33★ケーキ大作戦
駅前のショッピングモールで待ち合わせしたはいいけど、これだけの人混みで聖ちゃんと落ち合えるの? という不安を拭いきれず、行ったり来たりうろうろ。今日はクリスマス、賑わっていて当然の日。だけどこれだけ混んでいるとはつゆ知らず……私の育った街とは違って都会なのね……と去年までのクリスマスを思い出す。
プレゼントを選びに来た時に目に付いたエレベーターの前の大きな柱で待ち合わせ。聖ちゃんには上手く伝わってたかなぁ。エレベーターを待つ人はもちろん、行き交う人も私の前をうじゃうじゃと埋め尽くしている。決しておチビではない私でさえも人混みにはさすがに埋もれてしまう。
「待ち合わせ場所、変えたほうがいいかなぁ……」
ごそごそとバッグから携帯を取り出し画面を覗く。まだ連絡はない。余裕を持って早く着きすぎたせいで約束の時間まであと十五分もある。携帯と人混みを見比べ、もうちょっと分かりやすい場所に変更しようかなときょろきょろするも、人、人、人……。少しだけ偵察に回って、ここよりはましな場所を探そうかな……。
「わととっ! ご、ごめんねぇ!」
あまりきょろきょろしていてもベビーカーと接触してしまったり肩がぶつかってしまったり。そういえば選びに来た時もおばちゃんとぶつかっちゃったんだった。あの時は走ろうとしたからだけど……さすがに今は急ごうにも足が進まない、っていうか走らないけど。今日は一番お気に入りの服でおしゃれしてきたんだもん。転んだり汚したら大変だからお淑やかにお淑やかに、ね。昨日のパンチラ智良ちゃんみたいにスカートの中身見えちゃわないようにしないと。
「おやおや?」
前から来るのは墨森ちゃんと白峰ちゃん。仲良くお手て繋いで楽しそう。同室だし付き合ってるって噂も聞いたことあるっけ。……って、私と目が合った瞬間にあわてて手を放した。
「やあお二人さん! デート? デート?」
「く、栗橋さん! で、デートなんかじゃないわよっ! ね、ね、のの……墨森さん!」
「そそそそうだよ! デートなんかじゃないよね雪乃!」
顔を見合わせて頷いてる墨森ちゃんの足を白峰ちゃんがゲシッと踏んだの、私は見逃さなかったけどね……。
「ふーん? そうなの? 二人は付き合ってるって聞いたから、てっきりデートかと思ったよぉ。私もこれからデートなんだ!」
「栗橋さんがデート? へぇ、意外だな。どんな彼氏さんなの?」
「彼氏さん? 女の子だよ? 墨森ちゃんよりかっこいい女の子だよ。……あぁ、墨森ちゃんもかっこいいけどね!」
「え、ボクそんなかっこいいかなぁ? いや照れるなぁ……いてっ!」
あ、またゲシゲシ踏まれてる……。大変だね、墨森ちゃん。
「二人はどこ行くの? お買い物?」
「そうね、まずはウインドーショッピングってとこかしら。じゃあまたね。とても混んでいるから、デートのお相手と逸れないようにね。あぁ、栗橋さんの場合は迷子にならないように、かしら」
「うん、大丈夫! 墨森ちゃんと白峰ちゃんみたいに手ぇ繋いで歩くから! じゃーね、バイバーイ!」
二人に大きく手を振ると、苦笑いしながら小さく振ってくれた。付き合ってるなら堂々と手ぇ繋げばいいのにな。恥ずかしいのかなぁ? 先を行く恋人もすれ違う恋人もみんな手ぇ繋いでるんだから、恥ずかしがることなんかないよ。
「うわわ、すごい行列ぅ!」
通路を挟んで左右に並ぶ店舗の中でも一際人だかりができているお店があった。近付いてみると看板には紅白の文字でデカデカと「チキンタッキー プライドチキン」と書いてあった。あの有名なクーネル・ヨンダースおじさんのお店。やっぱりクリスマスと言えばチキン、さすがに混んでるなぁ。……食べたいけど列んでたら待ち合わせ時間を過ぎちゃいそうだし……ガマンガマン! と自分に言い聞かせつつも、目線と嗅覚はチキンタッキーに釘付け。おいしそう……食べたい……でも時間が……でもおいしそう……でも時間が……でも食べたい……。
「栗橋さん」
「うわわっ!」
すっかりチキンタッキーに気を取られていたので不意の呼びかけに飛び上がった。目を見開いたまま振り向くと、あちらも目を見開いた少女。というか聖ちゃん。驚いた拍子に出た大声に驚いた、という顔だった。
