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聖銀と巨大都市《メガロポリス》  作者: 久野 貴文
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3-2.小さな願い

 町並みの向こう側から太陽がゆっくりと登ってくる。そこから届けられる光は中庭にも降り注ぎ、花弁や葉の上で珠のようになっている朝露に反射して輝いていた。

 この神殿の中にある中庭はまるで公園のような様相を呈している。普通の中庭なら整えられた植え込みがよく見られるものだが、ここにはそれが一つも無い。その代わりに建物と建物を結ぶ石畳以外の場所は全て草原になっており、その所々に高木が植えてある。

 更に中央にある湖の畔には小さな花畑があって、それを眺めていると何処かの草原を描いた絵画の世界に入り込んでしまったような錯覚をしてしまう。

 この中庭が僕は大好きだ。ここにはいつも穏やかな風が吹いていて、草木がそれに揺られている。それが緩やかに笑っている気がして、僕もつられて笑顔になれる。

 その中庭で僕は人探しをしていた。それは見つけるのが難しい訳ではない。寧ろ簡単だ。昼間では絶対に響かない音を伝って行けばすぐにその人の元に辿り着ける。

 僕の予想通り、その人物がいた。中庭の隅の方で鋭く空気を切る音を響かせている。その音の主は土の地面を踏み締め、剣を一心不乱に振っていた。その姿はとても力強く、それでいてその軌跡には目が離せなくなる魅力があった。

 僕はそれを木に隠れて見ていた。まだ朝日が登ったばかりだというのに、その人物の肌には朝露のような汗があった。もしかして日が登るずっと前から続けているのだろうか。

 「……どうしたんですか?ルーク様?」

 その人物がいきなりこちらに振り向いて言う。

 「……気づいていたんですか?」

 「ええ、勿論。何故隠れていたんです?」

 「邪魔しては駄目だと思って。」

 「邪魔になんてなりませんよ。それより隠れられる方が気になります。……それで、こんな朝早くから何か御用でしょうか?」

 アーロンは近くに置いてあったタオルは取りながら、僕がここにいる理由を聞いてきた。

 「うん。アーロン、僕に剣を教えて下さい。」

 「剣を? それはまたどうしてです? ルーク様にはまだ早いように私は思うのですが。」

 「僕は剣の訓練をたくさんして皆を守れる立派な大人になりたいんです。」

 「それは、良い志ですね。……ですがやはりルーク様には少し早いのでは? まだ剣をまともに振れるとは思えませんし。もう少し体が成長してからでも良いのではないのですか?」

 「僕は、今が良いです。僕は少しでも強くなりたいのです。……どうしても駄目、でしょうか?」

 「いえ、駄目ということはありませんが、しかしルーク様にはクライン様に勉強なども課せられているでしょう? そちらはどうするつもりです?」

 「勿論、ちゃんと勉強もします。それから剣もします。」

 「……そうなるとこの様な朝にしか教える事が出来ませんが、構いませんか?」

 「少しでも出来るなら僕はそれで構いません。」

 「そうですか。……そうですね、何事も早いに越した事は無いでしょうか。どちらにせよ、いつか剣術はやらねばならない事の一つですし――」

 アーロンは少し考えた後、僕を手招きして言った。

 「こちらに来て下さい。今日は少しの間ですが、教えてあげます。」

 「本当ですか? やった!」

 アーロンは中庭を抜け一つの建物へと向かう。僕もそれにぴったりと付いて行く。そして辿り着いたのは神殿の敷地内でも奥の方、アーロン達兵士の武器が置いてある倉庫だった。

 その部屋には剣は勿論、盾や槍に加え、見た事も無いような武器も置いてあった。アーロンはその部屋の隅に行き、そこに置いてあった訓練用だと思われる剣を二つ手に取った。そしてそれを一つ僕に渡す。

 初めて手に取った剣は先程アーロンが持っていた剣より一回り小さかったが、それでも予想以上にずっしりと僕の手に収まっていた。気を抜いてうっかり落としてしまえば、きっと大怪我するだろう。

 「まずはそれで練習をしてみましょうか。ここで振り回す事は出来ないので外へ出ましょう。訓練用の場所が裏にあります。」

 「はい!」

 またアーロンに付いて行くと、言っていた通り訓練場らしき場所があった。鎧を着た人形の模型や、弓の練習用の的等、様々な訓練の道具があるようだ。かなり広めの空間だったが、今は誰も居なかった。僕達だけの貸し切り状態だ。

 「さて、ここで良いでしょう。ルーク様、まずは剣の持ち方からです。」

 「はい。」

 「剣は流派によって持ち方が少しづつ違っていますが、主流なものであれば基本は同じです。まずは――」

 指示に従って不器用ながらも剣を持つ。しかし両手でしっかり支えているつもりでも、剣先がゆらゆらと揺れている。先程まで見ていたアーロンの構えとは似ても似つかない。なんだか不格好だった。

 「では、そのまま頭の上まで振り被って、振って、振り被って、振って――」

 アーロンがしていた素振りを思い出しながら剣を振る。その剣先は僕の目の前を弱々しく往復する。見ていて自分で恥ずかしくなってくる程だ。しかもまだ少ししか振っていない筈なのに、もう腕に力が入らなくなってきた。最初からブレブレだった剣先が、もっと弱々しいものになっていく。

