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聖銀と巨大都市《メガロポリス》  作者: 久野 貴文
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1-4.邂逅

 夜の街は星明かりと家屋から出る光に照らされ、昼とは全く別の顔を見せていた。


 アルノーさんが手にランタンを持ち、二人は迷うことなく道を歩いて行く。いつもの散歩のコースがあるのだろうか? しばらく昼間も通ったような細い路地を二人に続いて歩く。どこまで行こうとしているのだろう。そう思いながらもういくつ目か分からない曲がり角を曲がる。


 その先で見えたのは真っ白で大きな光だった。それのあまりの強さに俺は目を細めた。まるでここだけ昼のような明るさだった。

 強い光に目が慣れて少し目蓋を開けてみると、そこに現れたのは広場かと見間違える程の大きな『道』だった。その幅は馬車が十列に並んで走れそうなほど広く、見える限りどこまでも続いていた。


 夜中だというのに見えるだけでも馬車が十数台走っている。そして道の真ん中には等間隔に明かりが灯されていた。これがアルノーさんの手にあるランタンとは比べ物にならないほど眩しい。


 「何だ……ここ。」

 「すげぇだろ。この街で一番でかい道なんだぜ。」

 「ああ、道に驚かされるとは思わなかった。これ、どうやって向こうに渡るんだ?」

 「所々に橋が架けてあるんだよ。」


 アルノーさんが答えながら道に沿って歩き始める。この先に橋があるのだろうか。


 「この道、どこまで続いてるんだ?」

 「この街の端から端、鉱山から町の出口までだよ。」

 「こんなでっかい道を作ってどうするんだよ?」

 「昔から色んなモノを町の外に運んで来たんだとさ。食い物に武器に人に、そして聖銀を運んでいる。だから人はこの道を聖道って呼んでる。」


 ギルさんが腕を組みながら、いつになく真剣な顔をして言う。いつものギルさんらしくない真面目な答えだ。


 「聖道……」

 「そう、百五十年前、吸血鬼と人喰い達に敗北しかけていたこの国を救った聖銀を前線まで運んだ道、だから聖道。それが大きくなって今、こうなってる。そんな歴史があるから、今でも街は聖道に寄り添う様に出来てるんだ。」


 確かにこの道に面している建物は殆どが大きく立派な物が多い。今はどこも大きな門を閉じ、物音といえば通り過ぎていく馬車の車輪が転がる音だけだが、昼の時間の騒がしく活気のある様子が少し想像出来たような気がした。






 そんな道をとぼとぼと少し歩くとすぐに橋が見えた。この大きい道を跨ぐのに相応しい大きさだ。こちらの町とあちらの町の建物の間から突き出すように道を横切り、中心で一つの大きな柱に支えられていた。建物と橋の突き出した部分との角には階段があった。それを登りながら俺はアルノーさん達に質問をした。


 「二人はいつもこんな散歩をしてるのか?」

 「ああ、そうだよ。」

 「なんでそんなことするんだ? 村じゃそんな趣味なかっただろ? 店の手伝いとかしないのか?」

 「はは、いつも街を見ておきたいんだ。変わったことは起きてないかってね。」

 「変わった事って?」

 「変わった事は変わった事さ。滅多にそんな事は起こらないけどね。」


 階段を登り橋の真ん中に辿り着くと、聖道の大きさや長さ、そして町の形がよく見えた。道は町の中心を二つに分けるようにして伸びていて、聖道に近いほど建物は大きくなり、その大きな建物を覆う様に小さな民家が立ち並んでいる。村の皆がいる山の方を向いてみると朝に見た壁がちらりと見えた。


 視線を道に戻すとずっと奥にこの橋と同じ様なものがもう一つ見えた。橋はなだらかな半円の形で隣に立ち並ぶ建物に負けない程の高さがあった。


 橋の下を通る馬車を目で追って、その走る先にこの街の端が見えないかとも思ったが、地平線の隅から隅まで建物で何も見ることが出来ず、街から目隠しをされているようだ。まるで街が俺達を捕える檻のように感じられた。


 「……!」


 突然、悲鳴が聞こえた。橋の向こう側からだ。女性の声のようだった。俺達は目を合わせると声の元へと駆けて行った。





 辿り着いたそこは裏路地の一角だった。狭い場所にこれでもかというほど人が群がっていて、一番後ろの隙間から何が起きているのか覗こうとしても、見えるのは人々の後ろ髪だけだった。


 そうしている間にも自分の後ろにも人の層が出来ていく。まるで暗闇に灯る光に集まる蛾になった気分だった。


 しかし人の集まりの中心に有ったのは、聖道を照らしていた白でも無く、家屋から漏れるオレンジでも無かった。人と人との間を見つけ、その有って無いような隙間を掻い潜って俺が目にした色は、赤だった。


