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9★幸せの自論

「あの日……二度目に会った時も、そんな顔していた……」


「二度目……? どんな顔……?」


「泣きそうなのをごまかしてる顔……」


 ごまかしてなんか……と言おうとしたところで郷奈ちゃんの顔が浮かぶ。「ごまかすの下手くそなんだから」と……。周りのみんなが鋭いのか、私がほんとに下手くそなのか、どちらにせよ今は砂塚さんの指摘を否定しても無駄だということに気付いた。


 繋がった手は冷たいままなのに、不思議と温かく感じる。雪自体は冷たいけどかまくらの中は暖かいのと似ているのかなと、この不思議な感覚を何かに紐付けて納得しようとした。


 それでも私の少ない脳みそではストンとくる例えが浮かばず、ただ黙って砂塚さんを見上げていた。


「二度目に会った時のことはできれば思い出したくなかったんだけど……。川原に一人で立っているあなたを見かけたの。あれは梅雨の日で、今よりもずっと強い雨が降っていて、私は大会を控えていたから遅くまで残って練習していたの。帰り道の川原であなたを見かけて、こんな雨の中傘も差さずに何をしているのかと、川原のほうまで行って声を掛けようとした時、雨でスリップしたバイクを避けきれずに……」


「……」


「運命の人なんてものは存在しないけれど、運命を受け入れなければならないのが現実よね。私はあの事故で左足に少し麻痺が残ってしまった。雨の中、バカみたいに空を見上げていたあなたに声を掛けようなんて思わなければ、私は事故にあわなかったかもしれない。あなたがあの時泣いていなければ、私はあなたを……」


 ギュッと強く握られて、我に返ったように血の気が戻ってくる。ドクン、ドクンと、全身の至るところに心臓があるんじゃないかというくらい強く鼓動した。


 私の……せい……。私が……。


 なのに私は砂塚さんのことを「知らない」だなんて……っ!


「お空にもね……イルカさんはいるんだよって……パパが教えてくれたの……。天の川のほとりにイルカ座って星座があるんだって……。イルカさんはね、かしこくてかわいくて人気者で……私はイルカさんみたいになりたかったの。だから……お空のイルカさんにお願いすれば、きっと私もイルカさんみたいになれるんだって……思って……。それに、イルカさん……は……」


 これはきっと雨に違いない。私の頬に生暖かい雨粒が滴っていた。涙なんかじゃなく、そう、私には涙なんかないのだから、これはきっと雨粒に違いない……。


「下手なごまかしにもほどがあるわね……。そんな現実味のない話をしなければ、自分の置かれている現実も感情もごまかせないの? ごまかせてると思っているのはあなた自身だけよ。傍から見たらちっともごまかせていないのに、気づいてないのはあなただけ。気付かないようにしてるだけ。向き合えないほどの辛さから逃げようとしているだけよ」


「なんで……なんでそんなこと言うの……? 私は強いもん。確かに現実味のない話かもしれないけど、お願いしてれば救われることだってあるもん!」


「お願いをしてもお祈りをしても、現実も運命もなにも変わらないのよ。あなたは現実からも自分の本心からも逃げているだけよ!」


「私は逃げたりしてない! 強いもん!」


 震えているのは寒さのせい? 握られた手を通して伝わってくる。


 違う、震えているのは私だ……。身体も、声も、震えているのは私のほうだ……。


 怖い、聴くのが怖い! 私は今まで何も間違えてないと思ってきた。自分は正しいと思ってきた。


 否定されるのが怖い……!


「あなたは強くなんかないわ。ただの現実逃避している甘ったれよ。イルカにお願いすれば何か起きるの?いいことがあるの? お願いして叶えてくれるなら私の足を治してよ! お父さんを返してよ! あなたの家族だって、お願いすれば元に戻れるじゃない!  できないでしょ? それが現実なのよ!」


……「そんなことはないよ……。そりゃできないこともあるけどさ、ポジティブに信じていれば、砂塚さんの足だってきっと治るよ……。私の……私のせいなら、私は治す方法を一生かけて一緒に探すし、治ってもずっとそばにいる!」


 震える声で叫ぶと自然に呼吸がしやすくなってきた気がした。かじかんだ指先にできる限りの力を込めて握り返す。


 今まで氷のように冷たい目をしていた砂塚さんだけど、徐々に体温を取り戻していく私が真っ直ぐに見つめ返すと、黙って続きを待ってくれていた。


「星座はね、ほんとは一つ一つがとっても遠くてバラバラなところにあるの。でもね、一つ一つを線で繋げば一つの星座になるんだ。家族も同じだと思わない? 離れていても、天国にいても、線をたどればいつだって家族なんだよ」


「……それもお父様の受け売りなの?」


「ううん、私の自論……かな? 家族と離れて寮に来てからそう思えるようになったんだ。離れちゃった中学の友達も、あの星があの子であの星が私かなぁって想像しながら見てると、一つの形に見えてくるの。ずっとそばにいるし、ずっと一緒なんだなぁって……おかしい?」


 得意げに語りつくしてからドヤ顔でニカッと笑ってみせる。郷奈ちゃんにも最後まで話したことのない自論だけど、私はずっとそう信じてきたのだからドヤ顔を見せれるくらい自信がある!


「……どうにもならないのが現実だけど、考え方次第では満たされることもあるって話ね」


「そう! だからね、これから私はずっと砂塚さんのそばで幸せについて語るの! こう考えてみたら幸せだと思わない? って、砂塚さんが失ってきたものを幸せに変換するの!」


「……は?」


 あれ? ちょっとずれたかなぁ? まぁいいや。


 眉が潜まったけど、繋いだ手を引込められたけど、きっと何度でも言うよ。何度でも繋ぐよ。


 その傷ついた冷たい眼差しが、幸せだよって心から笑ってくれるまで……。




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