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46★[Xmas特別編]十回目のクリスマス

本日12月24日はクリスマスイブ、そして砂塚聖の誕生日。

ということで今回は特別編をお届けします。

 時刻は八時前だというのに、すでに車内はお酒の匂いがした。いくらクリスマスだからって早くない? それともクリスマスと託けて飲みたいだけ? と横目で見ながら電車を降りた。カップルで溢れる改札をくぐり、クリスマスソングが流れる商店街を抜け、あちこちから香ばしい香りが漂う住宅地を急ぐ。暗いながらも、今夜だけは窓からこぼれる灯りが暖かく感じた。


 アパートの階段を一つ上り、誰も待つ事のない部屋へ向かう。でも今日は待ってくれている人がいる。それが嬉しくて、鍵を差し込む手が焦ってもたついた。


 安っぽい扉を開けると、見慣れないような見慣れたようなパンプスが一足、ご丁寧に揃えて置いてあった。来てくれてる、そうと知っていても嬉しくて嬉しくて、急いでブーツを脱ぎながら部屋の中を覗いた。


 部屋の中では長い髪の女性が一人、頬杖をつきながら雑誌をめくっていた。扉の閉まる音で気が付いたのか、こちらを向いて私と目が合うと、ぱたりと本を閉じて「おかえりなさい」と微笑んだ。


「ただいまぁ! 早かったんだね、聖ちゃん。私も早く上がろうと思ったんだけどさぁ、後輩の子がクリスマスお楽しみ会の片付けしないまま上がっちゃって……酷いと思わない? 彼氏とクリスマスなのでぇー、とか言いながら帰っちゃってさぁ。こっちだって聖ちゃんとの約束あるけど仕事だからきっちり……」


「はいはい、お疲れ様。愚痴は後でいいから、先に手を洗って食べましょ? 栗橋さんが遅いからお腹空いてるのよ」


「ごめんってばぁ……うぅー、私んちなのにぃ……」


「あら、職場が近いからいつでも泊まりに来て、と合鍵をくれたのはどちら様だったかしら?」


「うぅー、そうじゃなくてさぁ、それはいいんだけどぉ……私の……」


 聖ちゃんの膝には丸くなって眠っている私の愛ネコ絹子(きぬこ)……。ご主人様のお帰りだというのに、半目でちらりと見ただけで、すぐにまた目を閉じてしまった。


 なんだよなんだよ、普段なら私が帰ってくるとマーキングの嵐なのに……。まぁ無理もない、聖ちゃんちの愛ネコ総子の孫娘、つまり絹子にとっては総子の匂いがする聖ちゃんはお母さんみたいな存在なのだから。……だけど、だからって、もう三年もご主人やってる私の立場は……と頬が膨らんだ。


「はいはい、後で聞くからつべこべ言ってないで手を洗ってきて。インフルエンザが流行っているのだから、うがいも忘れずにね」


「分かってるよぉ! もうっ、二十五にもなって子供扱いされるとは……。うちのクラブでもノロウィルスの子が二人出ちゃってさぁ、みんなうがい手洗い、必死でやってるよ? ノロウィルスなった事ある? 子供関係の仕事してると移る確率高くて……あれほんと辛いんだって」


「……」


「……聞いてる? 聖ちゃん」


「聞いてないわ。あなたも私の話を聞いてないでしょう?」


「うがい手洗いね! はいはい、やってきますよー。ついでに着替えてこよーっと」


 ぶつくさ言いながらコートとマフラーを取り、バスルームの洗面台でガラゴロとうがいをする。コップを置いたその脇には、色違いの新しい歯ブラシが二本並んでいた。今朝使った時は確かに少し毛先が開いていたけど、まだ使えると思ったのにな、と改めて聖ちゃんの几帳面さを痛感した。そして手拭きタオルは使った形跡を思わせないくらいぴんと広げてかかっている。はいはい、さすがですね、と苦笑が洩れた。


 窮屈な通勤着を脱ぎ、ジャージとパーカーに着替えてキッチンを覗くと、聖ちゃんは食器棚からお皿とグラスを取り出していた。たまにお泊りに来ているだけあって、さすが物の有りかを分かってらっしゃる。手際よくテーブルにそれらを並べているところで私と目が合った。


