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聖銀と巨大都市《メガロポリス》  作者: 久野 貴文
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1-14.守る為に

 「……お前も、立場が分かってなかったみてぇだな?」

 ナイフを避けて傾いた体を、ハリスはゆっくりと元に戻していく。その表情は怒りを通り越して冷たい仮面を被った様に乏しく、そしてその頭の中ではベルナンドと同様に、これからの行動を決定していた。

 「賢くなかった自分を、後になって悔いるんだな。」

 そう言ってハリスは、まるで綿毛の様に軽く跳ねた。風に吹かれて、舞い上がった様に見えた足首と膝だけを使ったジャンプは、ベルナンドの思考に一瞬の空白を生んだ。

 その隙を突くようにハリスは、自身の後ろにあった壁を、全身を使って思いっきり蹴る。

 「……ッ!」

 勿論、ハリスが突進した先にあるのは鉄格子である。しかし、危うくそのままぶつかりそうになる既のところで、ハリスは体を捻り、鉄格子を足で捉え、自分の持つ速度をそれに叩きつけた。

 その衝撃に、鉄格子は悲鳴を上げて自らを歪ませた。鉄格子と石壁とを繋いでいた留め具が弾き飛び、それでもハリスが鉄格子に与えた衝撃は消費し切れない。鉄格子は平面な壁と床に沿って、真っ直ぐにベルナンド達に突進する。

 「……くッ!」

 石壁と擦れながらも凄まじい勢いで迫り来る鉄格子を、ベルナンドは咄嗟に受け止めた。しかし、凄まじい力で弾き飛ばされた鉄格子は踏ん張る程度では止まらず、ベルナンドが壁に背を打ちつけてようやく止められた。

 人間であるオズワルドが潰されずに済んだと、ベルナンドが安堵したのもつかの間、ハリスが先程のナイフを手に取って鉄格子越しに攻撃してくるのをベルナンドの視界は捉える。

 ベルナンドは、自分が牢よりもずっと狭い場所に追い込まれたのを自覚した。

 「死ねぇッ!ベルナンドッ!」

 「チッ……!」

 壁と鉄格子の狭間でベルナンドは全力で身を捻って、自身の体を突き刺そうとするナイフを避ける。ベルナンドの脇腹のすれすれをナイフが通過した。

 鉄格子の向こうから突き出ていたナイフとハリスの腕目掛けて、ベルナンドは捻った体をバネにして渾身の肘打ちを繰り出す。

 しかし、一息早くその目標は引っ込められてしまい、ベルナンドの攻撃は空振った。

 今度はその隙をハリスが見逃さなかった。彼はベルナンドではなく、もう一度鉄格子を蹴る。それによってまた鉄格子は前進し、ベルナンドの体はとうとう壁と鉄格子に挟み込まれ、身動きが取れなくなった。

 今度こそ避けることは出来ない。ハリスは確信し、ベルナンドの心臓目掛けて、もう一度刃を突き出す――

 「ふぅんッ!」

 しかし、そのナイフを避けられないと確信したのは、ハリスだけではなかった。ベルナンドはその攻撃から身を躱すことは出来ないと悟ると、逆にナイフに向かって、力の限り突進をした。

 「ぐっ……!」

 それはつまり鉄格子が、今度は逆に、ハリスの方向に突進するということだ。壁を力の支柱にしたベルナンドは、手をいくら伸ばしてもナイフが自分に届かないところまで、鉄格子をハリスの方へと押しやったのだ。

