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39★驚きドキドキ時々ふきふき

 目が合ったまましばらく固まっている私をジロジロと舐め回すように見る声の主。完全に怪訝そうに目を細めている。いかにも汚物を見下ろしているかのようだった。どこかで見たことある切れ長の鋭い目つきの老女だった……。


「何をしているのですか? 桃色のそれをわたくしに見せつけたいのでしょうか」


「……え……あわわっ! ち、違います違います!」


 片足を上げた隙間からスカートの中が丸見えだったらしく、お婆さんはより目を細めて顎を上げた。私はブーツに掛けた手であわててチャックを下し足を引っこ抜いた。そしておパンツ丸見せだったスカートの端を持って腿に両手を置いた。威圧感に圧倒されて言葉も出ず、恐る恐る見上げて笑顔を作った。……作った? その作り笑顔はとってもぎこちなくて引きつっていたと思う……。


「聖さんのお友達にしては派手な格好する娘ですね。それにご挨拶もできやしない」


「あ、あぁ……えっとぉ……お邪魔してまーぁす……」


「礼儀も作法も知らないだなんて……聖さんときたらどんなお付き合いしているのかしら。自己紹介もできない頭の悪い子があの学園にいるとは思いませんでしたよ」


 私に言っているのか独り言なのか、廊下の先を見たりこっちを見たりしながらぶつぶつと吐き出している。聖さん、そう聞こえてハッと頭に浮かんだ、聖ちゃんのお婆ちゃんなんだと。急いで立ち上がり、ミニスカートが捲れていないかお尻の辺りをもぞもぞと触りながら、次は何を口にしたらいいのか考えた。


「じ、自己紹介っ? あ、あの……聖ちゃんと同じ学校の、栗橋……莉亜です……。初めましてです!」


「やっぱり星花女子学園の生徒なのですね。清らかな学風だと思っていましたが、このような派手ではしたない娘が通っているとは……落ちたものですね。敬語どころか丁寧語も使えない。挨拶もできない。……初めましてに『です』などつけませんよ? あぁ、話しているだけで目まいがしそうだわ……。わたくしは失礼しますので、どうぞごゆっくり」


「ぅえっ? あ、あのっ……」


 呼び止める言葉が浮かばず、いそいそと廊下の奥へ消えていく背中を見届けた。ごゆっくり、なんてちっとも思ってない顔だったけど? 願わくば上がらずに退散しないかしらって顔だったけど? あの冷たい目、間違いなく聖ちゃんのお婆ちゃんだ。あのキツネさんみたいな目、知り合った頃の聖ちゃんと同じ目だったもん。


 冷たくて怖いお婆ちゃんだったけど、すごく気品がある人だった。髪は白髪交じりだけど綺麗に後ろで束ねていたし、お香のいい匂いもした。そういえばどこかで嗅いだことのある匂いだと思ったら、さっき貰ったこの手袋の匂いだ。従妹に貰ったまま仕舞ってあったって言ってたから、きっとタンスか引き出しに入れてた時に付いた匂いなんだ。


 シンと静まり返った廊下には、赤いじゅうたんの上を歩くパサパサという私のスリッパの音だけ。ひたすら広いけど応接間なんてどこにあるの? とキョロキョロ。でも目に入るのは高そうな額縁ばかり。玄関にあったような大蛇墨字、水墨画だか版画だか分かんないけどとりあえず白黒な風景画、色々な額が飾られているけど、価値の分からない私にもものすごく高いんだろうということだけしか分からない。どんな意味があって、どこに価値があるのか……自慢じゃないけど私のイラストの方が上手いよ? とか思ってしまう。


 すぐ左、なんて言葉は普通サイズのお家を想像してた私にしてみれば嘘もいいとこ。確かに廊下を進んでしばらく歩いて一番最初に見つけた部屋の襖の隙間からは、つやつやと光る応接セットが見えた。襖一枚にしても余念なく黒光りする縁取り。金粉が飛び散ったような絵柄を見れば、開けようと指紋を付けてしまうことさえも罪悪感を覚えた。


「中で座っててくれて良かったのに」


「うぎゃっ! ひ、聖ちゃんかぁ……びっくりさせないでよ、もうっ!」


 驚いて振り返ると後ろにはあちらも驚いた顔の聖ちゃん。このお家に来てから驚くことばかりなのに不意打ちで声を掛けられれば心臓もバクバクが止まらない。驚かされた不満に口を尖らせると聖ちゃんは少し首を傾げながら目を細めた。


「……何をそんなにびっくりしているの? 私以外に誰がいるのよ。さ、中へどうぞ?」


「だってさぁ……以外ってさぁ……」


「ブツブツ言わないで座りなさいよ。紅茶が冷めちゃうわ」


 面倒くさそうにため息をついた聖ちゃんは横目を効かせながら躊躇なく応接間の襖をスーッと開いた。当たり前か、自分のお家なんだから。慣れた手つきでお盆を片手に持ち、これまたつやつやと黒光りしている木製のテーブルにコトリとティーセットを置いた。豪勢な和室に似つかない薔薇模様のティーカップ、妙な組み合わせだったけど、この完璧すぎる和風空間を濁してくれたことで少しだけホッとできた。


「お砂糖は?」


「んー……二つ……」


「二つ? 甘すぎない? ……まぁいいけど」


 いるかと言われたから答えたのに聖ちゃんはしぶしぶと角砂糖をティーカップに二つ入れ、「どうぞ」と私の前に滑らせた。それからお盆に乗せてあったおしぼりも。ほんのり湯気が出ているそれで両手をふきふきすると温かくてホッとした。ほわんと香るアップルティーの中では白かった角砂糖が茶色く染まり、ぷくぷくと泡を出しながら小さくなっていった。私はそれを見届けてから、添えられてあったティースプーンでくるくるかき混ぜた。


「……おいしい……おいしいねこれ! さっき飲んだペットボトルのやつより断然おいしい!」


「でしょう? 私のお気に入りの葉を使っているの。気に入ってもらえて良かったわ。……ふふっ、やっと笑ったわね。うちに来てからずっと強張った顔をしていたから心配していたのよ。栗橋さんでも緊張することあるのね」


「緊張とかそういう問題じゃなくてさ、びっくりすることだらけなんだもん! そう、そうだ! さっき玄関で聖ちゃんのお婆ちゃんに会ったの! 私のことお行儀悪いだの作法がなってないだの洋服が派手だのって……あー怖かったぁ。聖ちゃんのお婆ちゃんだけあって、堅物そうな厳しい人なんだねぇ」


 聖ちゃんは私の話をじっと聞きながら、手に持ったティーカップの中を覗いていた。ちょっと言い過ぎたかな……そう思って首を傾げていると、カップをコトリと置いて口を開いた。


「その人、私のお婆ちゃんなんかじゃないわ」


「うぇっ? じゃ、じゃあ誰なの? ままままま、まさか幽霊ですわよとか言わないよねぇ? 言わないでよねぇ!」


「さぁね、どうかしら」


 呆然とする私を見た聖ちゃんの口元が少し笑っているように見えた。それを隠すかのようにカップを手に取りちびりとアップルティーを含んでいた。涼しげな聖ちゃんとは裏腹に、私の手は震えてカップをカタカタと鳴らしていた。



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