 それは地面と壁にその禍々しい羽を開き、人々が持つランタンの光がその羽に模様を与え、死を連想させる筈のそれが、まるで生きているような奇妙な感覚に囚われた。その羽の根本に目を向けるとそこには体中の赤と言う赤を全て吸い取られてしまったかのような肌が異様に青白い男が倒れていた。その顔は恐怖に固まり、その双眸がだけが怒りと憎しみを表すように、赤く染まっていた。


 その凄惨な死体から目を離すと、憲兵らしき人影が四つ、目に入った。全員銀に輝く剣を持っており、一人の剣だけが血に濡れていた。あれは聖銀だろう。あれでそこにある吸血鬼の死体を作ったのだ。


 四人の憲兵に目を向ける。男二人と女二人だ。もっとよく見るため背伸びをした。これで顔つきもよく分かる。俺は一番背の高い男に注目する。何故か知っているような顔つきだった。どこで見たのか必死に思い出そうとした。気のせいだろうか。……いや、知っていた。それどころか俺はあいつをあの悪夢の中で何度も見ていた。


 そうだ、あいつは十五年前、俺の母さんと父さんを殺し、エミィを奪った張本人だ。記憶とは違い白髪が混じっているが間違い無い。何故こいつがここにいるんだ? いや、それよりもここを早く離れた方が良いだろうか。いや、あいつらは今四人だ。しかもこちらにも気付いていない。アルノーさん達と協力すればもしかしたら……


 そう考えながら男以外の憲兵の顔を見ようと目を離し、隣の人物に目を向ける。その顔を見た瞬間、先程までの考え事が全て消し飛び、思考が停止してしまった。


 その人物は女だった。背は他の三人と比べると一番低く、女性というより少女のようだ。髪は薄い金色で、夜だというのに輝いて見える。その眼は倒れている男よりもより深く赤く染まっていた。


 そして、その顔つきはもう会うことの出来ない母さんに、何の冗談か疑いたくなる程にそっくりだった。


 「エミィ?」


 誰にも聞こえないほど小さな声でその名を呼ぶ。あまりに唐突でうまく声が出ていないようだ。もう一度呼び掛けようとする。しかしそれをする前に、俺の腕が後ろから強く引かれた。


 「アラン、行くよ。」

 「待ってよアルノーさん、そこにエミィが居るんだよ? ほら、あそこに!」

 「行くぞ、アラン!」


 アルノーさんに引きずられるようにして連れて行かれる。俺の体はあまりの驚きにうまく動いてくれなかった。俺達が居た場所に人の壁が出来上がっていく。突然に近づいたエミィとの距離は、またもや簡単に引き離されてしまった。





 誰も居ない路地裏、俺はようやく動くようになった体で、アルノーさんが拘束していた右腕を強引に振り払った。


 「何でだよ! アルノーさん! さっきそこにエミィが居たのに、何で逃げちゃうんだよ!」

 「落ち着けアラン、お前はそれ以外何も見えなかったのか。」

 「そんな訳ないだろ、あの男がいた。でもエミィがいた。今からでもいい助けに行かないと!」

 「あれがエミィだと決まった訳じゃ無いんだ。」

 「ッ……! 俺が見間違える筈ないだろっ、それに見ただろあの眼を! あれがエミィじゃ無かったら何だって言うんだよ!」


 エミィの眼は俺と同じだった。どの吸血鬼の眼よりも赤くて、それでいて虹彩にあの瞳孔を囲む幾つもの寝ぼけ眼のような黒の細い楕円があった。


 「もしそうだとしても、あそこにはあいつが居た。助けるどころか僕達はあいつに顔を知られているんだ。頼むアラン。その行動で僕達はともかく、酒蔵亭にいる皆も危険に晒すかも知れないんだ。」


 アルノーさんのいつもの優しげな表情は今、どこかに消え去ってしまっていた。アルノーさんのこんな表情は初めての事だった。


 「……でもっ……」

 「アラン。」

 「……ごめん。」

 「分かってくれるならいいのさ。」

 「でも……エミィは何であそこにいたんだよ。たしかエミィは……」

 「……詳しい話は帰って話そう。」


 そう言ってアランさんは歩き出した。


 星くらいしか光の無い路地裏に隙間風が吹き付けた。その風は服の隙間から入り込み、俺の体から熱を容赦無く奪っていく。その無感情な風は悪戯の様に埃を巻き上げ、乾いた目に入り込ませようとした。


