るなら、よっぽどの事が無きゃ殺されることは無いだろうよ。」


 生きているからといって何か出来る訳でも無いだろうが。


 歩いている通路は石造りで、一方は照明の光が一つ一つ壁にオレンジの楕円を描いており、もう一方は石柱が等間隔に並び外の景色がよく見えた。外から吹く風が閉め切った部屋に閉じ込められていた体を優しく撫で清々しかった。


 その通路の向こう側から一人の男が歩いて来るのが見えた。


 「お疲れ様、ローガン。」

 「エリオットか。」


 その男は金髪が眩しく若草色の眼をした好青年だった。服装を見ると身分の高い人物だと直ぐに分かる。


 「……どなたです?」

 「エリオット・ディノワール。アリア・ディノワールの従弟さ。」

 「団長の?」

 「ローガン。少し良いかな? 話があるんだ。」

 「……ああ。分かった。ケイン、先にそいつを連れて本部に戻ってて貰えるか。頼めば馬車を用意してくれるはずだ。俺も直ぐに戻る。」

 「ええ、分かりました。」


 ケインは了承するとエリオットの脇を通り抜けて行った。乳母車の音が完全に無くなるまでエリオットは黙ったままだった。


 「……あの子が押し付けられた吸血鬼かい?」

 「ああそうだ。早いな、さっき決まったばかりだっていうのに。」

 「文官仲間が直ぐに教えてくれたよ。……立ち話もなんだし、場所を移そうか。付いて来てくれるかい?」


 エリオットは振り返り歩き出した。一つに纏められた長髪が翻り、香水の匂いが鼻を擽る。相も変わらず一々上品な男だ。


 ついて行きながらふと目を街へと向けると、まばらに光る星の明かりと整列して光る街灯の明かりだけが、街の形を浮かび上がらせていた。昼の生き物はもう寝静まる時刻になっていた。

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