5★眠れずに……
……眠れなかった!
どんな時もどんな所でも眠れるこの私が……。さて、なんででしょうか……?
砂塚さんに嫌いと言われたこと気にしてる? 郷奈ちゃんにチュー……されたこと気になってる? ん? 結局あれはチューしたんだっけ? 分からなくなってきた……!
それにしても、ポジティブ&アクティブがモットーの私が、些細なことで眠れなくなるとは! まったく、ヤワになったなぁ。こんなに弱い人間だったかなぁ?
もうちょっと強いと思ってたんだけど……これって、大人の階段昇ったってことじゃ……!
うん、きっとそう! 大人になれば悩みの一つや二つ、あってもおかしくないしね。悩みがあること自体が悩みだって大人、きっとゴロゴロいるんだよ!
よく言うじゃない「子供はいいなぁ」って。あれはきっと、子供は悩みがなくていいなぁって妬みだか僻みなんだよ!
うん、そう思ったらなんだか元気になってきた! 悩みは悩み、私は私。悩みがあっても私。私は大人、大人は悩むものなのよ! 多分……ね?
睡眠不足になったことないから知らなかったけど、眠らないとすっごく目がゴロゴロするのね……。ちゃんと目をつぶっていたのに、こんなにも違和感が出るなんてね。
それと頭が重いなぁ。かろうじて机の上の時計が見れるくらいには動かせたけど、脳みその中で除夜の鐘が鳴ってるみたいにグワングワンいってる。
カーテンの隙間からこもれる空が明るいと思ってたらもうすぐ六字半じゃない……。そろそろ郷奈ちゃんのアラームが鳴り出す頃だ……。
「ん……」
あわわ、まだアラームは鳴ってないよ? 郷奈ちゃんてばどんだけ時間に正確なのっ?
うっすらと目を開けて机のほうを見ている。時間を確認してるのかな? 一瞬ギュッと目を瞑ってから伸びをしたところで視線が交わった。
おはよう……。珍しいわね、莉亜が先に起きてるなんて……」
眠れなかったとは言えないし……。だって柄にもないとか言われそうだもん。
「……うん、お腹すいちゃってさ。……あはははは」
「そう……。本当に? 本当は眠れなかったんじゃないの?」
ドッキーン!
「そそ、そんなことにゃいよー? ちゃんと眠れたよー?」
「にゃい? ……図星ね。というより、顔に書いてあるわよ? 眠れませんでしたってクマさんが言ってる」
何のことか分からないけど、顔に書いてあるっ? あわてて頬とおでこをまさぐってみる。
「く、熊っ? あ、あぁクマ? うぅー……。郷奈ちゃんには隠し事できないなぁ……」
苦笑いでごまかそうとする私を見て、郷奈ちゃんも苦笑いする。嘘もいいわけも下手くそだって言われるけど、やっぱり何でもお見通しなんだね……。
もう一つ伸びをしてからアラームを止める姿は、まるでいままでずっと起きてたようだった。もちろん、さっきまで寝息が聞こえてたんだからそんなはずはないだけにすごい。
いつもなら七時に起こしてもらう私も、仕方なく起き上がろうとして分厚い布団をめくる。それから長い伸びをして……。
「莉亜……?」
「……ん? なにぃ?」
バンザイしたまま目をやると、郷奈ちゃんはベッドの脇にしゃがんで、それからニッコリと微笑んだ。
「莉亜?」
「うん、だからなぁに?」
「昨日はごめんね。あんなことして……。怒ってる?」
えー? なんのことー? なんてとぼけてもどうせ見抜かれるんだし……。できれば掘り返してほしくなかったけど、正直に言うしかないよね。
「怒ってはいないけど……でも……」
「でも?」
「でも……なんであんなことしたの……?」
「なんでって……言ったでしょ? 莉亜がかわいいからって。それが理由じゃダメかしら?」
かわいい物やかわいい動物にワシャワシャーってなで回したくなったりギューってハグしたい気持ちは分かる。それに、昔パパやママに「かわいいね」って抱きしめられたこともある。……そんな感じ?
