29★とおせんぼ
「……うん。でも、もうちょっとだけいい? まだ見せたい物があるの」
スカートに貼りついた草をパサパサと払い、訝しげな目でこちらを見た。期待を裏切ってばかりだから仕方ない。半ば諦めているのも分かってる。でもね、これだけはちゃんと見てほしいの。
「もういいわよ。散々歩いたし、これ以上歩き回ったら風邪ひいてしまいそうだもの。充分いい誕生日だったわよ。普段見られないものを見れたし、歌も歌ってもらったし、充分たの……たのし……楽しかったから……」
「そっか、私も聖ちゃんが楽しそうにしてくれたから嬉しかったよ! 楽しいデートだった!」
「で……デートっ? そんなんじゃないわよ。ただ一緒にお出掛けしただけじゃない。へ、変な言い方しないでよね!」
変な言い方? そうかなぁ。クラスの子は女の子同士でもデートって言ってたけど……そんなに顔を赤らめて否定することないじゃん。まぁいいけどさ。言葉なんてそんなに重要じゃない。大事なのは内容、中身、内心。思いが大事だから。
「デートの最後はこれ、はい! もらって?」
「え……な、何? 私に?」
バッグからプレゼントを取り出し、片膝をついて両手で差し出す。細めていた聖ちゃんの目が真ん丸に開き、いかに驚いているかがすぐに分かった。しばらくプレゼントと私の顔を行ったり来たり見比べて、何度目かの往復でニカッと笑ってみせると我に返ったようにぴくりと動いた。
「もらって……いいの?」
「サプライズ、でしょ?」
「サプライズ、だけど……。本当にもらっていいの?」
こくこくと頷いてもう少しだけ聖ちゃんの前に差し出す。寒さのせいか驚きのせいか、震える手で恐る恐る受け取ってくれた。ゆっくり両方の手袋を外して、改めてプレゼントを握り返していた。
「あり……がとう……。もらって……いいの?」
「さーんかーいめ! おとなしくもらってよ! 気に入ってくれるか分かんないけど、気に入ってくれたら嬉しいなぁ!」
「柔らかい……何かしら……。開けてもいい?」
うーん、と首を傾げて考えた。今すぐ見てほしいような、お家に帰ってゆっくり見てほしいような。何より、拙いことしか書けなかったメッセージカードを目の前で広げられるのが恥ずかしかった。
「えっとね、ヒントは聖ちゃんが捨てようとしてた物! お家でゆっくり見て?」
「私が捨てようとした物? ……鼻血の時のハンカチ?」
うぇ! なぜ当てるー! ん、んまぁ手触りでバレちゃった感もあるかもだけど。ぽりぽりとこめかみを掻いたら苦笑いが出た。
「バレちゃったらしょうがないかぁ。うん、当たりぃ! ほら、聖ちゃんのハンカチ汚しちゃったからさ、代わりに、と思って。好み分かんなかったから私なりに聖ちゃんのイメージで選んだんだ!」
「嬉しい……。ありがとう、栗橋さん。帰って開けるのが楽しみだわ」
まるで愛しい人を思うように、ゆっくりと目を閉じて胸に押し当てた。その姿に見惚れていると、開いた目に薄らと光るものが見えた。
「聖ちゃん……? 泣いてるの?」
「……泣くわけないでしょ! バカな栗橋さん……」
さらりと冷たい髪が私の頬を撫でた。でもそれは私の髪ではなくて。さわやかな初夏のようなシャンプーの香り。背中に回された腕がぎゅっと強く引き寄せる。冷たくなった聖ちゃんのコートに鼻が当たり、肩に顔が埋もれていく。こんなに強く抱きしめられても身体は暖かくならなくて。それでも二人の間を横切る風は通せんぼ。
「く、苦しいよぉ……。鼻が、鼻が瞑れて苦しいぃ」
「うるさいわね! 今顔見たら許さないんだから!」
「んぶー……。見ないから、泣き顔とか見ないからちょっとだけ腕緩めてぇ。鼻がぁ、息がぁ……」
ちょっとだけね。ちょっとだけ抵抗してみるけど、ほんとはずっとこうしていたいんだよ。嬉しさが込み上げてきて全身がくすぐったい。涙出ちゃうほど嬉しがってくれてる顔は見たいけど、今は我慢してあげるね。私たちの身体は凍りつきそうでも、私の心にはぽかぽかな春風が優しく吹いてる。陽だまりみたいに暖かい気持ちにさせてくれて、私こそありがとうだよ、聖ちゃん。
「バカタヌキ! バカ栗橋! バカ……バカ莉亜……!」
「……バカは余計でしょぉ! でもいいね、名前で呼んでくれるのいいね!」
「呼ぶわけないでしょ!」
「うぇーっ?」
知ってる知ってる。照れくさくて呼べないの分かってる。でも、いいよ。ゆっくりでいいよ。北風みたいな聖ちゃんの言葉が、ぽかぽかの春風になるまで待ってるから。素直に嬉しがってくれるまで待ってるから。
だから、誓ってくれる? ずっと側にいてくれるって誓ってくれる? 私も約束するよ。約束ね、ずっと聖ちゃんの側にいる。あの空飛ぶイルカに誓って……。