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40★莉亜の弱点

「じゃじゃじゃ、じゃあ幽霊っ? ゆゆゆゆ幽霊ってことっ?」


 ガタガタと震える私をしばらく眺めていた聖ちゃんは俯いてカップを置き、それから吹き出した。


「ぷっ、そんなわけないじゃない! 私のお婆ちゃんではない、と言っただけでしょう? おもしろいから放っておいたけど……ダメだわ、吹き出しちゃった」


「……へ? じゃ、じゃあほんとは誰なの?」


「伯母よ、私の母の姉。……ほら、私の父は十年前に亡くなっているでしょう? 死亡後の収入がゼロだったわけじゃないけれど、幼い兄と私に不自由させたくないからと、父が亡くなってからは母のこの実家に住んでいるの。栗橋さんが会った伯母は長女でね、家主ということもあって兄と私をどこに出しても恥ずかしくないようにと厳しくしてくれるのよ」


「ほへぇ……」


 自分でもかなり間抜けな声だったと思う。間抜け、気が抜けると間も抜ける。なんだかよく分かんないけどよく分かった。私の早とちりも勘違いも間抜けだったのだと。開いた口が塞がらない、ぱくぱくと、へらへらと、ただ明後日の方向を見ながら背もたれにずるずると沈んでいった。


「ごめんなさいね、言おうと思ったらあなたが勝手に勘違いしだしたし、おもしろい表情していたからつい……。でも安心して? この家にはあの方以上に怖い人なんていないから。ある意味幽霊より怖い方よ」


「ひ……どい……。ひどいひどいよぉ! ただでさえびっくりすることばっかだし、正直あのお婆ちゃん……伯母さん? 鬼より怖い顔してたし、鬼でも幽霊でも妖怪でも出てもおかしくないおうちでさぁ、意味深な言い方されたら私じゃなくても勘違いするでしょー! あぁもう……」


「そういえば、初めて私に話しかけた時も幽霊だのお化けだのって騒いでたわよね。栗橋さんて怖がり屋さんなのね。弱点を知れて良かったわ」


 その弱点知って何に使うの? 聞きたかったけど聖ちゃんにも自分にもため息が出て、それどころじゃなかった。くすくすと笑いを堪えきれていない口元を見たら聞きたい気持ちが失せたのもあるけど。


「紅茶とおしぼりのおかげでだいぶ身体暖まったし、そろそろお(いとま)するよ。……ごちそうさま」


「あら、まだおかわりあるのよ? ゆっくりしていけばいいじゃない」


「ゆっくりしたいけどそうもいかないよ。さすがに帰りは電車で帰るけど門限までに寮に戻らないといけないし」


 私は飲み干したカップとおしぼりを寄せ、ぺこりと頭を下げた。ふと笑われた気がして顔を上げると、何やら含み笑いをしている聖ちゃんと目が合った。


「帰れるの?」


「へ?」


「知らない暗い道を、一人で帰れるの? 怖くて歩けないんじゃないの?」


「うー……それはぁ……」


 言われてみればごもっとも。行きは良い良い帰りは怖い、とはよく言ったもんで。送るよと言い出した張本人が一人で帰るの怖いから帰れないとは……これどうしたもんか。


「泊まって……いく?」


「お、お泊りっ? うーん、私は有り難いんだけどぉ……外泊届けの出し方とか罰則とかも知らないからなぁ……どうしよう……」


「意外……。栗橋さんて真面目なところあるのね。廊下を走らないことすらも守れてないから校則も罰則もお構いなしなのだとばかり……」


「ひどいひどい! ものすごく真面目じゃんかぁ。見るからに真面目じゃんかぁ。……まったくぅ、聖ちゃんの中の私ってどんなチャラ娘なわけ? それともヘタレなわけ?」


「夜道が怖くて帰れないのは完全にヘタレでしょう? ……ちなみに言っておくけれど、私はヘタレなんて一言も言ってないから。真面目かそうでないかの話をしていただけなのに、栗橋さんが言い出したことだから」


