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34★温かくて甘いもの

「い、一時間待ちぃ?」


 あまりの混雑ぶりに思わず腑抜けた声がもれる。店頭のレジの横には、備え付けの台に名簿のようなリストが置いてあり、そこには順番待ちのお客さんの名前がずらりと並んでいた。見える範囲で覗く限り、早々に席を立つ気配はない。まぁ、店内でケーキを食べてさっさと出る人などいないのだろうけど。


「こりゃあ会長たちも入るわけないね……。どうする? 聖ちゃん。別のケーキ屋さん探そっか」


「どこも同じでしょ。クリスマスだもの。うちは毎年母がアップルパイを焼いてくれていたから、世のケーキ屋さんがこんなに混雑しているなんて知らなかったわ」


「うん、私も。うちはいつもママが予約してたケーキを買いに行ってたから、お店の中がうじゃうじゃだって知らなかったよぉ。……しょうがないね、諦めるかぁ」


 トボトボとお店を出ようとすると、入口の横に並んでいるショーケースが目に入った。どれもおいしそうにこちらを見ている。食べて、食べて、って聞こえてくる。立ち止まる私に気付いたのか、聖ちゃんも足を止め、二人でしばらくショーケースの中を覗いていた。


「栗橋さん、食べたいんでしょ? テイクアウト、する?」


「わ、私じゃなくてさ、今日は聖ちゃんのリクエストを聞く日だからさ……私は別に、食べても食べなくてもいいよ? でも、テイクアウトしようにも食べれるとこがないじゃん? 私は寮だしさ、お店はうじゃうじゃだしさ」


「どっちでもいいのなら、食べましょうか。栗橋さんの分、私が選んでもいい?」


 食べれる場所がない、そこには触れないまま話が進んだ。買ったはいいけどどうするの? という疑問を抱く私をよそに慣れた口調で注文する聖ちゃんの横顔が少しだけ大人びて見えた。てきぱきとお会計を済ませ、小さな箱の入った手提げを受け取るとくるりと振り返って「行きましょう」と歩き出した。


「ま、待って。ねぇ、どこで食べるの? あ、お金払うよ。いくらだった? 持つよ持つよ、ケーキ持つよ」


「とりあえず空いてる場所まで行きましょ。ケーキは私が持ってるわよ。栗橋さんに持たせたら、せっかくのケーキが倒壊しそうだもの」


「うー……」


「フグみたいな顔しないでよ。ほら、行くわよ」


 そう言うと聖ちゃんはスッと私の手を取った。私も嬉しくなって「うん!」としっかり握る。店内の室温のせいか、今日の聖ちゃんの手は今までで一番暖かかった。何も言わず歩いている横顔は相変わらず無表情だけど、繋いだ手の温もりだけで心がホッとした。


「ここでいいかしらね。……座ったら?」


 座れと勧められたのはエスカレーターの傍らにある、ちょっとした長椅子だった。並びには歩き疲れた様子のお婆さんや、買い物中の家族を待つおじさんが座っている。その隅っこのやっと二人が座れるスペースに腰を下ろした聖ちゃんが、膝にケーキの箱を乗せたままマフラーを解いて、突っ立ったままの私を見上げた。


「ま、まさかここでケーキ食べるとか言わないよねぇ?」


「仕方ないじゃない、食べれる場所がないのだから。……嫌なの?」


「う、ううん! 聖ちゃんの提案に異論などないよ!」


「そう……じゃ、ここで座ってて。すぐ戻るから」


 どこに行くのかと尋ねる間もなく立ち上がり、迷いなどなく人混みに消えて行った。消えた背中を思い出しながら呆然とただひたすら待ち続ける。迷子になって戻って来れないんじゃ……一瞬頭を過ぎったけど、まさか私じゃあるまいし。それに迷ったのなら携帯に電話してくれれば通じるんだし。じゃあどこへ何しに行ったのか、どこまで行ってなぜ戻らないのか……見当もつかず、代わりにちょこんと座っているマフラーとケーキの箱を見下ろしていた。


「お待たせ」


「お……おかえり……」


 戻りの挨拶が聞こえたほうへ振り返ると、両手に新たな手提げをぶら下げた聖ちゃんが気だるげに立っていた。人混みに塗れてだいぶ疲れたのか、わけを聞く前にとりあえず、とマフラーとケーキの箱を私の膝に乗せて「座って座って」と長椅子を叩いた。


「お待たせしちゃったわね。はぁ……疲れた……人混みって神経使うから疲れるのよね……」


「う、うん。言ってくれれば私が代わりに行ったのに……何かほしい物あったの?」


「えぇ、もう買えたからいいのよ。……さ、食べましょ?」


 両手に持っていた手提げ袋をガサガサとあさり、「どうぞ」と温かいペットボトルを私に差し出す。まさか、これを買いに? と尋ねようとすると、続けて小さな紙袋を手渡された。なにがなんだか分からず手に取ると柔らかな温もりが伝わってきた。なんだろう? 紙袋を持ち上げてよく見ると、そこには先程見かけた赤い文字列と、白黒で描かれたおじいさんが印刷されていた。


「チキンタッキー……! これ、これ買いに行ってくれたの? 一人で買いに行ってくれたの? 私が食べたそうにしてたから?」


「ち、違うわよ! クリスマスといえばチキンでしょ! べ、別に栗橋さんが食べたそうにしてなくても買ってたわよ。か、勘違いしないでよね! ……アップルティーも買ってきたから……冷めないうちに食べましょ」


「うん! ありがとー! いっただっきまーす!」


 それはどんな熱々のスープよりも暖かくて、どんなスイーツよりも甘かった。エスカレーターで上り下りしてる人たちから丸見えでも恥ずかしくなんかない。むしろ、この楽しいひと時を分けてあげたいくらいだもん。


「おいひー! やっぱモンブランだよね! 栗橋には栗スイーツがお似合い、ってことで選んでくれたんでしょ!」


「……私が好きだからよ。リンゴと栗は相性がいいし」


「え? 栗橋が好きって言った?」


「い、言ってないわよ! せっかくフォークもらってるんだから、モンブラン丸かじりするのやめてよね……恥ずかしい……。鼻と頬と口の横にクリーム付いてるわよ! へらへら笑ってないで食べなさいよね。ほらっ、ティッシュあげるから」


 口調キツイくせに顔が怒ってないの、ちゃんと見てるよ。だから嬉しいんじゃん。キョロキョロしながらも雑にティッシュで拭いてくれるし、アップルティーのペットボトルもフタ開けてくれてるし、嫌だったらこんなことしてくれないよね。もっと素直に「楽しい」って言ってくれればいいのになぁ。でもいいや。まぁいいや。口にしなくても、ちゃんと目が「楽しい」って言ってくれてるから。


 




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