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聖銀と巨大都市《メガロポリス》  作者: 久野 貴文
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2-9.人間の世界の変わり者

 見上げる程の大きな扉がゆっくりと開かれる。扉に出来る空いた隙間から金色の光が溢れ出し、そして開け放たれた向こう側にはこの世の彩色を全て集めたような空間が広がっていた。シャンデリアの光がこの空間のもの全てを上から照らしていて、それを一身に受けるのは落ち着いた色合いの調度品や芸術品の様に飾られた色とりどりの料理、それ等を引き立てる花々と、そしてタキシードとドレスを着た人々だった。

 ここには確かにこの街の全ての財産が集められており、そしてそれが出来るだけの権力があった。その人々は複数人で固まり何かをそれぞれで話していた。しかしその目線が広間に入って来たこちらを盗み見ている事は容易に感じ取れた。その刺すような視線からエミィは逃げるように目を伏せ、出来るだけ見られないように俺を壁にした。

 クラインや二人の子供は広間に入った途端に、レグル派の仲間と思しき者に囲まれ、その集団と広間の一角に行ってしまった。俺とエミィはまた二人になった。それからどちらの派閥でもない派閥の方、その中でも広間の隅の方に移動した。

 広間には扉が三つあり、外から次々と人が入って来ていた。その人々は領主や文官、騎士等様々な役職の者達で、中にはどこかの子供と思われる者もいた。しかし大抵は貴族で、平民の者は俺とエミィ――正式な国民ではないが捕虜でもない――しか居ないのではないだろうかと思われた。

 しかしその認識は間違いだとすぐに気づいた。俺達二人以外でもう一人平民と言える人物がいた。その人物は正に今俺達に近づいて来ていた。この国の騎士団団長、ライノス・ディルハーだ。

 「ローガン。久しぶりだな。」

 「そうだな。半年ぶりだ。……何でお前がもうここに居るんだ? お前は王様を守るのが仕事じゃないのか?」

 俺は広間を再度見渡してみる。しかしやはり王様の姿はどこにも無かった。

 「王もこんな歳を取った者より、若い者に守られた方が安心だろう。……というのは冗談で、王様には許可を貰ってここに来ているんだ。」

 「何でわざわざ?」

 「君に頼み事があるんだ。」

 「頼み? 一体何だ?」

 「君というより憲兵団に、と言った方が正しいか。」

 潜める声でライナスは言う。

 「……何故そんな事を今頼む?」

 「これを頼むのが騎士団ではなく、私だからだ。」

 憲兵の力を使いたい、という事だろうか。

 「……ここで話して良いのか?」

 「構わない。聞かれようと聞かれまいと変わらない事だ。」

 「そうか。……それで、どんな事をすればいいんだ? 受けるのは内容によるぞ。」

 「今吸血鬼が街に多く入り込んでいるのは既に分かりきっていると思うが、三日前に人喰いが街に侵入した。」

 「人喰いだと? 外じゃあ国境でも変わっているのか? いや、話を進めてくれ。」

 「その人喰いは捕らえたのだが、その者達が言うには、自分達は二人の裏切り者を追って来た。ということらしい。」

 「裏切り者? 勿体つけた言い方だな。つまり、俺は何をすればいいんだ?」

 「君にその二人の裏切り者を捕まえて欲しい。」

 「殺さずにか?」

 「そうだ。そしてその者達を私に引き渡してくれ。その者はヒーネルビスの者らしい。中々興味深い情報を持っているようだ。」

 「……分かった。引き受けよう。」

 「ありがとう。それではまた。」


 ライノスは颯爽と去っていく。つまり、その情報を知りたいが、そいつらは既に街中に潜んでいる。管轄外の事を管轄である憲兵団に頼むという事だろう。

 個人的な依頼というのは、本来街中で捕らえられた吸血鬼や人喰いというのは、特別な場合――エミィの様な例――でない時には憲兵が尋問、処刑等を自由に出来るようになっている。普段は騎士団に受け渡すという事は無い。(研究目的ならば前線で捕えることの出来る者達で十分な数になる。)