 優雅に紅茶を継ぎ足しながら鋭いツッコミを涼しげに言えるところはさすが……なーんて関心してる場合じゃなくて。天然なのかわざとなのか、このツッコミの鋭さに傷つく時だってあるんだからね? 口にはしない代わりにほっぺが膨らんだ。


「でもさ、もしさ、お泊りさせてもらうならさっきのお婆さ……伯母さんにも許可得なきゃでしょ? 絶対ダメだって言われるよぉ。私のこと嫌いっぽいもん。野蛮人はお外でおねんねくださいでござりまするよ、とかなんとか言われそうだもん」


「なにその妙な日本語。そんなこと言わないわよ。桂子(けいこ)さんは別棟で寝ているから大丈夫。母と兄は多分自室にいるから、私から伝えておくわ」


「うーん……でもぉ……」


「なによ、嫌なの? まさか栗橋さん、あなたオネショ癖があるとか言わな……」


「いーわーなーい! ないない! オネショなんて小二以来してないもん!」


 墓穴、というやつだ。なにも最終オネショ歴まで暴露しなくても……。失態と失言で顔が火照っていった。上目使いで聖ちゃんの顔色を窺うと、カップに口を付けたままじぃっとこちらを見ていた。


「……」


「しょ、しょうがないでしょ! 私三月生まれなんだから、みんなよりほぼ一学年下なんだよ! ちょっとくらい幼くてもしょうがないでしょー!」


「……それは全早生まれの人に対する偏見よ。幼児期の話しなら一理あるけれど、栗橋さんの場合は小学生の時の話でしょう? 単にあなた自身が幼いだけだと思うわ。今も、だけどね。幽霊だのお化けだのを怖がって帰れないのだし」


 ぐぅ……! い、言い返す言葉が見つからない。


「はい。聖ちゃんのおっしゃる通りです。泊めて下さい……。もー! これでいいんでしょー?」


「そう、泊まりたいのなら最初から素直に言えばいいのよ。じゃあ私、お風呂入れてくるわ。うちのお風呂お湯はりに結構時間がかかるから。栗橋さんはここで(くつろ)いでいる? それとも私の部屋で待っている?」


「うー……ここはやだよぅ。だだっ広くてシーンとしてて、うちの実家でも寮でも味わったことないお部屋なんだもん。一人で待ってるなら聖ちゃんのお部屋がいいなぁ。どっちみち一人はやだけど……」


「仕方ないじゃない。お湯はりに時間がかかるだけであって、私が戻るのに時間がかかるわけではないのだから我慢してよね。どれだけ怖がりなのよ。……じゃあ私の部屋は階段を上がって二階の部屋の奥から二番目だから勝手に寛いでいてね」


 なんだよ、送ってくんないの? と口を尖らせてみたのに聖ちゃんはそそくさと応接間を出て後ろ手に襖を閉めた。このなんとも不気味な静けさが生理的に受け付けない。紅茶で暖まった身体も室温も、聖ちゃんがいなくなった途端に冷えてきたような気がしてぶるっと身震いした。


 鬼も蛇も出ないうちに、と私もバッグを抱えて立ち上がった。と、その瞬間、スーっと静かに襖が開き、十センチ程開いたところで止まった。


 誰? 桂子とかいう伯母さんは別棟にいるって言ってたし、お母さんかお兄さんならご挨拶しておかないと……。桂子さんの時みたいに「ご挨拶もできないのですか?」って怒られちゃう。私は襖の前まで行き、黒光りしている淵に手をかけて滑らせた。


「お、お邪魔してます! 星花女子学園高等部一年四組、栗橋莉亜、聖ちゃんのお友達させて頂いてま……す……。って、あれ? ……もしかして、襖開けたのお前?」


 勢いよく頭を下げた先には誰もおらず、ただ灰色の毛をふさふさと纏った一匹のネコが青い目を輝かせながら私を見上げていた。


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