「かわいい……のかなぁ? かわいいって言われるより、変わってるって言われるけど……」
「ふふっ、確かに莉亜は変わってるわよね。でもね、ただ話してるだけのクラスメイトより、一緒に暮らしているルームメイトの私のほうが、ちゃんとあなたを見てる。莉亜はとってもかわいいわよ? 大好きだもの。例えあなたに好きじゃないって言われたとしても、私は莉亜が大好きよ?」
「……郷奈ちゃんのこと、好きじゃないなんて言わないよ。いつも私の面倒みてくれるママみたいな存在だもん」
「……お母さん……?」
あ、なんか違った? 笑顔が薄れたんだけど……。
「えっとえっと、お姉ちゃんかなぁ? うん、私お姉ちゃん欲しかったから、郷奈ちゃんがお姉ちゃんみたいで嬉しいよ!」
「お姉ちゃんねぇ……。そう……」
え、え? 何がダメなの? 家族みたいな存在って、そんなにダメなことなの? あ、それともあれか! 郷奈ちゃんは妹いらないとか!
だとしても、どうしたらご機嫌直してくれるのっ? なんか、なんかごまかさないとっ!
「あー……えっとぉ……」
「莉亜、あわててはぐらかそうとしなくてもいいわよ。私はあなたが好き、ただそれだけのことよ」
「わ、分かってる! 私も郷奈ちゃん好きだもん!」
「…はー……。どうなのかしらね……」
ものすごく呆れた顔でため息をついたと思ったら、おもむろに立ち上がってスタスタと扉のほうへ歩き出した。
知ってる、いつも私のことを呆れてるのは知ってる。でも、でも今の顔はちょっと……。
「きょ……郷奈ちゃん? ど、どちらへ……?」
「ト・イ・レ! ……って、言わせたいの?」
「えー……いや……そのぉ……怒ってるのかなぁって思って……。どっか行っちゃうんじゃないかと思って……」
「……莉亜、いーい?」
「……はい……」
裏声みたいな気の抜けた声で返事をすると、郷奈ちゃんは振り返って二歩だけ戻って来た。そして未だベッドに転がっている私にビシッと指を差す。
しばらくの沈黙の後、頭上にクエスチョンマークが飛び交っている私を見下ろしながら口を開いた。
「あなたはね、嫌いってことが分からないだけじゃなくて、好きって気持ちも分かってないのよ。……分かる?」
「……分かってない、を……分かる……?」
「……あのね、莉亜には特別な好きも嫌いもないのよ。だから人の気持ちが分からないの。……分かる?」
「好きが……ない……? あるよ、あるよ……多分……」
ショックだった……。郷奈ちゃんにどう思われてたかがじゃなくて、郷奈ちゃんにそう言わせてしまった自分がいたことが……。
きっと砂塚さんにもそう言わせてしまったんだ。私が気付かなかった「嫌い」を……。
じゃあ、みんなには好きと嫌いがあるの? ないのは私だけなの? 私が人の気持ちが分からないのは、私に好きと嫌いがないから……?
ダメだ! 頭が回らないのは寝不足なだけじゃない。どんどん真っ白になっていく……。
「莉亜……」
「あ、あはは……。らいじょぶらいじょぶ! ノープラン! あはははは! だよねだよね、私ほら、バカだし変な奴だし、人の気持ちとかぜーんぜん分かってなかったかもねー! あはは……は……は……」
「……それを言うならノープログラムでしょーが……。私、シャワー浴びてから登校するから、先に行ってて。……遅刻しないようにね?」
「あー……うん! 分かった! 行ってらっしゃーい!」
クルリと背中を見せる前にどこか疑いの眼差しだったのは、作り笑顔にだろうか、遅刻にだろうか……。どちらにしても心配されてることには変わりない。ならば、せめて遅刻のほうだけでも心配を減らさないとっ!
難しいことは分からない。考えても分からない。だから……分からないことは聞けばいい!
ちょっとだけ早いけど学校行って、ちょっとだけふらつくけど踏ん張って、ちょっとだけ向き合ってみよう!
それで言うぞ! もう一回、砂塚さんと話すぞー!