 そして更に、ベルナンドは駆ける。鉄格子にその勢いを保たせる為に、ベルナンドは飛び蹴りを放つ。

 鉄格子は遂にベルナンド達を閉じ込めていた箱を飛び出した。そしてそれでも勢いは止まらず、反対の壁までハリスは押し下げられる。

 「大人しく殺されていればいいものを……!」

 ハリスの表情に、怒りと共に少しの焦りが見えた。ベルナンドはここを好機だと考えた。そのままハリスを壁と鉄格子で板挟みにし、完封する。

 しかし、それはハリスも一瞬で理解していた。この状況は不味い。板挟みになってしまっては碌に身動きが取れない。

 「……ッ!」

 「……ッ!」

 故に二人は、自らの行動範囲を確保する為、お互いに鉄格子を押し付け合った。単純な力比べだ。

 二人の体格は同じくらいだったが、ハリスは片手にナイフを持っている為に、力が入り難かったようだ。僅かにハリスの足が、地面を滑った。

 「……!」

 力負けすると察知したハリスの行動は早かった。鉄格子を抑えていたナイフを持つ腕を離し、そして隙間からベルナンドに向かって切っ先を向け、そして投げる。

 「ッ……!」

 思わずベルナンドは上体を反らして、唐突に飛んで来たナイフを避ける。まさか相手が利点を態々手放すとは考えなかったのだ。

 ベルナンドの対応が遅れたことによって、ハリスは思惑通りに一瞬の時間が作った。その時間を使い、ハリスは鉄格子を腕で目の前から退かした。

 轟音が地下室を暴れ回り、そして激突する。

 「……」

 「……」

 ベルナンドとハリスの間に、鉄格子は無くなった。鉄格子は奥の方に滑って行った。

 二人は同時に構え直した。赤い眼光がぶつかり合う。

 ハリスは腰から新たなナイフを取り出した。それは、銀色に輝いていた。

 「……ッ!」

 刹那の静寂を破り捨てる様に、銀色の軌跡がベルナンドを襲う。ベルナンドは危なげなく躱していくが、それは織り込み済みだと言わんばかりに、ハリスの攻撃の激しさは増していく。

 「くっ……!」

 ベルナンドの頬の皮を、無数の軌跡の一つが僅かに抉った。

 明らかにベルナンドは苦戦を強いられていた。間合いで完全に負けている。そして自分の攻撃は相手に当たっても効果は薄いが、相手の攻撃をベルナンドは絶対に避けねばならない。圧倒的に、ベルナンドが不利だった。

 しかし、だからと言ってベルナンドが逃げ腰になることはない。彼の胸には今、聖銀の光にも屈さない強い意志があった。

 ナイフが届かないように下がるのではなく、彼は反対に、ハリスとの間合いをジリジリと詰めていく。例えその凶刃が首筋のほんの横を掠めても、その銀の軌跡が自身の皮膚をなぞっても、それは変わらなかった。

 「ッ……!」

 ベルナンドを近づけさせないようにナイフで牽制しながら、ハリスは思わず顔を歪めた。ベルナンドはハリスのナイフ術に対応しつつある。

 このままでは僅かな隙を突かれて、ナイフを弾き落とされてしまうかも知れない。

 ハリスは相手に気づかれない様に、自然な動作で腰の横に手を回した。

 「……シッ!」

 取り出した物は手のひらに隠れてしまうほどに小さい刃物だった。それが回転しながら、ベルナンドの眼球に一直線に向かう。

 しかしベルナンドはその奇襲も落ち着いて最小限の動きで躱す。そしてそれを投げたことによって小さな隙が出来たハリスに、一気に間合いを詰める。

 「……何っ!」

 そんなベルナンドの目の前に、またもや小さな物体が現れた。ハリスの本命はこちらだったのだ。

 気づくのが遅れたベルナンドは、反射的にそれを手で払う。

 「ッ……!」

 ベルナンドがそれを払った手に感じた感触は、硬い金属のようではなく、逆に柔らかく、そしてそれを潰した感覚があった。

 その感覚は正しく、ベルナンドが手で払おうとしたのは、布に包まれた粉末状の劇薬だった。

 それは水分に浸透しやすく、そして僅かな量でも効果を発揮する。戦場ではよく目潰しの為に使われる毒だった。

 飛散する粉末に、ベルナンドは咄嗟に片目を瞑る。

 ハリスは計算通りだと喜びを表情に表しながら、その聖銀を真っ直ぐにベルナンドへ突き立てる。

 「ぐぅッ……!」

 辛うじて、ベルナンドは自らの左腕を盾にすることで、凶刃から自身の心臓を守った。

 「ははっ……取ったぞ、左腕。……お前はもう、片腕使えなくなったわけだ……」

 ベルナンドの腕に刺さったナイフは、その存在を誇示するかの様に、右へ左へ肉を抉る。

 尋常でない力を持つ吸血鬼同士の戦いにおいて、四肢の一つを失うということは、即ち死を意味する。

 それは片腕を刺した物が聖銀でなかったとしても言えることだった。四肢の一つでも失うということは、その弱点を突かれてもう片方を失うということであり、四肢の内で二つを失うのは、防御すらままならない状況である。