「あ、聖ちゃん、昨日買ってきたシャンメリーが冷えてるから出しといてくれる? 冷蔵庫の……」


「シャンメリー? それこそ子供じゃないのだから……。ワインを買ってきたから今日はワインにしましょうよ」


「えー、クリスマスはシャンメリーじゃないの? 聖ちゃんがお酒飲めないからと思って買っといたのにぃ……まぁいいけどさぁ……」


「なによ、私だってワインくらい飲めるわよ。そりゃザルなあなたからしたら私はゲコかもしれないけれど……」


「……こないだの星花の同窓会でべろべろになってたの誰だったかなぁ? 連れて帰るの大変だったんだからね? めちゃ絡んでくるしさぁ……。だから飲まない方がいいんじゃないって言ったのに、白峰ちゃんと張り合ったりするからさぁ……」


「あ、あれは……悪かったって言ったじゃない! 久しぶりの再会だったから楽しくて調子に乗ってしまっただけよ。……いいから早く座って!」


「はいはーい、分かりましたよーだ」


 せかす聖ちゃんを少し茶化すような目で見ると、聖ちゃんはむすっと口を尖らせて向かいに座った。そして二人の間にドンッとワインのボトルを置き、なぜかドヤ顔……。「こんな物じゃ酔わないわよ」とでも言いたいんだろうけど、この前の泥酔状態が脳裏を過ぎる私には、なんだか強がりな気がしてかわいく思えた。


「久しぶりに来たら意外と片付いていたから驚いたわ。さすが指導する立場の先生は違うわね」


「……嫌味ぃ? 学童の職員は教師と違って勉強の指導する訳じゃないけどね。逆にお家と同じような生活で保育する指導員だから、自分も生活態度改めないとって思っただけだよ」


「あらまぁ、高校時代の栗橋莉亜さんに聞かせてあげたい台詞ですこと」


「……うるさいよ。こんなんでも本物の栗橋莉亜さんですからねー」


「卑屈にならないでよ。十年も経つと大人になるのねって褒めているだけ。……あら、髪切ったのね。さっきはマフラーで気付かなかったわ」


 さっきの茶化しを根に持っているのか、今日の聖ちゃんの言葉には少しトゲがある。元々機嫌悪い? とも思ったけど、ヘアスタイルについて論点を変えてきたという事は、ものすごく怒っているという訳でもなさそうだった。


 なぜなら本当に機嫌の悪い時の聖ちゃんは、「怒ってないわよ」と言いながら私と目も合わさない。私のヘアスタイルをまじまじと観察しているところを見ると、やっぱりさっきの泥酔エピソードを出したのが気に触っただけなのかなと安心した。


「うん、似合う? ボブにしたの初めてなんだよねぇ。昨日休みだったから切りに行ったんだけどさ、短いってこんなに楽なもんなのかってびっくりしたよ。シャンプーもドライヤーもさ」


「そうでしょ?私は逆に弓道やめてから伸ばし始めたから、長いのってこんなに手入れが大変なのねって苦労したわ。もう慣れたけれど。……似合ってるわよ。まるで学童の先生みたい」


「……あんまり嫌味ばっか言ってると、お誕生日プレゼントもクリスマスプレゼントもあげないからね? お給料日前なのに奮発したんだけどなぁ」


「私は素直に褒めてるつもりなのだけど? 素直に受け止めてくれないのは残念ね。じゃあ、私からもクリスマスプレゼントはなしにするわ」


「えー! う、嘘でしょぉ? あげる、あげるからちょうだいよーぉ!」


「はいはい、先に乾杯しましょ? 母がアップルパイを焼いてくれたから、今年もケーキは買わなかったのだけど……本当に料理はいらなかったの?」


 言いながら聖ちゃんはそれぞれのグラスにワインを注いだ。テーブルに乗せられたワインに気を取られていて、肝心な料理を出していなかった事を思い出した。


「あっ、そうそう、そうなの! 今朝出勤前に作っておいたんだよ、莉亜特性クリスマスディナーをね! 待ってて、今チンしてくるから!」


「……チン?」


 不思議そうに首を傾げる聖ちゃんを残し、私はキッチンへと急いだ。今朝頑張って作り置きしておいた料理を一皿ずつレンジに入れ、テキパキとテーブルに並べた。聖ちゃんはいそいそと動く私の姿を目で追いながら、その手はちゃっかり絹子をなでなでしている。絹子もまた、行ったり来たりする私をたまにちらりと見ながら、聖ちゃんの膝で気持ちよさそうに目を細めていた。


