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4★嫌い…?

「郷奈ちゃんはさぁ、私のどこが嫌い?」


 その日の夜、結局私は砂塚さんとご飯を食べることなく引き下がったことを郷奈ちゃんに報告できずにいた。


「どうしたの? 急に」


「私は誰かのこと嫌いと思ったことないから分かんないんだよねぇ。嫌いってどんな気持ち?」


「誰かに何か言われたのね? 気にすることないわよ。さっ、電気消すわよ?」


 いつもは私が先に寝落ちるからあまり尋ねられたことがない質問。横になったまま目を開けると、郷奈ちゃんが顔を覗き込んでいた。


「悪いとこあるなら言ってよ?」


「……いっぱいあるけど、それは悪いところであって、嫌いなところではないから……」


「えぇ、悪いとこいっぱいあるのかぁ……。例えば?」


 私が掛布団をパフンと叩いて急かすと、郷奈ちゃんは不思議そうな顔で、それでいてあっけらかんと答えた。


「勉強しないところ。キノコ残すところ。ちゃんと髪を乾かさないところ。机に向かってるよりも夢に向かってる時間のほうが長いところ。教科書を見ているよりも夜空を見ているほうが……」


「分かった分かったよぉ! そんなにあるの? っていうか、ほとんど勉強に関することじゃん……」


「ふふっ、それは半分本気で半分冗談よ。それ以外にもいっぱいあるけど……珍しく落ち込んでるみたいだからやめておくわ」


 落ち込んでる? 私が? そうなのかなぁ……。自分ではよく分かんないけど、郷奈ちゃんがそう言うならそうなんだろうな。そう見えてるんだもんな……。


 わざと口を尖らせてむくれたふりをすると、少しの沈黙の後、再び照明のスイッチに手を掛けた。そしてもう一度私の表情を確かめるように覗き込んでくる。目が合うと、お互いに違うため息が出た。


「うー……。やっぱり私、嫌われてるのかなぁ……」


「全ての人に好かれる人なんていないわよ。いたら逆に気持ち悪いと思わない? 誰にだって合う合わないはあるもの。あなたの悪いところが嫌われてるところだとも限らないし、そこが好きっていう人もいるかもしれないじゃない? 完璧な人はいないし、完璧に相性ピッタリな人たちもいないものよ」


「そうかなぁ? 私は郷奈ちゃんは完璧な女の子だと思うけどなぁ。勉強だってできるしスポーツだって得意だし、それに美人で優しいもん。これ以上足りないものなんてある?」


「私が優しかったら、そんな顔してるあなたを励ましてあげる言葉が言えてるでしょうけどね……」


 スイッチから離れた手が、気だるげに私の髪を撫でる。その手に自分の手を重ねると郷奈ちゃんの冷えた体温が伝わってきた。もう一度目が合うと、もう一度ため息をついた。


「そういうとこが優しいっていうんだよぉ?ほんとに優しくなかったら、優しい言葉をかけてあげたいなんて思わないんじゃない?」


「ふふっ、人を悪く思えない、そこがあなたのいいところでもあり悪いところね。人を疑ったり信用しすぎないことも少しは大事なのよ。莉亜は純粋すぎるもの」


「……」


「ほらまた……。そんな顔しないの! かわいい顔が台無しよ? いつもの笑顔はどうしたの?」


 冷たい手……。こんなに優しくて温かい心を持っているのに、どうしてこんなに冷たいんだろう……。


 そっと握ると、そっと返してくれる。そして、そっとほどいて甲で頬を撫でながらベッドに腰を掛けた。


 しばらく黙っていると、口を開きなさいと言わんばかりに唇をツンツンと突っついてきた。


「……だってさぁ……。郷奈ちゃんは誰かに嫌われたとしても平気なの?」


「平気よ? 過信してるわけじゃないけど、私はできるだけの努力をしてるもの。何に対しても手を抜いてるつもりはないわ。でも、そんな私をおもしろくない人がいたとしても、これ以上の努力ができるわけじゃないから、好きになってもらおうなんて努力はしないわ。私は私が認めてあげれるし、私を認めてくれてる人がいる、それだけで充分だもの」