 そして防御すら出来ない者は地に伏せるしか道はなく、その者が次の瞬間迎える結末など、たった一つしかなかった。

 「……いや……」

 「……?」

 「片腕使えないのは、そっちも同じだ。」

 「……!」

 その言葉でようやく、ナイフが引き抜けないということにハリスは気づいた。

 ナイフは、ベルナンドの筋肉と、腕を形成する二つの骨で、がっちりと固定されていたのだ。

 そして、またもやハリスは気がついた。目の前の男が、拳を握り締めて、自分の顔面を殴り飛ばそうとしていることに。

 「くっ……!」

 ハリスは体を逸らして、ナイフの影に逃げ込もうとした。未だナイフに突き刺さっているベルナンドの左腕を盾にしようとしたのだ。

 「……っせいやああッ!」

 ハリスの顔面に、ベルナンドの拳は当たらなかった。

 しかし、ハリスは攻撃を受ける感覚を体に覚えていた。それは、背後からの攻撃だった。

 「……っ……人間ッ……!」

 ハリスの視界の淵に、彼が投げ捨てたナイフを持って立つオズワルドがそこにはいた。

 「……クソッ……が……」

 ハリスの両腿の後ろがばっさりと切り裂かれていた。もう既に、ハリスは突き刺さったナイフを支えにして立っている状態になっていた。

 「……ふぅんッ!」

 そのハリスの隙を見逃すベルナンドではなかった。太腿を切ったのは聖銀ではない。その傷は直ぐに再生する。その前に決着をつける必要がある。

 そう直感したベルナンドはまず、唯一悪さをする可能性のあるハリスの左腕を破壊した。

 「ぐっ……!」

 四肢を三つ破壊されたハリスに残された道は、もう地に伏せる以外に無かった。

 「……ッ!」

 地面にハリスの体が打ち付けられる。

 そして、地に伏せた者が次の瞬間迎える結末は、一つしかない。

 「シッ……!」

 ベルナンドのナイフより鋭い手刀が、ハリスの頸椎を抉り取った。

 「……ッ」

 空間から、闘いの音が消え去った。





 「……やっちまったな。これから、どうするつもりなんだ?」

 「……私は……感謝しているんだ。オズワルド。」

 「……」

 オズワルドはじっとベルナンドを見た。まるで憑き物が落ちた様な、そんな清々しい雰囲気を彼は持っていた。

 「聞こえるか?オズワルド?」

 「ん?……!」

 何かに気づいたのか、オズワルドはその驚きを現した。それは怒号だった。かなり近い。そして、かなり大きかった。

 「……もうすぐ、この砦は落ちる。」

 「……!」

 オズワルドは、何故あんな騒ぎを起こしてもこの場所に誰も来ないのか、その答えを聞いて納得した。来ないのではなく、来ることが出来ない、というのが正しい事実だったのだ。

 「……オズワルド。……私達と一緒に逃げないか?」

 「……いや、遠慮しておく。俺は吸血鬼といるつもりはねぇ。ここはすぐに落ちるんだろ?それならここでじっと待ってれば、それで俺は助かる訳だ。……まぁお前らのことは、話さないでいてやるよ。……それで貸し借り無しで、お前とはもう会うことはねぇ。」

 「……そうか。」

 オズワルドはまた元の位置に戻って胡座をかいた。

 鉄格子が無くなったからか、いやそれ以上に、ベルナンドは見慣れた光景だった筈のそれが、何か違うと違和感を覚えた。

 そして少し考えて、その違和感が何なのか、ベルナンドは理解した。

 「……ありがとう。オズワルド。……本当に感謝しているよ。」

 「……」

 オズワルドは何も言わなかったが、ベルナンドは少しも悪い気はしなかった。

 オズワルドは待ち構えているのではなく、真っ直ぐにベルナンドを見送っているのだった。

 戦闘で丸々一話使うのって、初めてですね多分。

 ……過去話この話数で終わる筈だったんだけどなー

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