35★ぽふぽふ手袋
時刻も夕方を過ぎると客層が変わり、ショッピングモールの中は家族連れから恋人たちのデートスポットへと色を変えた。窓の外も景色を変え、店内の光景をより違うものに見せている。チキンとケーキを食べ、次はどこへ行こうかと話しているうちに店内も外もすっかり夜を思わせていた。
「うーん……じゃあ川原は? ……昨日行ったし寒いよねぇ……。うーん……」
「いいわよ、無理にどこかへ行こうとしなくても。チキンもケーキも食べれたし充分クリスマスっぽかったじゃない」
「うーん……そりゃクリスマスっぽいもの食べたけどさぁ……なんか足りなくない? 去年までずっと家族で過ごしてたから、デートってどこへ行ったらいいのか分かんないんだよねぇ」
「だ、だからそのデートって言い方しないでよ! 周りの人に勘違いされるでしょ!」
うん? と首を傾げる私を見てため息をつく聖ちゃん。
「とりあえず歩こっか。ここのベンチ硬いからお尻痛くてさぁ。話しながらぶらぶらしてうろうろして、ついでに聖ちゃんちまで送るよ。行こっ!」
「……そうね。行きましょうか」
やっとこさ立ち上がりウーンと伸びをする。とっぷりと暮れた窓の外にはイルミネーションを纏った夜景が広がっていた。しばらく眺めて聖ちゃんにも見せてあげようと振り返ると、がさがさとゴミをまとめてバッグに押し込んでいた。
「あわわっ、ごめん! 私も手伝うよ!」
「もう終わったから大丈夫よ。元々当てにしてないし」
ぐぅ!
「ねぇ、いつも制服姿しか見たことなかったけどさ、聖ちゃんのワンピースかわいいねぇ。スラッとしてるからロングスカートが似合うよ。いいなぁ、紫の似合う女の子って、大人! って感じで羨ましいなぁ」
「……そう? ありがとう。このワンピースは去年の誕生日にもらったの。……兼、クリスマスプレゼントだけど。私から言わせてもらえば栗橋さんみたいな子供っぽい服が似合う人こそ羨ましいわ。年相応って感じで。私はそんなミニスカート穿けないもの」
「……子供っぽいのと年相応なのとは全く意味が違うと思うんだけど? このスカートお気に入りなんだよっ? 中学の卒業祝いで買ってもらったんだからまだ一年も穿いてないんだからねっ? 小学生みたいだとか言わないでよね! いつも一言余計なんだよなぁ……」
「ふふっ、小学生とまでは言ってないわよ? でも栗橋さんは紫みたいな落ち着いた色より、そういう赤とか暖色系がいいと思うわ。元気いっぱいって感じでイメージ通りだもの。さっ、出来たわ。行きましょうか」
褒められたような、貶されたような、でもきっと褒めてくれてるつもりなんだろうな……。意地悪を言っているつもりもないのだろうし、何気ない会話の節々に余計な一言があるのはできるだけ流せるようにしよう、うん。
「うぇー! さっむいねー! 身体暖まってたから余計に風が冷たく感じるよぅ」
ショッピングモールの暖かさに有難みを感じた瞬間。出口の自動ドアが開くと同時に冷たい風がヒューッと身体を包んだ。首をすくめてマフラーを口元まで上げてハァーっと一つため息を吐いた。
「寒い寒いって言わないでくれる? ……ほらっ、これ付けたら?」
「手袋? あぁ、そういえば聖ちゃんに昨日借りた手袋持ってきてるのに返してなかった! えっと……確かここに……あったあった! はいこれ、ありがとね!」
借りっぱなしの手袋を片方返すと、聖ちゃんはバッグからピンク色の手袋を私の前に差し出した。綺麗に折りたたまれているそれは、ほとんど使用感などない新品のような物で、両方を丸々と包めた様子もなかった。使っていいものかと躊躇している私の手にポンと乗せ、「早く」と急かす。これも好意、無駄にしてはいけないとあわてて指を通した。柔らかなニットでできているそれはとても暖かくて肌触りのよいものだった。
「やっぱり、似合うじゃない。栗橋さんには暖色が似合うわ」
「あったかーい! ありがとう! 汚さないように借りるね!」
「あげるわ。私から栗橋さんへクリスマスプレゼント」
きょとん、とはこういう状態の時に使うものなのだと実感した。そして目が点、というのもきっとこんな顔なんだろう。
驚いて言葉も出ない。どうして私に? 聖ちゃんが私に? クリスマスプレゼント?
「えっとぉ……」
「いらなくてもとりあえず今は付けたら? 寒いのだし」
「い、いらなくない、いらなくない! いらないわけないんだけどさぁ……なんで? なんで私にプレゼント? プレゼントは私から聖ちゃんにあげるもので……」
「クリスマスだもの。私からあげてもいいのでしょう? 誕生日は誕生日、クリスマスはクリスマス、そう言い出したのは栗橋さんじゃない」
そうなんだけど、それはそうなんだけど、と上乗せしてもきっと弾かれるんだろうと言葉を飲み込んだ。言い返したい気持ちが顔に出ているのか、聖ちゃんが冷やかな目で私の口を見つめていた。
「あ……りがとう……」
「素直じゃないのね。私には散々言ってたくせに、栗橋さんだって素直じゃないじゃない」
「だって……びっくりしちゃって……でも、でもね、嬉しいの! 嬉しくないわけないじゃん! 聖ちゃんが私の為に選んで買ってきてくれた物なんだもん、嬉しくないわけないじゃん!」
「……まぁ、そう言ってくれると思ってたから心配はしてないわよ。でも、ごめんなさいね、私が選んで買ったわけじゃないの。小学生の時に従妹からもらった物なのよ。さっきも言った通り、私には年相応のかわいい物が似合わないから使ってなかっただけ。タンスに寝かせておいてもかわいそうだったし、似合う持ち主が見つかってくれてその手袋も喜んでると思うわ」
言い終わると私を残して歩き出す。遅れて私も歩き出す。てくてくと歩きながら次の御礼の言葉を考えていた。この気持ちを表すのに最高で最適な一言が思いつかない。淡いピンクの手袋には、大きな白い雪の結晶が一つ、手首の際には降り積もった雪がちらちらと編まれていた。それをまじまじ見つめながら両手に嵌めたまま拍手すると、ぽふぽふというなんとも愛らしい音がした。すりすりと擦ってみたり、グーパーしてみたり、ひらひらと裏表ひっくり返してみたり、包み込まれた実感を何度も何度も確かめた。
「……聖ちゃん……」
「なぁに?」
「ありがとう! 嬉しい! 大事にする! 汚さない! えっと、あと……」
「なくさない、でよ?」
「なくさない、だ! うん、絶対なくさないよー。聖ちゃんだと思って一緒に学校行くし、一緒に寝る! そしたらなくさない」
「……寝ないでよ。そういうのいいから、普通に使ってよね」
自分の頭をぽふぽふと叩いて「ごめんごめん」しても、それはまるで自分の手じゃないみたいな感覚がして、妙にほっこりした気分だった。