「どうしたの? 待ち合わせ場所は反対だけど……どこかへ行くの?」
「う、ううん! 違うの。待ち合わせねって言ったとこがものすごい人だったから、もっと分かりやすい場所のほうがいいかなぁって探してたとこなの。聖ちゃんこそ早いねぇ? 時間までまだ十分以上あるよ?」
「十分くらい余裕を持たないと、何かトラブルがあった時に対処できないでしょう? 時間に不正確そうな栗橋さんとは違うのよ。さっ、通路の真ん中で話すのも迷惑だから移動しましょ」
そそくさと歩き出した後からそそくさとついて行く。「ねぇねぇ、今なんか失礼なこと言わなかった?」と覗き込む私を無視してそそくさ歩く。
「どこ行く? 行きたいとこあったら言って?」
「栗橋さんが決めてくれていたのだと思っていたのだけど……決まってないのね」
「うん。昨日はほら、私が連れてっちゃったじゃない? だから今日は聖ちゃんのご希望に添えようかなーと思ってさ」
「……どこでもいいわ」
黙ってチラッと見上げると目が合った。顔色占いしても、そんな無表情じゃ分かんないよぅ。
「何か食べたい物とかある? さっき待ってる間にフロアガイド見てたら色んなお店があったんだよ。プライドチキンとかさ、あとね……えっとぉ……」
「……それは栗橋さんが食べたいんでしょ? 凝視してたものね、お店の前で」
ぐぅっ! 見られてたかー! でも凝視はしてない、凝視は!
「そうだ! 昨日アップルパイ食べるの忘れちゃったからさ、アップルパイ食べ行こ! ねっ!」
「アップルパイは昨夜食べたのよ。母が焼いてくれていたから」
「えぇー、じゃあショートケーキ! ほらほら、前に約束した時に話してたじゃん? お誕生日はアップルパイで、クリスマスはショートケーキ食べようって! よしっ、ケーキ屋さんに決まり!」
「……」
人波に流されるがまま歩いてるけど、もう少し行ったら出口。相変わらず無表情なまま歩き続ける聖ちゃんにちょっと不安を覚えた。
「ねぇ、そっちは出口だよ? ケーキ、やだ?」
「……嫌じゃないわ。行きましょうか……」
肯定はしてくれたものの、表情も声も浮かないように感じる。人混みが嫌だったのかな、行くとこ決まってなかったのが気に障ったかな、具合悪いのかな、それとも……。
「ねぇ、聖ちゃん? 言いたいことあるなら言っていいからね? ごめんけど私、喜んでもらうことしか考えてなかったの。聖ちゃんの行きたいとこに私も行きたいし、一緒に楽しみたいなぁって思ってて……って、聞いてる? 聖ちゃん」
「あそこのケーキ屋さんの前にいるの、生徒会長じゃない? ほら、入るの躊躇ってるあの人」
「ふぇ? 生徒会長? あの背の高い男の人といる人?」
聖ちゃんが指差した先には確かに生徒会長らしき姿があった。いくら上下関係に疎い私でも、行事の度に壇上に上がる人の顔くらい覚えてるわけで。清純そうなイメージだから男の人とクリスマスデートなんて意外だった。聖ちゃんの言う通り、ケーキの並んだショーケースをもじもじしながら眺めてはチラチラと男の人の顔色を窺っているように見える。行きたいけど言い出せない、そんな風にも見えた。
「……あの男の人……用務員の倉田先生に似てない? 横顔だけだとここからじゃ分かりにくいけど……」
「うーん、似てると言えば似てるけど……いつもの青い繋ぎ着てないから違うんじゃない?」
「プライベートで青い繋ぎは着ないでしょ。あら? 見失っちゃったわ……お店に入ったのかしら」
用務員の倉田先生は学校のあちこちで見かけるけど、いつ見てもそれこそ無表情、無愛想って感じだから甘い物を食べる姿なんて想像もつかない。でもその倉田先生がケーキ屋さんに入ったのだとしたら、甘い物を食べてる顔がどんな顔なのか見てみたいかも!
「お店の中、覗いてみようよ! どんな顔するのか気にな……じゃなくて、どんなケーキあるのか気になるなー……って……」
「……」
「……ダメ?」
「……の、覗くだけよ」
さぁて、なんだかんだケーキを食べる流れにできたぞっと!