 料理と取り皿を並べ、聖ちゃんの前にお箸を添えると、聖ちゃんは目をぱちくりさせながら料理と私を見比べた。そんなびっくり顔の聖ちゃんの前に、ふふんっ、と私はドヤ顔で腰を下ろした。


「おまたせ! ね、ね、どう? かわいいでしょ? おいしそうでしょ?」


「生姜……焼き……? どこがクリスマスディナーなの?」


「チキンだよ、チキン! チキンのジンジャーソテー! んでね、こっちのピーマンとパプリカは、クリスマスカラーをイメージしたサラダね。ブロッコリーをモミの木みたいにカットしてみたの! んでね、上の雪みたいなやつは、お塩とガーリックと粉チーズでビネガードレッシング作ってかけてみたの。……あんま白くならなかったから、雪っぽくないけど……。てっぺんのお星様はリンゴを型抜いたやつだよ。聖ちゃん、リンゴ好きだもんね!」


「す、すごいじゃない……栗橋さんの事だから、どうせ味噌汁だけだろうと思って侮ってたわ……。これは?」


「失礼だなぁ。一人暮らし歴七年だぞ? 安くて簡単でおいしい物を日々勉強してだね……まぁいいや。えっとね、そっちは  

マッシュポテトとホールトマトのラザニア。よく見て? このマッシュポテトの部分がサンタさんのおヒゲなの! 帽子はホールトマトで、お目々はブラックオリーブだよ? お絵描きは昔から得意だからね、えへん!」


「……すごい、本当にすごいわ……。でも、このスープは……?」


「ご覧の通り、お麩と長ネギのお味噌汁だよ?」


「ふふっ、これだけは栗橋さんらしいわね。なんだか安心したわ。さっ、改めて乾杯しましょ?」


 その笑顔が見たかったんだ。喜んでもらおうと思って、私なりに一生懸命頑張ったんだもん。お互いに就職してからはお休みもなかなか重ならないから、今年はごめんけどお誕生日パーティーとクリスマスパーティー合同ね。


「……おいしい……。本当においしいわ。栗橋さんが作ったとは思えない。本当はお惣菜を買ってきただけじゃないの?」


「失敬だぞー! 学童ってね、三時のおやつ作りもしなきゃいけないから仕事でも結構やってるんだよ? ……まったくもう……一言余計なんだよなぁ」


「ふふっ、冗談よ。それほどおいしいという意味。仕事、三年も続けてるからさすがに板についてきたみたいね。初めは子供たちを追っかけるのに必死だって言ってたじゃない」


「んー、まぁね。体力勝負な面もある仕事だからねぇ。でも楽しいしやりがいあるよ? パパみたいに小学校の先生になるのは私の頭じゃ無理だけど、学童はちょっと宿題見てあげるくらいしか勉強教えたりしないからさ。昔から弟の面倒みてたから一緒に遊ぶの好きだし、今は天職かなって思ってる」


「良かったじゃない。それに比べて私はやりがいなんて感じられないわ……。せっかく大学まで出してもらえたのに、化粧品についての電話問い合わせ窓口なんて……。父や桂子さんが厳しく育ててくれたからクレーム対応も丁寧だと褒められるけれど……正直栗橋さんみたいに天職だなんて思えないもの。早くに転職して私らしい仕事を探そうかしらと思っているのよ」


「へぇ……いいと思うけどなぁ、オペレーター。聖ちゃん、言葉遣い丁寧だし似合ってるよ? ほら、同窓会で白峰ちゃんとか郷奈ちゃんたちも似合うって言ってくれてたじゃん?」


 郷奈ちゃんの名前を出したところで聖ちゃんの目つきが変わった……。嫌な予感しかしない私は、空になったグラスに自分でワインを継ぎ足した。


「白峰さんたちはともかく、かなり年上の男性と早々結婚しておそば屋さん継いでる城谷さんはお似合いの職業とは言えないわね……。悪いけど城谷さん程の成績を持ちながらおそば屋さんて……」