 「――それまで。まぁ、最初はこんなものでしょう。」

 「うう、もう手が痛い……」

 「どうします?止めますか?」

 「止めません!」

 アーロンの提案を全力で断る。僕はそんな弱々しい意志で剣を教えて欲しいと言った訳ではない。

 「ふふっ、その意気です。安心して下さい。誰しもそこから強くなってゆくのです。」

 「本当ですか?僕でも、強くなれますか?」

 「ええ、勿論。毎日鍛錬を弛まず行えばね。逆に言えば、鍛錬をしない者はいつまで経っても強くはなれません。」

 「じゃあ、あのローガン様も物凄く鍛錬をしたのでしょうか?」

 「……ああ、なるほど。ルーク様がいきなりこんな事を言い出したのは、それが原因でしたか。」

 「も、勿論、それだけが理由ではないですよ!」

 アーロンの間違った考えを、僕は必死に否定する。思いつきの軽い好奇心だけの理由だと思われたら堪らない。

 「でも、その気持ちは分かります。あの人物は他の人間からはあまり感じる事の出来ない、見ただけで強いと分かる覇気の様なものを感じます。」

 「アーロンも分かりますか?」

 「はい。と言っても、あれは誰が見たって少なからず感じるものでしょう。彼が英雄と呼ばれるのには確固たる理由があるという事です。」

 「僕もいつかは、あんな風になれる時が来るでしょうか?」

 「……ルーク様。貴方は強くなって何をしたいとお思いですか?」

 「え? それは勿論、皆を守れるような立派な騎士になる事です!」

 「それならば、あの人物を目指すのは止めた方が良いでしょう。」

 「それはどうしてです?」

 「あれはルーク様が目指しているものとは似ているようで、真逆のものだからです。ルーク様が目指しているものが盾であるなら、あれは剣、いえ刃そのものだからです。」

 「刃……」

 アーロンの言葉を反芻しながら、僕はあの今を生きる英雄を思い出していた。確かにあの眼光は何でも切り裂いても可笑しくない程鋭利で、雰囲気も金属のように冷たかった。

 「さぁ、休憩は終わりです。」

 頭の中の思考を打ち破る様に、アーロンの手を叩く音が耳に響く。

 「訓練を続けましょう。何を目指すにしても、鍛錬は必要不可欠です。何もしなくて自分の望む何かにはなれません。」

 「はい!」

 訓練場にまだ弱々しい、空気をすり抜ける音が響き始める。僕は剣の先に、舞踏会の時の僕達を盗み見るあの視線を置いた。あの軽蔑の籠もった張り付くような視線だ。僕は物心ついた時から浴びるあの視線を何としても振り払ってやりたいと思っていた。しかしそれをするには僕は自分の力が無さ過ぎる。

 だから僕は今懸命に剣を振っていた。それがいつかあの視線を取り払うと信じて。今はまだまだ頼りない軌跡だ。けれど、それは先程より少しだけ鋭くなっている、ような気がした。





 「……そこまで。」

 その言葉を合図に僕は地面へ剣を落としてしまう。もう手には何かを握る力は残っていなかった。あまりの酷使に腕が少し震えている。結局、今迄ただ素振りをずっとしていただけだったが、それだけで想像を絶する疲労だった。腕を上げる事を脳が拒否しているような気がする。

 「今日はこのくらいで終わっておきましょう。無理のさせ過ぎもいけませんし。」

 「は、はい……」

 アーロンの中ではこれは無理のさせ過ぎではないらしい。これ以上があるのかと僕は薄ら寒さを覚えた。しかしそれと同時に僕の中で闘志が沸々と湧き上がって来た。その熱で心の臆病はすぐに消えていってしまった。

 「よく最後までやり遂げましたね。正直に言うと、途中で止めてしまうかと思っていましたよ。」

 「はは、……まだ続けてられますよ?」

 「それは頼もしいですね。しかし、もう時間切れです。太陽があんなに登ってしまっています。」

 「え?」

 僕は太陽の方へと目を向ける。そこには木々の間からすっかり顔を出し、その綺麗な白の円を全て堂々と空に晒していた。いつの間にか周りも明るくなってきている。

 「本当だ。もうこんなに時間が経ってたんだ。さっきまで日の出の時間だったのに。」

 「それよりルーク様。早く行かないと朝食の時間に遅れてしまいます。急いで戻りましょう。」

 「そうだね。もし遅れたらソフィアから愚痴を言われちゃうよ。」

 僕とアーロンは大急ぎで剣を片付け、そして食堂のある神殿の方へと戻っていった。辺りは日の光を浴びて段々と暖かさが増していっていた。





 神殿の中は多くの人々が忙しそうに廊下を歩いていた。だけれどもそれは活気に満ち溢れていて、その証拠にすれ違う度に皆は活力を分け与えてくれるような挨拶を僕とアーロンに投げ掛けた。神殿は朝日を浴びたのを感じ、一日が動き始めているのを僕は目と耳と肌で感じていた。

