3★ランチしよう!
昼休みのチャイムが鳴る前に教科書とノートを机の中に押し込み、鳴ると同時にダッシュで廊下に出る。当たり前だけど、廊下には私より先に出ている生徒などいない。
「栗橋さん! 走っちゃダメですよ!」
「残念ですが先生、私はまだ走ってませんよー? ではっ!」
「もう……。そんなに勢いよく廊下に出たら走ってるのも同じでしょうが。勉強にもそれくらい勢いをつけてほしいものね……」
先生が何か言ってる。クラスメイトが笑ってる。半分苦笑い、半分照れ笑いで手を振りながら扉を閉めて隣の教室へ大股五歩!
……って、あれ? 誰もいないや。移動教室だったかな? 扉の小さな窓からも覗けるけど、念には念を入れて確認、というわけでそーっと扉を開ける。
同じ一年の教室とはいえ、自分のクラス以外の教室に入るのはちょっと勇気がいる。別に悪いことをしてるわけじゃないのに息を殺してコッソリ侵入……。
やっぱり誰もいない……。音楽室かなぁ? 実験室かなぁ? それとも体育……?
悪いことではないけど、勝手に他の教室に侵入するのはいけないこと。悪いことといけないことはちょっと違うよね? とか後ろめたさを抱えながらも窓の外を覗くと、校庭には数人のジャージ娘が楽しそうにおしゃべりをしながら校舎へ向かって歩いていた。きっと体育終わりのクラスだ、そう思って目を凝らすと、よく知る三組の子たちばかりだった。
じゃあ、きっとあの中にいるはず! それとももう校舎入っちゃったかなぁ? 湯煙の中とはいえ、昨日マジマジと見た顔だからすぐ分かるはず……!
「あっ!」
声が出たのが先か、窓を勢いよく開けたのが先か、その顔を見つけた瞬間に気持ちが高鳴った。
「すーなずーかさーぁんっ!」
高ぶったのは気持ちだけじゃなかったらしい。自分でも予想以上に大きい声が出たことにちょっとビックリした。いつも以上に高かった声は校庭に響き渡り、残っていた生徒たちが目を丸くしてこちらを見上げている。……もちろん、郷奈ちゃんもその一人。今にも口にしそうな「まったく……」と言いたげな顔で……。
まぁいいや!
「砂塚さぁーん! 着替えたら一緒にお昼食ぁーべよっ!」
あれ? 声掛けちゃダメだったかなぁ? 昨日みたいな怪訝そうな顔に見えるけど……あ、太陽が眩しいのかもね。それか、ちょっと声大きすぎて羨ましかったとか? 二回目のほうが大きかったのは意識してたわけじゃないからしょうがないよね。 開き直ってるわけじゃないもん。声大きいのは合唱部で鍛えてるからしょうがないじゃない? あ、でも、顧問の先生には声大きすぎだって注意されたんだった。ちゃんとアルトを感じながら綺麗にバランスを取って歌いなさいって……。
眩しそうに目を細める砂塚さんに大きく手を振りながら窓を閉めた。戻ってくる前に自分のお昼を持ってこなくちゃ! 今日は駅前のニアマートで買ってきたおにぎりが二つ、それとタンブラーに持参のお味噌汁……しかも今日は豆腐のお味噌汁! うん、この最強の組み合わせを持ってお空の下で食べたら最高すぎるよね! 今日は天気もいいし風も強くない、絶好の外食日和! ……あ、外食は違う意味だっけ? まぁいいや。
「すぅなつぅかさぁんっ! ごっはん食っべよっ!」
「……」
「砂塚さぁん?」
「……何?」
「あれ? 覚えてない? 昨日お風呂で会った莉亜だよぉ。栗橋り……」
「覚えてるとか覚えてないとかじゃないんだけど。むしろ忘れるわけないでしょ」
「あ、嬉しいこと言ってくれるね! 私も忘れるわけないよ! 一緒にお風呂入った中だもんねー」
んん? ちょっと顔赤くなった? 何でだろ? 気のせいかなぁ。
「ちょ……っ! 変なこと言わないでよ! 誤解されるじゃない! それ以前に、私があなたを覚えてるというのは失礼の数々があったからよ。勘違いしないでちょうだい。まったく、おめでたいわね……」
「寮生の子はみんな一緒のお風呂なんだから、恥ずかしがることないし誤解もなにもないよ? あぁ、それとも私と二人っきりで入ったのが恥ずかしかったってこと? 別に密会してたわけじゃないんだからダイジョブダイジョブ! 女の子同士でイチャイチャしてる子なんてめずらしくもなんともないしさぁ」