 しかし今回は特定の人物に用がある。なので情報の為、通例を無視してその二人を受け渡して欲しいというのが個人的な依頼だ。

 つまり、その情報は公に出来ず、隠さなければならないが、隠している事は隠さずにこの観衆の中で話し、注目を集めさせることに利益がある情報、ということになる。……ライノスは平民だが、こういう政治的な振る舞いもこなせる。間違いなく、誰かしらが裏で画策し何かを求めている。その裏切り者は何を知っているのだろうか。

 間違いなく面倒事ではあったが、俺がやる事は簡単だった。街の中にいるならば、見つけること自体は簡単だろう。






 「ねぇ、あの人って……」

 「騎士団団長だ。前回で会っていなかったか?」

 「前は、あんまり覚えてない。」

 「そうか。」

 それから暫くして、王様がこの広間に現れた。そこにはライノスも側で護衛をしている。人々の視線が集まる中、王様によって舞踏会の始まりが告げられた。

 音楽が静かなものから賑やかなものへと様変わりしていった。中央では踊り始める男女がちらほらと現れ始め、会話が活発に行われるようになり、この機会に顔を覚えて貰おうと王様やその他の地位が高い者に挨拶に行く者も出てきた。

 しかし俺はそのどれもする必要は無かった。ダンスなんてものはやったことも無いし相手がいない。挨拶をしようにも今の王様や地位が高い者とは大抵、前線での顔見知りで必要無かった。会話なら出来そうだったが、隣にいる吸血鬼のお陰で近づいて来る者は一人もおらず、こちらから近付こうにも迷惑だろう。

 何もすることが無い俺は、前回と同じでテーブルに置いてある豪華で美味そうな料理を出来るだけ腹に収める事にした。流石貴族達のパーティーというべきか、普段はお目にかかる事すら難しい食材が多く使われていた。

 料理に手をつけていると、エミィが何も食べる事無く広間の一角を見ている事に気がついた。そちらを見てみるとそこにはクライン達の集団がいる。随分と気になっている様だ。

 「ねぇ、ローガン。」

 自分が視線を向けている方に俺が目を向けたのに気付いたのか、エミィがおずおずと聞いてくる。

 「あの二人って本当に人喰い、なの?」

 「どうしてそんな事を聞くんだ?」

 「だって、私と違って周りにあんなに人が集まってるし……」

 確かに俺達の周りには無い人の環がクライン達三人の周りには出来ている。こちらに比べてあちらの方は沢山の人が集まり、他の子供も何人か居るようだ。

 「それに二人はクラインって人の孫ってローガンは言って無かった? あのクラインって人、人喰いなの?」

 「……そうだな。これには面倒な事情があるんだが……確かにあいつらは少しお前とは違うな。人間じゃないって言うには不完全だ。」

 「不完全?」

 「あいつらは、混ざってるのさ。人間と人喰いがな。ルーク・シンクロードの方は四分の一、ソフィア・シンクロードの方は四分の三、人喰いが入ってる。」

 「そんな事ってあるの?」

 「そこに実際にいるんだからあるんだろう。」

 エミィは変わらずじっとあちらを見つめていた。

 「行っても良いぞ。」

 「良いの?」

 「ああ。」

 エミィは向こうを確認した後、意を決して歩き出した。人と人の間を抜けながら、クライン達の所へ少しずつ近づいていく。しかし半分程歩き終わったところで、クライン達に一組の男女が話しかけた。それによってエミィは足を止めた。話し掛けられる機会を窺っているようだ。男女は少し話すとクライン達から離れて行った。

 今度こそ、と踏み出したエミィだったが、またしてもクライン達に話し掛ける人物がいた。初老の男性で今度はかなり話が長い。エミィは踏み出したり後ずさったりを繰り返して待っている。しかし、老人との会話はまだ終わらない。エミィは周りを見渡してそれからこちらに振り向いた。そして、まるで今まで一人だった事に今更気付いた様に、こちらへ早足で戻って来てしまった。