 「ボサっとしてないでさっさと行くぞ。」


 ギルさんがいつまでたっても歩き出さない俺を見かねて、肩を組んで歩かせた。アルノーさんが少し先でこちらを見ている。俺は少し足に力を込め、ギルさんの腕を振り払い強く歩き出した。手助けなんて必要ないと、自分はもう少しのことで駄々をこねて泣き出す子供ではないのだと、自分に言い聞かせながら。





 俺は冷たい風の吹き付ける路地裏から自分の部屋に、隠家である酒蔵亭へと戻ってきた。ベッドのシーツが夕方起きた時と同じ様にしわくちゃになったままだった。


 俺はそのベッドに窓を背にして腰掛ける。視線の先で椅子に座るアルノーさんを見た。アルノーさんが丸テーブルに置いてあるランタンに火を灯す。すると暗闇の中から橙色の顔の男が浮き出て来た。その顔は先程の険しい顔つきとは違いとても穏やかな表情で、その真っ直ぐな視線をこちらに向けていた。


 「さて、何から話そうか。」

 「なぁ、何でエミィがあそこにいたんだ?」


 俺は先程言おうとしたことを口に出した。今までエミィは、あの日以来捕まったままだと聞いていたのだが。


 「僕達も知ってた訳じゃ無いよ。さっきまでエミィちゃんは憲兵団の本部の中にいると思っていたさ。そのはずだった。」

 「じゃあ何で?」

 「分からない。何故あんな場所でエミィやあいつが吸血鬼退治なんてしていたのか。わざわざ吸血鬼に聖銀を持たせるなんて。まったく意図が掴めない。」


 アルノーさんは言い切った後に一息つくと言い聞かせる様に言った。


 「取りあえずこの問題は僕にも分からない。何であそこにエミィがいたのか、何故あんなことをしていたのか、分からない事だらけだ。この件は僕達で調べて見るよ。」

 「待ってくれよ、俺も手伝うよ。」


 そう言って身を乗り出した。十五年ごしでようやく見つかったんだ。少しでも良いから何か知りたかった。


 「アランはまず、ここの仕事を覚える事が優先だよ。言っただろう? ここの仕事を手伝って貰うって。それが出来てからにしてもらうよ。」

 「本当か?」

 「ああ、だから今日はもう寝な。明日は早いから十分に休むんだよ。」


 アルノーさんはランタンの火を消した。浮かび上がっていた顔が暗闇に呑まれていった。体の影だけがぼんやりと見えている。その影はドアノブを捻りながら振り向き言った。


 「おやすみ。」

 「……おやすみ。」


 ドアが閉められるのと同時に部屋は外の世界と隔離されてしまったかのように静かになった。俺は暗闇の中、手探りでベッドに入った。しかしいつまでたっても寝つく事が出来なかった。昼間に寝てしまったからではない。路地裏で見たあの光景が脳裏に焼き付いてどうやっても剥がれないのだ。


 俺は体を起こしてベッドから這い出た。そしてテーブルに置いてあるランタンにもう一度火を灯した。ガラスの中の炎は暗闇に慣れた目には少し痛かったが、それと同時にその揺らめきは乱れた心を落ち着かせてくれた。


 エミィは何故あんな所であんな事をしていたのだろう。ランタンの炎をぼんやりと眺めながらそんなことを考える。


 揺れる炎の先に先程の路地裏の光景が写し出された。たった一人の妹と後ろにいるそれを奪った男、そして血に濡れた聖銀と何も言わない吸血鬼の骸。


 それに似た光景を今まで一度も想像したことが無い訳ではない。俺はそれほどまでに物事を楽観視出来るほど、前向きではなかった。


 何度も想像したことがある。もしかしたら再会したいと思っているのは、俺だけなんじゃないか。エミィは俺のことなんて忘れてしまっていて、吸血鬼ではなく人の世界で幸せに暮らしているのではないか。もし会ったとしても「あなたは誰?」なんて言われてしまうのではないか。


 そして今日その光景をあの場所で見つけてしまった。彼女は後ろにいた憲兵と同じ軍服を身に纏い、聖銀を手にしていた。軍服には皺一つ無く、背も俺と同じ位に成長し、髪は艷やかだった。彼女はそこで生きていた。俺の家族としてではなく、もっと別の何かとして。


 頭の中で同じ思考が同じ場所で何回も回り続ける。いくら考えたところで何も変わらないということは百も承知だった。彼女はもう手の届かない場所に行ってしまっていたのだと知らされた。


 ただ、それでも、彼女に会いたいと思った。そして聞いてみたかった。彼女が今までどう生きて来たのか。話したかった。今まで自分がどう生きて来たのかを。

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