「強いなぁ……郷奈ちゃんは。私も強くなりたい……」


 今になって分かった。自分が落ち込んでいるんだということが……。きっとふてくされた顔をしているんだろうと思うと何だか申し訳ないような気がして、スッポリとオデコが隠れるまで布団を被った。


「いいのよ、無理しなくたって。私はちゃんと莉亜のこと認めてるわ。変わってほしくないもの。こんなにかわいいんだもの……」


 見えなくても顔が近付いてきているのが分かった。ギシッというベッドのきしむ音と見られているんだろう気配、今の私の表情がどんなかなんてきっと分かってるはずなのに……。こんなふてくされた顔、どこがかわいいの?


 布団に手が掛かる。ゆっくりとめくろうとしてる。それを阻止しようとギュッと布団を握りしめる私を察してくれたのか、いつの間にかその手は髪を梳いてくれていた。


 ゆっくり、ゆっくり……。


「やっぱり郷奈ちゃんは優しいよ。こんなことしてくれるのはママと郷奈ちゃんだけだもん」


 言いながら布団をずらすと、真っ直ぐに見下ろす視線と交わった。一瞬笑ったような、でもどこか冷たいような表情だった。


「私はあなたのお母さんみたいにあなたを捨てたりしないわ。寂しい思いもさせないし、泣かせもしない……」


「……ママは捨てたんじゃないよ。弟がまだちっちゃかったから引き取っただけで……私はもう中学生だったから大丈夫でしょって……」


「家族を捨てて男の人と駆け落ちしたお母さんを悪くないって思うの? ……思うのよね、あなたは……。再婚したいから寮のある高校に行けと言ったお父さんのことも……」


「うん、まぁそれもしょうがないよ。離婚したんだから再婚だって自由だもん」


「そうかしらね? 子供に寂しい思いをさせてまで自由にしてる親が許されるとは思えないけど……。大人も男の人も汚いから嫌いよ……」


 そういえば、いつも私の話を聞いてくれてたけど、郷奈ちゃんの話はあんまり聞いたことなかった。私がこの学校に入った理由、寮に入った理由、家族とのこと……全部話していたのに、郷奈ちゃんのことを何も知らないということに今気付いた……。


 何だろう、さっきから私のことを見ているような見てないような……。ううん、見ているけど、奥の奥を見ている気がする。過去の私と、今の私の心の奥を……。


 なんか……怖い……。


「郷奈ちゃんも嫌いな人いるんだね。嫌いってどんな感じ? どんな気分?」


「そうね……キノコを食べる時のことを思い出してみたら分かるんじゃない?」


「キノコはもともと大好きだったんだよ? 大好きすぎて、ちっちゃい頃山登りの最中にコッソリもぎって食べたんだよ……生で……。それで食中毒になってからキノコ全部食べれなくなったの」


「……ふふっ、すごいエピソードね。普通なら死んでるかもしれなかったんじゃない?」


 笑ってくれた。ちゃんと、いつもの郷奈ちゃんだ……。私のキノコ嫌いエピソードがこんな時に役立つなんて!


 嬉しくて飛び起きようとしたところで、布団ごと郷奈ちゃんに押さえつけられる。そして何やら不思議そうに首をかしげながら覗き込んできた。まぁ、何でそんな顔されてるかなんてよく分かんないから考えずに話し続けてみる。


「そう! 私、神様に守られてると思うんだよね! ラッキーガールだと思わない?」


「本当に単純で純粋なんだから……。あのね、今のは意地悪を言ったのよ? 普通じゃない、変わってるから助かったのよねって意地悪だったんだけど?」


「えぇー! そうなの? 意地悪しないでよー!」


「しょうがないじゃない。あなたがかわいくて仕方ないんだもの……」


 柔らかい髪が降りてくる。柔らかい香りがする。柔らかい唇が……。


「……き、郷奈ちゃ……」


「さぁ、もう寝ましょ」


「……う、うん……」


 触れたような、触れなかったような……。何だったんだろう……。


 私は砂塚さんのことで頭がいっぱいだったはずなのに、郷奈ちゃんにかき消されたような……ううん、かき乱された……の?


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