 「そうだ、アーロン。今日はカードルの蜂蜜が届いたから朝食は豪華になるぞ、ってクリフトさんが言っていましたよ。アーロンさんも偶には一緒にどうです?」

 「それは魅力的なお誘いですけど、辞退しておきます。私はルーク様達が食べ終わってから、頂くことにしますよ。」

 「でも、皆で食べた方が美味しいですよ? アーロンだって、お腹は空いているでしょう?」

 「お気遣いありがとうございます。ですが私はルーク様の護衛が仕事ですから。それに私は皆さんが食事をしているのを見ている方が幸せです。」

 アーロンはゆるりと首を振る。優しいけどしっかりとした否定だった。

 「そうですか……」

 僕は長い廊下の一つの扉の前に立つ。中から何やら賑やかな談笑が聞こえてきた。その声に誘われる様に僕は両手で扉を開いた。

 その先には長いテーブルに座ったソフィアとその隣のクリフトさん、奥の方に爺様と婆様がいた。周りに二人の使用人の姿も見える。皆扉が開かれた音に気付き、僕達の方を向いていた。

 「遅かったですね、ルーク。さあさあ、ここに座りなさい。」

 遅れた事には何も言わず、爺様は微笑みながら手招きをした。爺様が座っている椅子の隣は一席空いていた。僕はそこに向かって行き、そしてその椅子に座った。

 すると目の前にパンやスープ、サラダ等が所狭しと置かれている光景が広がった。お腹がご馳走を目の前にして自分の空腹具合をこれでもかと訴えかけてくる。僕はゴクリと唾を飲み込んだ。クリフトさんが昨日言っていた通りだ。いつもの二倍か三倍くらい豪華だ。

 「それじゃあ、ルークも揃ったことだし、頂きましょうか。」

 婆様が皆に向かって語り掛ける様に言う。皆、言われなくてもという顔をして――クリフトさんは特に――いた。婆様のその言葉が合図になって僕達は朝食を食べ始めた。

 僕も自分の食欲に従い柔らかくて温かい出来たてのパンを頬張る。更に顔を近づけると鼻一杯に香しい匂いが広がり美味しさが香りになって溢れているのが分かるスープを勢いよく飲み干した。婆様に促されて、大皿に乗ったサラダを小皿に山盛りに取り分け、それも食べ尽くす。僕のお腹は予想以上に空いているようだった。

 「ルーク。貴方は今日の朝、アーロンに剣を教えて貰っていたそうですね?」

 ある程度食べ終わったところで、爺様が思い出したかの様に僕に話しかけてきた。

 「どうして知っているんです? 僕もアーロンもまだ何も言って無いのに。」

 「庭師のカーラに聞いたんですよ。」

 「ええ! ルーク、朝にいないと思ったら、そんなことしてたの?」

 ソフィアの眠たそうだった顔が驚いた顔に変わった。朝に弱い彼女にとって、今日僕がした事はそれくらい驚くべきことらしい。

 「いやぁ、驚かされましたよ。剣術もそろそろ、と思っていたのですが、待ち切れなかった様ですね。」

 「何か問題があったでしょうか?」

 アーロンさんが爺様に少し不安げに尋ねる。

 「いいえ、悪いことなど一つもありません。ルークが自分でやりたいと言い出すというのは、これ以上無いくらいです。……それで、ルーク。教えて貰ってどうでしたか?」

 「大変でしたけど、でもこのくらいなんてこと無いですよ。」

 「ははは、良い心意気ですね。その調子で立派な戦士になってくれる事を期待していますよ。」

 「はい!任せて下さい!」

 「ねぇねぇ、爺様。ルークだけずるいよ。私もやりたい!」

 ソフィアが唐突にそう言い出した。

 「良いですが、貴方は座学が全然終わっていませんよ。剣よりもまず、そちらが先です。」

 「えー」

 ソフィアが不貞腐れた様に不満を漏らした。それを見てクリフトさんは笑いながら言う。

 「ソフィア。爺様は別にやらせないと言っている訳じゃないだろう。お前が勉強を頑張れば良いだけさ。」

 「は〜い。」

 今度は部屋中に微笑みが溢れる。部屋の誰しもが笑っていた。いつもは無表情なアーロンさんでさえにっこりと笑っていた。

 そうして朝食の時間は過ぎていった。僕は剣の鍛錬で空いていたお腹を一杯に満たし、更に爺様から剣の訓練を続ける事を認めて貰えて満足だった。

 僕の気分は一日を全てやり切った気分だったが、食堂を出た途端にこれが一日の始まりだった事を思い出した。ベッドに今すぐに飛び込みたかったが、今日はこれからなのだ。まだ勉強や手伝い等、やる事は沢山残っている。その事に驚きながらも、僕は自分の部屋に戻った。これからすぐに先生が来て、僕は机に縛り付けられることになるのだ。

 こうして僕のいつも通りで新しい一日が始まったのだった。

 作者は剣術について全く知識が有りません。それっぽい事を書いているだけです。

 なので少し変な部分があっても流してもらえると有り難いです。

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