7★あなたを知ってる
放課後までの道のりは長い……とはいつも思うけど、用事や部活がある日の放課後までの道のりは特に長く感じる。
どんより雲から滴が落ちていくのを眺めていると、窓際の子と目が合った。首をかしげながら笑顔でこちらを見ているけど、何か言いたげ……?
あー、いや別に外見てただけなんだけどなぁ……。でも勘違いさせてるみたいなので、とりあえずピースしてごまかしてみる。お互いに用事もないまま目が合ったからハテナな顔だけど、たまには意味もなくアイコンタクトするのも悪くないよね。
今日の天気予報では雨降らないって言ってたのに……予報士さんの嘘つきめ。せっかく洗濯物干してきたのにずぶ濡れ予報って感じね。帰ったらランドリーで乾燥機かけなきゃだなぁ……。
それに今日もイルカさん見えない予報……。
「栗橋さんっ!」
「……ふぇっ? は、はいっ!」
「起立……ですよ?」
あわてて周りを見ると、私以外のみんなが立ってこちらを見ていた。授業終了の挨拶だ!
「すすすすみませんっ!」
クスクスという笑い声に混じる先生のため息……。ごめんね先生、私は授業より洗濯物が大事、洗濯物よりイルカさんが大事……。
「莉亜ー、部活行こー?」
「あ……、今日部活だっけ? もう二学期終わりなんだし、年始までないんじゃないの?」
「忘れたのー? クリスマスイベで合唱部も出し物お願いしますって言われたじゃん」
「えぇっ! 聞いてないかもー。あー、でもどっちみち今日は部活出れないや……。ごめんけど欠席って言っといてー! クリスマスイベは出たいけどってのもね! じゃっ!」
「調子いいんだから……」
ブツクサとお説教が聞こえる前に、バッグを持って逃げるように教室を出る。短距離走が得意だから逃げ足が速いのか、逃げ足が速いから短距離走が得意なのか、そんな嫌味を先生に言われたことあったなぁ……。どっちみちいい意味じゃないよね? まぁいいや。
やや減速しながら隣の三組を覗き、キャッキャウフフの中から砂塚さんを探す……。
あれ? いない……? もしかしてお休み?
「あっ、ねーねー! 砂塚さんて今日お休み? 来てた? どこ行ったか知ってる?」
廊下へ出ようとする子に質問攻めすると、その子は連れの子と目を合わせて頷いた。どうやら知ってる様子……。
「砂塚さん、今日は来てたけど、もう部活行ったんじゃないかな? バッグないし」
「部活? 砂塚さんて部活やってるのっ? 何部か知ってるっ?」
「入院する前は試合とか出てたみたいだし、変わってなければまだ弓道部なはずだけど?」
「弓道部……? 試合? 砂塚さんて一年生なのに試合出してもらえるほど上手かったの?」
「さぁ……弓道のことは詳しくないから分からないけど、かなり成績は良かったみたいだよ? お兄さんがやってたから……とかなんとかで」
弓道やってて、試合出てて、成績優秀で、お兄さんがいて……。そうなんだ、これだけでも砂塚さんを知れた気がする!
「あ、あと、なんで入院したか……知ってる?」
「あー……事故って聞いたけど……交通事故だったかなぁ? 下校途中だったらしいよ。最近退院して、やっと復学してきたんだよ」
「事故……」
どうりで見かけたことないと思ったら、最近復学してたんだ……。一学期の中間テストが終わった頃くらいから見かけてないって郷奈ちゃんも言ってたし、そうだとすると半年くらい休学してたのか……。
「でも私から聞いたって言わないでね? なんか砂塚さんて目つきとか怖いし近寄りがたいから何か言われても嫌だし……」
「あーうんうん、大丈夫! 言わないから安心して! じゃあね、ありがとー!」
……言わないでねもなにも、名前分かんないから言いようがないから大丈夫! とは口にしないけどね。
廊下を歩く生徒の間を縫って走る。たまに肩がぶつかれば「ごめんなさーい!」って片手を上げる。職員室の前だって、先生たちに見つからないスピードで走る……。
「う……ゲホッ! うぅー……」
忘れっぽい私だけど、私の体力が絶望的に無いことも忘れて走ってしまった……。走るのは得意だけど、ペース配分なんて器用なことができないから長距離は苦手なんだよなぁ……。
体育館の近くにあるのは知っていたけど、道場なんて用がないから来たことがなかった。「道場」っていう響きから、柔道とか空手みたいな雄叫びがもれているんだと思っていたのに、扉の向こうからは物音一つしなかった。
砂塚さん、ほんとにここにいるのかなぁ? それより誰かいる気配すらない……。授業終わってからまだそんなに時間経ってないからもう部活終わっちゃったわけじゃないだろうし……。