 「……」

 先程いた場所にエミィが戻って来る。それでも視線だけはずっとあちらを向いていた。

 「何で戻って来たんだ?」

 「だって、ずっと話してるし――」

 「だったら、待っておけば良いだろう。」

 「そうだけど……」

 踏ん切りがつかない言い方でエミィは言う。人前に出る事が殆ど無く、唯一の体験が前回の舞踏会だったエミィは、人との間に踏み込めないという弊害が出ているようだ。

 ずっと機会を窺っていたエミィだったが、結局舞踏会が終わるまで同じ子供達と話す事は出来なかった。






 しかし舞踏会が終わった後、クライン達の方から声を掛けてきた。

 「どうです? 今日は楽しんでくれましたか?」

 クラインがエミィに向かって微笑む。

 「は、はい!」

 「そうですか。それは良かった。時間があればそちらへ行こうとは思っていたのですが、皆さんが放してくれなくてね。」

 話しているクラインの後ろにはルークとソフィアがいて、こちらを見ている。

 「エミィ、そいつ等と遊んでろ。クライン、話がある。」

 「はて、何でしょうか? 孫が二人いるのでね。手短にしてもらいたいのですが。」

 「安心しろ。質問を一つするだけだ。」

 そう言って俺はクラインを広間の片隅へと連れて行った。人はある程度減っているが、聞き耳を立てている者が数名いる。しかし追い払う事をせずに、俺は質問をした。

 「三日前、街に人喰いが侵入したのは知っているか?」

 「ええ、ほんの数時間前に聞きましたよ。」

 「お前達が関わっているんじゃ無いだろうな?」

 「まさか! 私達はそんなことする訳無いじゃないですか。そもそも何の利益があると言うんです?」

 「侵入を手引きしたんじゃないかと言っている訳じゃないさ。お前達、まさか外に手を出しているんじゃ無いだろうなと言っているんだ。」

 クラインの顔に反応があったような気がした。やはり何かをしているのだろうか。

 「知っての通り、私達は外に大きな力は持っていません。貴方が思っている様な事は出来はしませんよ。」

 「そうか? お前達ならひっそりと何かしてそうなものだがな。」

 「していませんよ。……お話は以上ですか?」

 クラインはゆっくりと疑いの言葉を否定する。表情からは一切の焦りなどの感情は消え去り、自分の言葉を信じ切っている様に見えた。

 「……ああ、済まなかったな、時間を取らせて。許してくれ。俺はただお前達がリオル派みたいな事をしていなければそれで良いんだ。」

 「……私達がそんな事をする筈無いでしょう?」

 「それもそうだな。」

 クラインは足をふたりの孫の方に向けた。周りの数人の人々も満足した様にあちこちに去って行った。






 「爺様、話はもういいのですか?」

 戻って来たクラインにルークがそう尋ねる。

 「ええ、それでは帰りましょうか。皆も待っていますしね。」

 「はい! それじゃあエミィ、また会いましょう。」

 「またね。」

 「う、うん。またね!」

 クライン達は扉を通って広間を出て行く。周りには数人しかもう残ってはいなかった。

 「少しは話せたか?」

 「うん、少しだけ。」

 「そうか。……帰るか。」

 「うん。」

 クライン達とは違う扉を抜け、広間を後にする。エミィは同世代の者と話せて満足げな表情をしていた。





 王城の外へ出ると建物と正門の間に大きな庭が見えてくる。入る時には誰もいない場所だったが、今は人がちらほらと目に入る。舞踏会の余韻がまだ残っている様だ。

 「ローガン。」

 「何だ?」

 「……今日の舞踏会はね、少し楽しかった。」

 「そうか。」

 「……ローガン。私も、いつかルークやソフィアみたいになれるかな?」

 エミィはあの二人のどのようなところを見て、『なれる』と聞いているのだろうか。俺にはエミィから見た二人がどう見えたのかは分からない。

 「さあな。」

 「そっか。」

 エミィは馬車の方へふらふらと歩いていった。この少女の事も未だに分からない。一体何が見えて何を考えているのか。そしてこの少女に対して俺がすべき事は何か。時間切れがいつなのかはまだ見えないが、確実に短くなっていっているのは感じ取れていた。

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