「だから、違うって言ってるでしょ!」
「あっ、それともそれとも、二人っきりで入ったから、私のこと意識しちゃったとか? ダイジョブダイジョブ、私フリーだから恥ずかしくも疾しくもなんともないよぉ」
あれあれ? 更に赤くなったような……。もしかして図星? やったぁ! これで砂塚さんと仲良く……。
ニコニコと笑顔で応える私を、一瞬気まずそうな顔ををした砂塚さんが少しアゴを上げて見下ろす。……って、そんなに身長さないからあんまり見下ろされてる気分ではないけど。そしてゆっくりと背中を向けて歩き出した。
新しい友達と一緒にご飯を食べれるという新鮮さにワクワクしながら後を追うと、たどり着いた先は購買。躊躇なくハムチーズサンドとアップルパイ、それとリンゴジュースを手に取っている。リンゴ、好きなのかなぁ? あとで聞いてみよっと。
ビニール袋をぶら下げながら、またもやゆっくりと歩き出し、次にたどり着いたのは音楽室の近くの階段。ピタリと足を止め、これまたゆっくりと振り返った。さっきと同じく、少しアゴを上げて……。
「何か?」
「ん? 一緒にお昼食べよー!」
「どうして?」
「どうしてって……。友達だから? 仲良くなるにはまず飯を共にしろってことわざあるしさ!」
「そんなことわざないわよ。どの辺がことわざなのかも分からないくらい適当で下等な嘘ね」
あらら? バレちゃった?
「あはは……。まぁ気にしない気にしない! ことわざじゃないけどもっともらしいでしょ? やっぱ成績優秀な人は違うなぁ。郷奈ちゃんもね、あ、城谷郷奈ちゃん、あの子もすぐ私の話にツッコミいれてくるんだよー。頭の回転が早いんだろうねぇ。あ、そうそう、昨日言ったっけ? 郷奈ちゃんは私のルームメイトなんだよー」
「……よくしゃべるわね。静かにしてもらえないかしら」
あ、そうだった! 砂塚さんには郷奈ちゃんの話しないほうがいいんだったっけ。
「あー……ごめんごめん。じゃあ違う話しよっか! さっきさ、リンゴジュースとアップルパイ買ってたけど、そんなにリンゴ好きなの?」
「……」
あれれ? 好きな物の話もダメだったかなぁ? 完全にそっぽ向かれちゃった……。それとも口下手だし、人見知りなのかなぁ?
首をかしげる私をよそに、階段の二段目に腰掛けてビニール袋からリンゴジュースを取り出すと、ストローを紙パックにブスリと勢いよく刺した。まるで獲物を仕留めてるんですかってくらい的確に……。あの銀色のところに勢いよく刺すのってちょっと難易度高いと思うんだけどすごいなぁ……。
「ねーねー、お天気いいしさ、外で食べない? 廊下よりは日なたのほうが暖かいと思うよ?」
「……ご自由にどうぞ」
「うーん……嫌なら仕方ないなぁ。じゃ、隣しっつれいしまーす!」
うぅ、十二月の廊下は寒い。それに階段に座るのはお尻が冷たい……。本校舎と違って人気もあんまりないし、わざわざこんなところで食べたい理由でもあるのかなぁ?
「私ね、いつもタンブラーにお味噌汁入れて持ってくるんだー! 我ながら味噌加減が絶妙だなって褒めてあげたくなっちゃうくらいおいしいんだよー。砂塚さんも飲んでみる? 今日はねぇ、豆腐なの! かなり小さくダイスカットしてるんだけどね、いっつもタンブラーの飲み口に詰まっちゃってさー。あはははは! 大豆製品だけにダイスカット! あはははは!」
「……」
「さ、寒いねー。……あ、私のギャグがじゃないよ? 廊下がだよ? お尻冷たくない? お味噌汁あげるよ。温まるよー」
お互いの視線が差し出したタンブラーに行く。そして少しの沈黙の後、彼女はゆっくりとこちらを向いた。
「栗橋さん……だったかしら?」
「う、うんうん! 気軽に莉亜って呼んで!」
「じゃあ、莉亜?」
「うんうん! なーぁにぃ?」
「私、あなたが嫌い」
窓の外にはお弁当を広げる子、食堂へ向かう子。たくさんのキャッキャウフフの中に響いた喝のような一言……。