待ってたら来るかもしれない、そう思って道場の扉にもたれて座り込んだ。そこから見上げる空はまだどんよりと低く雲が蔓延っていて、その上の星空を見せてくれる気配はない。残念なため息と疲労のため息が一緒に出ていった。
「たーくさんのーぉ……キーラキラにーぃ……おー願いぃすーればーぁ……」
これ、何の歌だっけ……? うろ覚えだけど口ずさむと勝手に後から後から出てくる……。
「おー空ぁーのおー星様ーぁがーぁ……あぁなたぁを……」
あなたを……何だっけ? えーっと……。
「あぁなたぁを……」
「何をしてるのっ?」
「ふぇ……? うわわっ!」
驚いたのは怒鳴り声よりも、もたれていた扉が急に開いて砂塚さんが現れたことのほうが強かった。
もたれていた扉が無くなったことでバランスを崩し、そのまま後ろへ仰向けに倒れると、怖い顔で見下ろす砂塚さんと目が合った。
「……何をしているの?」
「あ、あはは……ごきげんよー……。いたんだ? 静かだから、てっきりいないんだと思ったぁ……」
「何をしているのと聞いているんだけど? 明確な理由がないのなら帰ってちょうだい」
「そ、そんな怖い顔しないでよぉ……! 砂塚さんに会いに来たんだよ。ここに来たら会えると思って来たんだけど、静かだったから中に誰もいないんだと思って……じゃあ待ってたら来るかなぁって思って……」
「ここは道場よっ! 静かにしてもらえないかしら!」
うぅ……見下ろされてると余計に迫力が……。
ならばとりあえず、と上体を起こして改めて見上げる。座った位置からでも気迫が迫りくるのは変わらなかったけど……。
「ご、ごめんっ! 誰もいないと思ってちょっと口ずさんでた……」
「口ずさんでた? あなた前から声大きいと思ってたけれど、自覚してないの? 今の歌声も口ずさんでた程度なんかじゃないわよ?」
「あー……そうそう、合唱部の顧問にもよく怒られるんだぁ。ちゃんとハモる相手の声を聞いてバランスを考えなさいって……」
「そんなことは聞いてないんだけど? 歌うなら音楽室へでも行ったらどうなの? 用事がないなら部外者は帰ってちょうだい」
「あ、そうそう! 用事があってきたんだよ! 砂塚さんに会いに来たんだってば」
「……何の用なの?」
まぁそりゃちょっとはうるさかったかもしれないよね、うん、弓道は確か精神統一とかやって集中しないと上手くいかないんだって……どっかで聴いたような聞いてないような。
とにかく、用事があればいいんだよね?
「えっとね、話がしたくて来たの。砂塚さんに聞いてもらいたいことがあって」
「私は部活中なのよ? 見て分からないの? どうせくだらない話なんでしょうからまたにして」
「部活、終わったらいいってことっ? 終わったら話聞いてくれるってことだよね!」
「相変わらず変わった解釈をするのね。あなた、私に嫌いだと言われてなんとも思わないの? 出直してと言ったのは関わらないでって意味も込めてたんだけど……あなたには遠回しに言っても無駄だったようね」
「変わってるってよく言われるけど、変わってるって個性的ってことだよね? それって褒め言葉だと思うな。ほんとに嫌いだったら、嫌いな人を褒めたりする?」
「……何が言いたいの? からかうなら帰ってちょうだい!」
「なんで……なんでそんなに私を拒むの? 私、何かした? ……したかもだけど、失礼なことしたかもだけど……そんなに嫌いって言われるような悪いことしたかな……?」
思い当たらない。出会ってからずっとこんな風に見下ろされていた気がする。同じ目線で会話していても、ずっと上から見下ろされている感じがしてた。
立ち上がっても五センチくらいしかない身長差がものすごく上に感じる……。
じっと見つめているとしばらくの沈黙の後、顔を叛けながら重い口を開いた。
「栗橋さんは私のこと知らなかったようだけど、私は入学した時から知っていたわ。名前こそ知らなかったけれど、隣の四組の子だってことも知ってた。それなのにあなたは私のこと……」
「……知ってたのっ! なんでっ? どこで……」
「私は作り話なんて興味ない、空想や妄想にすがる時間があるなら努力をするわ。あなたのように作り話ばかり信じて現実を見れない人とは違うの。現実はね、お祈りやお願いだけじゃ何も手に入らないのよ」
「……どういう意味……? 私を知ってたことと、そのことと、なにか関係があるの?」
「あなた、いつも川原で星見てたでしょ?」