「いいじゃん、郷奈ちゃんちのおそば、おいしいよ? 旦那さんもすごく優しい人だしさ、結婚式の時なんてすっごく幸せそうだったよ?」


「おいしいとか幸せとかは別として、もったいないって思っただけよ。私がいくら頑張っても結局一回も勝てなかった人なのよ? 結婚して家業継ぐって聞いた時は信じられなかったわ。勝ち逃げだもの。『食べにいらしてね』なんてにっこり言われたけれど、絶対行くものですか!」


「あはは……相変わらず仲悪いねぇ……。んまぁ郷奈ちゃんも相変わらずだから、無理に仲良くしなよとは言わないけどさぁ、いい加減大人になりなよぉ」


「……栗橋さんに言われると傷つくわ」


 本気で言われるとこっちも傷つくんですけどぉ……まぁいいや、今日はお誕生日とクリスマスだから許してあげるよ……。


 すっかり曇った表情になってしまった聖ちゃんを、私はワインをぐびぐび飲みながら見ていた。なんて声をかけよう? そればかり考えてしまって、ついついボトルを空にしてしまった。


「そうだそうだ、聖ちゃん、これ! プレゼントだよー! お誕生日おめでとー!」


「……あぁ、ありがとう……。と言っても、もう二十五よ? おめでとうと言われるのも、そろそろ嬉しくなくなってくる歳ね。三月生まれの栗橋さんが羨ましいわ」


「そーぉ? 私はいくつになってもお誕生日は嬉しいし、聖ちゃんのお誕生日を祝えるのも嬉しいよ?」


「……そう、ありがとう。開けてもいいかしら?」


「うんうん、どうぞー! さすがに十年目ともなるとかなり悩まさせられたよぉ」


 私が空けてしまう間に一口しかワインを飲んでいなかった聖ちゃんは、プレゼントを大事そうに抱えながら少し頬を桃色に染めた。毎年この日になるとその表情が見れる、私はそれが愛おしくて堪らない。いつもクールな聖ちゃんを喜ばすこの瞬間が堪らなく好きだとつくづく思う。


「時計……! こ、こんな高価そうな物もらったら困るわ! いくら社会人になったといえど、栗橋さんのお給料じゃ……」


「あはは、高そうに見えるかもしれないけど、そこまで心配するような金額じゃないよ! ほんとはさ、十年目の夫婦だったらスイートテンダイヤモンドの指輪をあげようと思ったんだけど……結婚してる訳じゃないからねぇ」


「スイートテンダイヤモンドって……ずいぶん古いネタね……。でも嬉しい……付けてみてもいい?」


「あ、ちょっと待って!」


 箱から腕時計を取り出す聖ちゃんの手を取り、私がそれを奪う。そしてくるりと時計をひっくり返すと聖ちゃんは目を丸くして覗き込んだ。


「R・K……? これ、栗橋さんのイニシャルじゃない……普通プレゼントのイニシャルって……」


「あはは、バレた? そうなのそうなの、ほんとはRとHってのが正解なんだよねぇ。申し込んだ時に間違えちゃって……。でもさでもさ、これ付けててくれたらずっと私と一緒って事で……ダメ?」


 私がニカッと笑って聖ちゃんの腕に回すと、聖ちゃんは恥ずかしそうに顔を叛けた。照れちゃって……そう思うといじらしくてかわいい。ぱちんとバンドを止めると、聖ちゃんはちらりと時計を見て「ありがとう……」と囁いた。


「栗橋さんらしいわね、ここぞという時に詰めが甘いというかなんというか……。でもそこがあなたらしくて……す……」


「す? 好き? 好き?」


「……ち、違うわよ! す、スイートテンダイヤモンド、そう、スイートテンダイヤモンドよ! へ、変な誤解しないで!」


 聖ちゃんは真っ赤な顔で絹子に「ね、絹子!」と話しを逸らした。……素直じゃないなぁと苦笑いが込み上げてくる。


 でもまぁ、それでいいよ。そのままの聖ちゃんでいいんだ。私たちはきっとこれからも、こんなクリスマスを何回も過ごす。それがきっと私たちらしいクリスマスなのだから……。



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